33話 転生勇者も気が付かなかった人魔を巡る改変
前話投稿から間が大分空いてしまい申し訳ありませんでした。
薄暗い滅天教団の本拠地でゼヴェディルは、『殺謀執事』ディジャデスの背後で膝を突き、頭を下げていた。
「今回の作戦は思うようには進まなかったようだな」
ゼヴェディルが頭を下げている人物、滅天教団教祖ザギラはいつも通りの口調で、彼女を叱責する様子もなく感想を口にした。
「はい。すべて失敗したうえ、優秀な配下を一人失いました」
ディジャデスも、肩を落としているが怒りを感じさせない冷静な口調で答えた。
「ゼダン公爵領やヘメカリス子爵……伯爵領以外の場所もゴブリンの数とゴブリンキングの質が目標に達する前に人間共に潰されてしまいました」
メルズール王国政府からの警告に答えて調査した王国南部のグルプラス公爵家の寄り子の領地や、エルフの王国の地下で養殖していたゴブリンの群れも発見され、大した被害を与える事も出来ずに討伐されてしまった。
ドリガ帝国と南の大陸で養殖していた群れは、人間達に若干の被害を与えられたが結局目標達成には程遠い段階だ。
「育った群れを人間共に始末させる事が出来たので、得るものが無かったわけではありませんが」
魔物を人間に始末させる。それも滅天教団にとって目的達成のために重要な過程だ。
「ああ、お陰でほんの僅かだが大魔王ヴェルシェヴェルガーの復活に近づいた。世界滅亡の糧となった者達に感謝を」
何故なら、全ての魔物の創造主であるフォルトナが仕込んだ仕掛けによって、魔物が人間に倒されれば倒されるほど、大魔王ヴェルシェヴェルガー復活の糧となるからだ。
フォルトゥナは、自身が創り出した最強の魔物である大魔王ヴェルシェヴェルガーの力をもってしても龍やマナの弟子達に敗北し、世界を滅ぼせない可能性を考慮していた。だから彼は他の魔物同様に、人間が優勢になった場合大魔王も復活するように世界の法則に組み込んでいたのだ。
だが、龍やマナの弟子達の生き残りはフォルトゥナの企みを見抜いていた。彼らは強力な封印を施し、大魔王が復活しないよう世界の法則を妨げた。そのせいで、大魔王は現在に至るまで復活していない。
魔物が人間に対して数が少なくなった時、マナが不安定な土地で新たな個体が発生するまでかかる時間は、その魔物の種族の強さによる。
最下級の魔蟲なら、一瞬で。ゴブリンなら数分とかからず。そしてコボルト、オーク、オーガー、トロール、ワイバーンと新たな個体が発生するのにかかる時間は、その種族が強ければ強いほど加速度的に長くなっていく。
大魔王ヴェルシェヴェルガーとなれば、復活まで千年はかかっただろう。そこに人間が誕生する前から生きている龍や、マナの直弟子達が協力して強固な封印を施したのだ。このままだったら後十万年経っても大魔王は封印に囚われたままかもしれない。
その封印を守る一族の末裔であるザギラは、その封印を弱める儀式を今現在も続けている。
そして、滅天教団の四天王や幹部達は人間に魔物を倒させるために魔物の脅威を煽り、自分達がどれほど恐ろしい存在なのか喧伝してきた。
彼らの企み一つ一つの効果は、小さく薄い。岩に水滴を落として穴を穿とうとしているのに等しい。だが、滅天教団の教祖や代々の四天王は、何百年も飽きることなく岩に水滴を落とし続けて来た。
彼らの飽くなき陰謀と人類の奮戦のお陰で、後十万年かかっても解けなかったはずの大魔王ヴェルシェヴェルガーの封印は弱まりつつあった。
「ですが、それは作戦を実行すれば成否に関わらず得られた成果です。人間側の戦力を削る事は出来ませんでした」
人間に魔物を倒させる事と同時に、この世界の戦力を削る事も滅天教団の重要な目的だ。一万年前、大魔王率いる魔物の軍勢は、龍とマナの直弟子達、そして人間の英雄達によって敗北した。
現在、エンシェントドラゴンと呼ばれる強力な龍の数は減り、マナの直弟子達は全て地上を去り信仰の対象としてのみ残っている。そして、人間達は一万年前よりも……遥かに強力になった。
フォルトゥナが魔物を創造する以前の人間は、人種同士の争いや野生動物相手の狩りしか経験していなかった。だが、魔物との生存競争が始まってから人間達の力は飛躍的に高まった。
人間と比べて身体能力に優れ特殊な能力を持ち、新たな個体が発生する魔物達を討伐するために、魔導士は実戦的な魔法を次々に開発した。
