21話 義兄一行の調査活動と、ゼダン公爵領地下に潜む存在
ヘメカリス子爵領滞在三日目。カイルザイン一行はエザク・ヘメカリスを中心にした調査団の護衛として、カリスバウムを早朝に出発した。
魔物の出現が減っているのは、カリスバウムと閉山した鉱山の間にある草原地帯だ。草原と茂み、そして林が続く土地で一見すると農地に向いているように見える。
しかし、毎日のように地面から新たなゴブリンや魔蟲が発生し、それらを食らって魔物化した動物が無数に生息していたため、開墾は不可能だった。
「鉱山に活気があった頃はゴブリンブッシュと呼ばれ、経験の浅い冒険者の狩り場になっていたそうです」
そう語るエザクは、ゴブリンブッシュを見回してから呪文を唱え、その場のマナがどれだけ不安定か確かめる。
「不安定なままで変化なし。では、ここからは三班に分かれて調査します。一班と二班はゴブリンブッシュの外側をそれぞれ西回り、東回りで。そして三班はゴブリンブッシュの中心を突っ切るルートを進みます」
「班分けは事前に決めたとおりだ。カイルザイン様、油断せぬように。ルベル、任せたぞ」
「はっ!」
カイルザインは当然だが、最も危険度が高い三班を担当した。とはいえ、ゴブリンブッシュは新人冒険者が狩り場にしていた事から強い魔物は出ない土地だ。これまでの貴族領で間引いて来たものより、弱い魔物しか出ないだろうと考え、期待はしていなかった。
「いろいろな意味で期待以下だな」
ゴブリンブッシュの中心部にある丘で、カイルザインは小型犬程の大きで、異臭を放つずんぐりとした体形の蟲の死骸からナイフを抜いてため息を吐いた。
「すみません、さっきから時々出るこの臭くて蟲っぽい魔物って何ですか? 初めて見たんですけど……?」
「それが魔蟲よ」
「魔蟲!? これが!?」
カイルザインが仕留めたのと同じ蟲の死骸を指さして尋ねるジェシカに、ニコルはこともなげに答えた。
魔蟲とは、フォルトナが直接創り出した魔物の中でもゴブリンと並ぶ最弱の魔物とされる。だが、実態はゴブリンを圧倒的に下回る最弱の魔物だ。そして、最弱故にゴブリンと同じくらい厄介で面倒な魔物でもある。
魔蟲は、小型犬ぐらいの大きさの丸みを帯びずんぐりとした形の甲虫に近い見た目をしている。その速さはナメクジに匹敵し、外骨格の硬さは薄い木の板に並び、噛みつく牙も突き立てる爪も無く、動物に似た目は死角が多くて視力も低い。また、知能は文字通り蟲並。
特殊能力は、全身から放つ異臭。それで他の魔物や動物を引き寄せ、食い殺されるのだ。
子供でも踏み殺す事が出来る魔蟲を食らった動物は、魔蟲が体内に持つ汚染された魔力を吸収し、魔物と化してしまう。カイルザイン達が今まで退治した魔物、エレメンタルウルフやマッドホーン、ダガーフィンチ等のように、自身より遥かに強力な魔物を食い殺されるだけで作る事が出来るのだ。
またゴブリンやコボルト等の魔物に喰われる事で、対象をより強い魔物に進化させる事も可能だ。
そしてフォルトナがこの世界に組み込んだ法則によって魔蟲が死ぬと次の瞬間にはこの世界のどこかに、新たな魔蟲が発生する。そのため、この世界が塵も残さず消滅するまで魔蟲を絶滅させる事は出来ないとされる。
「うちの森では一匹も出なかったのに、ここでは七匹も出てきましたね。やっぱりゴブリンがよく出る場所だからでしょうか?」
「ピオス男爵領の森の事? それなら、あの森にも魔蟲はいたはずよ。ただ、出て来る前に私達が通り過ぎたか、他の魔物に食べられただけだと思う」
そんな魔蟲だが一般には名前しか知られておらず、魔物が生息している土地でも遭遇できない事が多い。何故なら、あまりに身体能力が低いため移動している冒険者に追い付く事が出来無いから。そして、他の魔物や動物にすぐ食い殺されてしまうからだ。
「うわぁ……なんだか可哀そうになってきますね。退治しても何処かで新しく増えちゃうなら、生け捕りにして何処かで飼うのはどうでしょう?」
