第122話:王妃様が訪ねてきました
グレイソン様の心が、胸に突き刺さる。確かにクリストファー様は、私の幸せを願って命を落とした。
でも…
やっぱり私はクリストファー様の命を奪ってしまった事が、どうしても自分の中で消化しきれないのだ。
「殿下は最期の瞬間、とても幸せそうに笑ったんだよ。きっとルージュを守れたことが、嬉しかったのだろうね。1度目の生の時の事を、殿下はずっと気にしていたから…殿下が守ってくれたルージュの命を、これからも大切にしていこうよ。そして殿下に見せてあげよう。ルージュが幸せになる姿を。殿下は誰よりもそれを望んでいると思うよ。ルージュ、過去は変えられない。未来を見て行こう。ルージュが僕にそう教えてくれたじゃないか」
過去は変えられない…
“ルージュ、泣かないで…僕はルージュの笑顔が大好きだ…どうか僕の分も…幸せになって…”
クリストファー様の最期の言葉が、脳裏に浮かんだ。
「グレイソン様、私、幸せになってもいいのでしょうか?」
「当たり前だろう。それが殿下の願いなのだから。ルージュ、本当に殿下に申し訳ないと思っているのなら、殿下の最期の願いを、生涯をかけて叶えるべきだろう。それがルージュに出来る償いだ。違うかい?」
「クリストファー様の願いを叶えるのが、私の償いですか?」
「そうだよ、だって殿下は、ルージュの幸せを誰よりも願っていたのだから。ルージュ、頼む。どうか殿下の最期の言葉を無下にしないでくれ。僕もずっと君の傍にいる。一緒に幸せになろう」
「グレイソン様」
グレイソン様の瞳から涙が溢れだす。そして私を強く抱きしめたのだ。よく見たらグレイソン様も、私と同じようにやつれていた。きっと私の事が心配で、やつれてしまったのだろう。
私はグレイソン様まで、苦しめていたのね。
「グレイソン様、ごめんなさい。私のせいで…私、クリストファー様の事で頭がいっぱいで。私のせいでクリストファー様が亡くなった事がどうしても受け入れられなくて…私、自分の事しか考えられてなくて…グレイソン様の気持ちも、亡くなったクリストファー様の気持ちも無下にしようとしていただなんて…」
クリストファー様は、私の幸せを願い亡くなっていったのだ。それなのに私は、彼の最期の願いすら蔑ろにしようとしていたのだ。それにようやく気が付く事が出来た。
「よかった、ルージュがやっと前を向いてくれたのだね。すぐに食べ物を持って来るから、待っていて」
そう言ってグレイソン様が、部屋から出て行こうとした時だった。
「お嬢様、王妃殿下がお見えです」
「えっ?王妃様が?」
王妃様が私を訪ねてくるだなんて…
1度目の生の時、王妃様には本当に良くしてくれた。自分の娘の様に可愛がってくれて…クリストファー様がヴァイオレットと恋仲になった事に心を痛め、私に寄り添ってくれたのだ。
ただ、今回の生では、ほとんど交流を持ってこなかった。そんな王妃様が私に会いに来るだなんて。
もしかして、クリストファー様を死に追いやった私に、文句を言いに来たのかしら?でも、それならそれで、私は受け入れるまでだ。
「悪いがルージュは、まだ体調が戻っていない。王妃殿下には申し訳ないが、今日のところは帰って…」
「グレイソン様、私は大丈夫ですわ。王妃様に会います」
私はもう逃げない。王妃様にしっかり謝罪しよう。ただ、自分の息子を死に追いやった私を、そう簡単に許すことは出来ないだろう。それでも私は、王妃様に謝罪する義務があるのだ。そんな思いで、王妃様が待つ客間の前までやって来た。
「ルージュ、大丈夫かい?僕も行くよ」
「私1人で大丈夫ですわ。どうか1人で行かせてください」
真っすぐグレイソン様を見つめ、そう訴えた。
「分かったよ、ただ、扉のすぐ外で待っているから」
「ありがとうございます、それでは行って参りますわ」
メイドがゆっくりと扉を開けてくれた。深呼吸をして、部屋に入っていく。
すると…
「ルージュ嬢!」
私の姿を見るなり、なぜか王妃様が私に抱き着いて来たのだ。
「可哀そうに、こんなにやつれて。クリストファーの件で、あなたには多大な心労を掛けてしまったのね。ごめんなさい」
1度目の生の時と変わらない、優しい王妃様。
どうして?どうして私に優しくしてくれるの?私はあなたの大切な息子を、死に追いやったのに…
「王妃殿下、この度は本当に申し訳ございませんでした。クリストファー殿下は私を守るために、命を落としたのです。全て私の責任ですわ」
必死に王妃様に頭を下げた。これで許されるとは思っていない。でも、私が出来る事は、謝罪する事だけなのだ。
必死に頭を下げる私に、王妃様は…