職人や錬金術師は人間よりも強靭な魔物と戦う者達のために、精錬や加工が難しいミスリルやアダマンタイト、オリハルコンの武具やマジックアイテムを創るために研鑽を積み技術を高め続けた。
そして王侯貴族は強い魔力を持つ者同士で婚姻し、平民でも冒険者や傭兵等領分を決めてギルドを設立し切磋琢磨した。そうして人間達は一万年前よりも強くなったのだ。
正確に述べるなら、人間達の強さの上限が上がり、超人の数が増えたのだ。一万年前は大陸毎に一人いるかいないかといった英雄が、今の時代ではB級やA級冒険者、五つ星傭兵、六つ星傭兵等と呼ばれメルズール王国だけで百人以上存在している。
もちろん、英雄の数が一万年前より圧倒的に増えていても、それだけで大魔王が負けるとは思えない。だが、事実として大魔王は一万年前に敗北している。人間が……人種、エルフ、ドワーフ、獣人、それらが一丸となって大魔王に立ち向かえば、エンシェントドラゴンが数を減らした分の戦力を補えるかもしれない。
そうなれば、せっかく大魔王が復活しても待っているのは一万年前と同じ敗北と封印だ。
「英雄の数を減らし、メルズール王国とドリガ帝国の間に久しぶりに大戦争を勃発させたかったが……なかなか上手く行かないものだな」
そのためにも、滅天教団では大魔王復活のために人間を煽って魔物を討伐させるだけではなく、人間の戦力を削り続けている。
無力な一般人、何処にでもいる女子供、並み以下の兵士、普通の騎士、凡庸な魔道士等どうでもいい。ベテランの冒険者や腕の立つ傭兵、少々才能に恵まれた者なら成れる程度の精鋭の騎士や魔道士にだって、彼等は見向きもしない。その程度の者を百人や千人殺したところで、人類全体の戦力は変わらないからだ。
滅天教団が標的にするのは、文字通り一騎当千の超人。そして、国同士の関係を悪化させ、戦争を引き起こし、お互いにぶつけ合わせて人間が一丸となれないように陰謀を続けている。
これは滅天教団でも教祖のザギラと四天王、ジャドゥルやゼヴェディル等その直属の部下しか説明を受けていない事だ。セオドアやエリオット等の名ばかりの幹部や末端の信徒は、知らされていない。
しかし秘密にもされていないし、滅天教団に所属していなくてもフォルトゥナと大魔王の伝説、そして滅天教団がこれまでに起こした事件について考えれば気が付く事も出来る。
そして葛城理仁だった頃に原作エルナイトサーガに入れ込んでいたリヒトも、滅天教団がどうやって大魔王復活を成し遂げ頭としているのか知っている。だが、打てる手は限られていた。
魔物は滅天教団に操られていなくても、積極的に人間を害そうとする。大魔王の復活につながるからという理由で世界中に発生する魔物を殺さずに対処するなんて、現実的ではない。
人間同士の争いにしても、フォルトゥナが魔物を創造する以前から争っていたのが人間だ。いつか復活するか分からない大魔王と戦う為に争うのは止めよう、と言うのは簡単だが実現させるのは不可能だ。
そのため、打てる手は滅天教団の企みを防ぎ、組織を壊滅させる事しかない。……それでも世界中の魔物が消える訳ではないし、人類が結束して未来永劫争わなくなるわけではないが。
(今回の策は失敗だ)
ゴブリンキングとゴブリンの大群を生み出すディジャデスの作戦は、失敗に終わった。王国と帝国の間に戦争を勃発させるどころか、結果的に陰謀を未然に防いだメルズール王国が、エルフの国等の友好国だけではなく敵国のドリガ帝国にも警告した事で、僅かだが両国の間に穏健な関係を望む者が増えたように思える。
しかも、ディジャデスが部下に下した命令が完全に裏目に出てしまっていた。
(ゼダン公爵家の子弟を殺せと命じた結果、リヒト・ゼダンとカイルザイン・ゼダンの何方も殺せず、逆にジャドゥルが討ち取られた。危険分子を減らすどころか、こちらの手駒が減ってしまった。
これは私の失策によるものだ。次は注意しなくては)
「それで、次の策はどうするつもりかね?」
「現在進行中の策に集中しようと考えています」
「というと……ドラゴンの卵か」
「はい。『救災禍炎』の使い走りをするのは気に入りませんが、龍と人間の離間工作になるでしょう」
元々は救災禍炎に都合良く使われているように気が乗らなかったディジャデスだが、こうも失態が続いていては仕事を選ぶ事は出来ない。離間工作としての効果も限定的だろうが、気分転換に腰を据えてやるのも悪くない。