魔蟲のあまりの生態に同情したらしいジェシカがそう言うが、現実は非常である。
「魔蟲には内臓が無いから、生け捕りにしても数日で死んでしまうのよ。水を与えても、十日も持たないらしいわ」
「か、可哀そうすぎる……さっき踏んじゃってごめんなさい」
「虫けらに同情するるのもほどほどにしておけ」
カイルザインはジェシカに軽く釘を刺しつつ、今も調査をしているエザクの護衛に戻っていた。しかし、今のゴブリンブッシュに脅威となる存在がいない事は明らかだった。
何故なら、ゴブリンを含めた他の魔物や動物にすら狩られる魔蟲と何度も遭遇しているからだ。
(つまり、ここには魔蟲を捕食する魔物や動物が殆どいない。魔物が巣くっているはずの土地でこれほど平和なのは異常だ)
冒険者が少数で気配を消しながら行動しているのならともかく、騎士団が堂々と物音を立てて侵入しているのに、襲い掛かってくる魔物が殆どいない。それほど広くないピオス男爵領の魔物の領域でも、侵入した途端マッドホーンやダガーフィンチが襲ってきたというのに。
そして、異常事態はまだあった。
「おかしいです。これほど魔物が少ないのに、ゴブリンブッシュのマナは不安定なまま変化していない。それならもっと多くの、そして強い魔物がいないとおかしいのに」
魔法で土地のマナの安定度を調査していたエザクが、立ち上がってそう述べた。そう、ゴブリンブッシュの中央部のマナは、まったく安定していなかったのだ。
「一斑と二班が調査している外側のマナのみが変化して安定している可能性は?」
「可能性はありますが……私が知る限りの過去の事例を参考にすると、考えにくいです」
エザクはヘメカリス子爵家の蔵書だけではなく、王立学校の図書室で様々な書物を読み知識を蓄えていた。魔物の巣窟となっていた土地のマナの安定度が変化し、魔物がいない土地になった事例や、逆にマナの安定度が下がってダンジョン化した事例について記された書物をいくつも目にしていた。
「マナの安定度は、その土地全体に影響を及ぼします。一部だけ安定して他はそのままと言う事は、今までありませんでした。
マナの安定度の変化や魔物が発生する仕組みについては、いまだ解明されていないので確かなことは言えませんが……」
ため息を吐くエザクに、カイルザインは周囲を見回して考え込んだ。
(たしかに、分かっていない事は多い。去年起きた魔物の同時多発発生事件もそうだ。昨日まで起きなかった事が起き、それまでの常識がひっくり返る事もあり得る。
それを確かめるためにも、他の可能性を検証するべきだろう)
だとしたら何があり得るのか。そう考えを巡らせて、カイルザインはある可能性を思いついた。
「エザク殿、例えばだが魔物の発生を特定の場所に集中させ、それ以外の場所には逆に魔物が発生しないようにする事は可能だと思うか?」
「それは……はい、可能だと推測されています。デーモンが配下の魔物を創り出すのも、魔物の発生するタイミングと場所を操作できるからだと唱える学者もいます。
ただ、どうやって行うのかはまだ判明していませんが」
「つまり、可能性はあるのか。なら、ゴブリンブッシュで発生するべき魔物が他の場所で発生しているとして、それは何処だ?」
カイルザインは考えを纏めるために独り言を述べながら、周囲を見回した。そして、ふと視線を落として地面を見つめた。
「試してみるか。全員俺から離れ、念のためにエザク殿の守りを固めろ!」
そう騎士団員達に命令を出したカイルザインは、地面に手を突いて呪文を唱えた。
「古の時代より在る大地よ、我が意に従え。『大地操作』」
そして魔法で地面を操作し、人が一人通れるくらいの大きさの傾斜のある穴を掘っていく。それが十メートル程の深さまで進むと、地下洞窟に当たった。
「マナよ、空を巡る者の清らかさを我に伝えよ。『気体探知』……空気は安全に呼吸できるな。エザク殿、これから俺達はこの地下洞窟の調査を行うが、どうする?」