(呪いの聖具の残りが無ければ、メルズール王国があるイ―ディス大陸以外にも目を向けるのですがね)
ここ数十年、滅天教団は主にメルズール王国やドリガ帝国が存在するイ―ディス大陸で暗躍してきた。それはイ―ディス大陸がこの世界に存在する大陸の中で最も広く、総人口が多いからという理由もある。だが、その目的は神話の時代に大魔王を倒すために創られた聖具を手に入れるためだった。
四つの聖具の内二つ……デスブリンガーとクエスターアイは既に滅天教団にある。残りはゼダン公爵家が守るカオスリングと、大陸のどこかにある遺跡に眠る魔剣ダークレネゲイド。
この二つを手に入れれば、大魔王が復活した時人間に勝利して世界を滅ぼせる可能性は格段に上がる。
そのためにも、ゼダン公爵領を滅ぼしたかったのだが――。
「即席の魔物を大量発生させる策は、消耗が激しいわりに効果が薄い事は十分分かったので」
デーモン系の魔物は、自分の意思でフォルトゥナが直接創造した魔物を発生させる事が出来る。多くの場合は同じデーモン系で自分より下位の魔物を発生させ、手下にするために使用する。『殺謀執事』ディジャデスは、並みのデーモンよりもその能力が強力だった。
僅かな手間を払って手順を踏み、発生させる魔物の強さと数に応じた魔力を消費すれば、数十から数百匹の魔物を一度に発生させる事が出来る。
また、ディジャデスは本来直接発生しないその魔物の上位種……デーモンやブラッドトロール、オーガーコマンダー等も発生させる事が出来る。
去年、王都で起きた魔物の大量発生事件は、ディジャデスのその力によって引き起こされたものだ。また、今回の事件も、彼がその力を応用しゴブリンの発生場所を地上から地下に変更させた事で可能となった策だった。
使いようによっては一国を落とせる強力な能力だが、ここ最近は思うように成果を上げられていない。
「雑兵にも数だけではなく、ある程度以上の経験が必要なのではないかと考えています」
その理由を、ディジャデスは急造の魔物ではカイルザインやリヒト、プルモリー等の強力な個を相手にはできないからだと考えていた。
急造の魔物でも、発生した瞬間からある程度の知恵と人間に対する敵意を持ち合わせている。だが、戦闘経験は無い。優れた身体能力で武器を振り回すだけでは、それに対応できる人間相手には足止め程度にしか使えない。
その対策に地下で増やしたゴブリンにはジェネラルやナイトには魔力の操作を、メイジには魔法を学ばせたが……多少マシになっただけで結局期待したほど役には立たなかったようだ。
(養殖は養殖。鍛えたつもりでも、囲いの中から出た事の無い犬が、野生の狼にかなうはずはないという事ですか)
嫌悪している人間を評価しているようで、そして教祖であると同時にその人間であるザギラに自身の失態を自分で説明しなければならない事に、ディジャデスは小さく舌打ちをする。
「そうか。では、その質をそこのサキュバスの……ゼヴェディルの研究成果で補うつもりかね?」
それに気が付いていないかのように、ザギラは尋ねた。
「そのつもりです。実際、彼女の研究成果で強制変異させたゴブリンキングは中々粘ったそうです。魔物化させた人間……最近の流行では人魔というそうですが、それに改造したセオドア・ジャオハもそれなりに使えたそうなので」
「……恐れ入ります」
膝を突いて頭を下げたまま、ゼヴェディルは畏まった。内心では安堵しながら。
(良かった。研究所に実験体共を放置してきたことは、お咎め無しで済みそう)
ゼヴェディルが元ジャオハ侯爵領の研究施設から、直属の部下を引き上げさせただけで情報を隠蔽せず実験体も放置した理由は、カイルザインが読んだ通り「嫌がらせ」だった。
人間を魔物化させるという禁忌の研究に手を染めた魔道士やその研究記録。そして出来上がった。元の人間に戻す事はほぼ不可能な哀れな実験体達。
それらを人間であるカイルザイン達に始末させる事で、ゼヴェディルは彼等に対して意趣返しをしようとしていた。せいぜい後味の悪い思いをすればいいと。
(なのに、まさか実験体をテイムした従魔扱いにして手駒にするなんて……完全に予想外だわ。何なの、あのガキ? 常識ってものを知らないの!? 許可する王国も王国よ、狂ってるの!?)
自分も人間から見れば十分狂っているという事を棚に上げて、ゼヴェディルはカイルザインと王国を胸の内で罵った。
そして、結果的には王国へ戦力を提供してしまった事を咎められるのではないかと恐れていたが、ザギラはむしろ好都合だと考えていた。
(人魔への改造技術が広まれば、人間の社会が荒む可能性は高い。人魔に改造するための奴隷を増やすために本来は軽い刑で済む者が重罪人にされ、奴隷にする人間を確保するための戦争が起き、人身売買が盛んになる事が期待できる)
奇しくも、ザギラはリヒトと同じ可能性を考えていた。
カイルザインが人魔は有用であると示せば示す程、人間が新たな人魔を創り出す可能性は上がっていくだろうと。
(それに、人魔は魔物であると同時に人間。人間同士の争いで人魔が死ねば、魔物同様に大魔王様の復活に近づくかもしれん)
これまで人間同士の戦争では、人間の国々の間に亀裂を生じさせ、人間の戦力を削る事は期待できても、大魔王の復活には直接寄与しなかった。
だが、人魔が戦争に利用されるようになり、兵の大部分が人魔に入れ替えられれば……戦争で死人が出れば出る程大魔王復活が近づく。
「これまで人間を直接魔物に改造するなんて悪趣味な試みだと思っていましたが……信徒を改造すれば並のレッサーデーモンより強力な戦力になる。それに、魔物を強制的に変異させる事が出来るなら有用です」
そしてカイルザインだけでなく原作を知るリヒトにとって想定外な事だったが、滅天教団にとってゼヴェディルが研究している人魔は、本来は重要視されていない技術だった。
何故なら、魔物から見て忌まわしい人間を魔物に近づける行いは、忌避されていたからだ。魔物から見れば、害虫を態々苦労して人に近づける研究をしているに等しい。
人魔研究は滅天教団が組織的に行っている事業ではなく、あくまでもゼヴェディルの個人的な趣味という扱いだった。原作エルナイトサーガでは、それを表すように後編でカイルザインの部下として人魔の集団が現れただけで、以後新たな人魔が追加される事は無かった。
人魔が登場した時点でエルナイトサーガは既に後編に差し掛かっており、人間を新たに人魔へ改造する時間が無かった。そしてセオドアを始末した事で、人間を改造するための設備を失ったため、そうなったのだろう。
もし滅天教団が組織的に人魔研究を進めていたなら、複数の拠点で人魔が製造されていたはずだ。もしそうなら、原作でカイルザインが率いていた数十体以外にも数多くの人魔が製造され、教団の先兵として原作主人公達を苦しめていただろう。
そして、その改変がこの世界では起ころうとしていた。
「では、ゼヴェディルに任せる。また、実験体には信徒達から募った志願者も加えるように」
滅天教団の人間の信徒には、セオドアのように教団を自身の野望のために利用している者も少なくないが、それ以上に社会全体や権力者等への恨みと敵愾心を募らせている者も多い。彼らは力が手に入るのなら、人間を辞める事も厭わないだろう。
「大魔王復活と世界の滅びのために」
セオドアを見捨てた時はしばらく趣味の研究は出来ないだろうと覚悟していたゼヴェディルだが、話は彼女にとって都合がいい方に転がった。これで以前よりも様々な人魔を創り出し、その性能を試す事が出来る。
そして成果が認められれば、ディジャデスの副官になる事も夢ではない。いや、ゴブリンキングを強制変異させた技術についても研究開発を進めれば、サキュバスに過ぎない自分を変異させ力を増し、ディジャデスに変わって自分が四天王の座に就く事も……。
自分が先頭に立って世界を滅ぼすために力を尽くす……その甘美な光景を思い浮かべるだけでゼヴェディルの胸は高鳴った。
元ジャオハ侯爵家の猟場では、広い敷地を活かして人魔達とギルデバラン率いる騎士達の訓練が行われていた。
「コラ~! 三人とも訓練をさぼって何をしているんですか!」
『音を上げますぅ。あぁ~かったりぃ』
『ただ走るだけなんてやってられねぇだよ。オラぁ、戦いてぇだ!』
回収した人魔達の中で、そのまま使い物になったのは研究所で回収した数十体のうち僅か十体。その中の三人は地道な訓練を嫌い、カイルザインやギルデバラン以外の騎士を舐めてかかって命令を拒否する態度の悪い者達だった。
「ギルデバラン様~、この人達全然言う事を聞いてくれません!」
当然、ジェシカの言う事も聞こうとしない。
「ジェシカ、もう少し頑張れ。
レドルス、ネーナ、ワルトス、貴様等、逆らうなら人間の姿に戻る事は出来んぞ!」
ギルデバランに叱責されても、三人は一瞬怯えるだけで持久力を鍛えるためのランニングに戻ろうとはしなかった。それどころか、一人は文字通り道草を食い始める始末だ。
『いやさ、考えている内に俺は人間の姿に戻らねぇ方が良いんじゃねぇかって思えて来たんだよ。俺は元々お尋ね者だったしよ』
レッサーデーモンを混ぜられ、頭部に一対の山羊の角が生え瞳も山羊のように横長になり、身長が三メートル程に巨大化した男、レドルスは長い舌でその辺に生えている草を巻き取って食べながらそう答えた。
彼は各ギルドに似顔絵付の手配書が張り出された事もある凶悪犯で、捕らえられて犯罪奴隷に堕ちた男だった。首尾よく元の姿を取り戻したとしても、戻ってくるのは悪評が知れ渡った姿だ。下手に自由になるより、異形のまま従魔として過ごした方がいい。
カイルザインの従魔としての生活に自由は無いが、ゼヴェディルに管理されていた時より扱いが格段に良く、快適である事も、その考えに拍車をかけた。
ちなみに、レッサーデーモンは山羊に似た頭部をしているが山羊ではない。デーモン系の魔物は生存に食事や呼吸を必要とせず、通常の生物が必要とする物は彼等にとって嗜好品でしかない。
『あぁ、この辺りの草うめぇ。あ、こっちは苦いな』
……レドルスは嗜好品なら質には拘らない性格だったようだ。
『オラ、殺し合いがしてぇっ! 別に人を殺させろって言ってる訳でねぇ。ただオラが何かを殺せればそれでいいだよ! 魔物でも獣でも、この際魚でもニワトリでも構わねぇ! 傷つけたり傷ついたりしてぇだよぉっ!』
ネーナは獣人よりも尖った歯をしており、さらに背中からは三角形の背びれが、腰から生えた先端に蛇の頭が付いた尻尾が生えていた。レドルスと並んでいると小柄に見えるが、170センチ以上の女性としては長身で四肢には逞しい筋肉がついている。
そんな姿で何かを殺したいと涙ながらに訴えるネーナは、人魔に改造される前は流民だった。生まれ故郷の農村で嫁の貰い手が無く、町に出てきたところを不当に捕まったただの村娘である。故郷の村では鶏を絞めた事や、川魚を捌いた事もある。だが、戦いにはまったく縁が無かった。
改造によって増大した狩猟や闘争に関わる本能が、彼女の人格を歪めている。
『『ウ゛ゥ~』』
ワルトスと呼ばれた人魔は、三人の中で最も異形だった。体は二メートル強と人間でもいる大きさだが、首から狼の頭部が二つ、肩からは腕は四本生えている。。全身が灰色の体毛に覆われ、手足の指に鋭い爪を生やし、腰からは狼の尻尾が生えている。狼の獣人種のタニアより獣人らしい。
彼は改造される前は、レドルスと同じ犯罪奴隷だった獣人種の男だ。しかし、ワルトスには改造される前の記憶も人格も残っていない。エレメンタルウルフを始めとする狼の魔物を複数種類混ぜられた結果、彼は改造される前の全てを喪失してしまった。
今、ワルトスがジェシカに逆らっているのも、彼女が自分より高い地位にいると本能が認めていないからだ。
「なんとかならないのか、シェハザ」
『私が言う事を聞かせていいならするが、これはジェシカ様が三人を扱えるようにするための試みだろう? いいのか?』
シェハザ……研究所でカイルザインが最初にスカウトした実験体の男は、素振りを止めてギルデバランにそう答えた。
彼は人魔にされる前はカイルザインが推測した通り元騎士で、武術も魔法も修めている。しかし、人だった頃と比べて体格が大きく異なっているため、他の人魔を指導すると同時に自身を鍛え直していた。ちなみに、シェハザ達人魔の名前は全てカイルザインが命名したもので、実験体になる前の彼らの名前とは関係は無い。
『カイルザイン様は私に他の人魔達を指揮する役目を期待されていたようだが、私達は兵士じゃない。ただの実験体だ。人だった頃からの面識は無いし、人魔になった後もお互いに訓練も交流もしていない』
シェハザは人だった頃の記憶や人格を保っており、騎士としての経験や技術とデーモンとしての高い身体能力と魔力を併せ持っているので、人魔の中でも強力だ。そのためか、人魔達へリーダーシップを発揮しやすい。
『い、いや、俺はシェハザの旦那がこのチビに従えって言うなら従うけどよ』
特に、レドルスのようにシェハザが混ぜられたデーモンの下位種族であるレッサーデーモンを混ぜられた人魔は、以前から彼の部下だったかのように忠実だ。
『だから、それじゃあ意味が無いと言っているだろう』
しかし、シェハザは苦笑いをするとジェシカの方に向き直った。
『最初にも言ったが、カイルザイン様がやったように力で従えた方が早いぞ。地面を舐めさせて、上から踏みつけて忠誠を誓わせるぐらいで丁度いい』
「えぇっ!? 嫌ですよ、怖いじゃないですか!」
ジェシカはとんでもない助言を受けたと言わんばかりに悲鳴染みた声を上げた。だが、レドルス達はそれだと言わんばかりに顔を輝かせる。
『へへ、流石旦那だ! 俺達を飼いたければ、酒やご馳走を寄越すか、俺達より強い事を証明するしかねぇぜ、クソドワーフ!』
『それがいいだ! そうするべきだべ!』
『『ウォォォォォン!!』』
「うわぁっ!? やる気になっちゃた!? ギルデバラン様、訓練をランニングから実戦形式の模擬戦に変更しますね!」
急いで武具を取りに行くジェシカの背を眺めて、ギルデバランはため息を吐いた。
「結局こうなったか」
その頃、内部を研究施設に改装した元ジャオハ侯爵家の別荘の窓から事の成り行きを見ていたカイルザインも、ギルデバランと同じようにため息を吐いた。
「あの三人はシェハザを除けば使える人魔達の中で最も戦闘力が高いのだが……現時点では従魔として学園に連れて行く事は出来ないか」
王立学園は多くの貴族の子弟やその従者が通い、職員が勤めている。それらとトラブルを起こすようでは、従魔として不適格だ。
呪で行動を縛ってはいるが……起こりえる事態を全て予想して命令しておくのは現実的ではないし、大雑把に「トラブルを起こすな」と命令した場合レドルスのような悪党は抜け道を探し出してしまう。
ジェシカに三人を任せて見たのも、三人が彼女の指示に従うか様子を見るためだった。
「単純に魔物を狩らせるだけなら、今の時点でも有用なのだが」
「カイルザイン様、試薬の実験結果が出ましたぞ」
「分かった」
ゾルパに声をかけられたカイルザインは、窓辺から離れて実験室に戻った。