手早く地下洞窟内の空気が安全か調べ、エザクに声をかける。すると、彼は驚いた様子でカイルザインと穴に駆け寄ろうとする。
「ゴブリンブッシュの地下に洞窟が!? そんなものがあるなんて知らなかった! も、もちろん私も同行します! 洞窟がもしゴブリンブッシュを超える規模で広がっていたら、街道や周辺の村に危険が及びますから!」
「若っ! 落ち着いてくださいっ!」
「我々の前に出ないでくださいっ!」
知的好奇心と子爵家嫡男としての義務感から参加を表明するエザクに、彼を落ち着かせようとするヘメカリス子爵家に仕える騎士達。
「カイルザイン様、エザク様、まずは私に斥候をお任せください」
「いいだろう。だが、魔法をかけてからだ」
斥候が得意なルペルにカイルザインは『闇視』の闇魔法をかける。
「これでお前の目は闇を真昼の日向のように見通す事が出来る。ただし、効果時間は十分だ。何があっても十分以内に戻ってこい」
「はっ!」
一礼すると、ルベルは足音を立てずに傾斜のある穴を降りて地下洞窟に入って行った。
「カイルザイン様、あたしは真っ暗でも見えますよ?」
「今自分が何を着ているのか忘れたのか? 板金鎧と比べれば静かだが、スケイルメイルも歩くだけで音が出る。それに、夜目が効いてもお前には斥候の心得は無いだろう」
そう話していると、地下洞窟からルペルが戻って来た。
「報告します。地下洞窟はすぐには把握できない程奥深くまで繋がっており、ゴブリンや魔蟲が数多く生息しているようです。並びに、洞窟は自然にできた物ではありません。天井や床に起伏が乏しいため、恐らく魔法で形を変化させて掘ったものと思われます」
「人為的に掘られたものか。他に分かった事は?」
「洞窟の地面には、ゴブリンと見られる骨や魔蟲の殻の破片や脚が無数に散らばっていました。魔物同士で殺し合った跡にしては破損が激しいため、ゴミ捨て場として利用されていると思われます」
「骨の欠片がゴミ?」
「ゴブリン等人型の魔物は共食いをした例があります。また、同族や他の魔物の骨や牙を武具に利用する事は珍しくありません」
思わず疑問を口にしたヘメカリス子爵家に使える騎士に、ニコルが短く説明した。
「そうか。生きた魔物は?」
「確認できませんでした。地下洞窟をしばらく探りましたが、周辺に魔物を含めた生物の気配はありませんでした」
「よし、ニコル、一班と二班に合流の合図をおくれ。合流後、偵察隊を編成して内部の調査を行う」
「御意」
ニコルが空に向かって魔法を打ち上げ、他の班との合流を待つ間に穴の周囲に見張りを残してやや離れたカイルザインは、『影倉庫』から自分と偵察班用の皮鎧を取り出して偵察の準備を始めた。
「ジェシカ、お前もスケイルメイルを脱いでおけ。後で『闇纏い』をかけてやる……何をしている?」
皮鎧に顔を近づけてじっと見つめ、臭いを嗅いでいるジェシカを奇妙に思ったカイルザインは、そう問いかけた。
「ほら、カイルザイン様の影って倒した魔物の肉や素材も放り込むじゃないですか。臭いが移ったりしないのかなって思って」
そう答えるジェシカに、カイルザインは無言で笑みを浮かべると彼女の頭に右手を置いた。
「えっ? なんです? 褒めてくれるんですか?」
「『影航』」
そして、空間魔法を唱えてジェシカを足元にある自分の影に鎮めようとする。
「びゃぁぁぁぁ!? や、やめっ、止めてくださいぃっ! 溺れるぅぅぅっ!」
悲鳴を上げて逃げようとするジェシカだが、足元がカイルザインの影では自慢の怪力も役に立たない。咄嗟に彼の腕を掴むが、彼は構わずジェシカを影に沈めていく。
「おぼっ、おぼれっ――」
ジェシカを完全に影に沈め、彼女の声が途切れた数秒後、カイルザインは彼女を引き上げた。
「どうだ? 臭ったか?」
「いえ、全然」
『影航』でカイルザインや彼が選んだ人物が入る空間と、『影倉庫』で物品を収納する空間は、入口に影を使っているだけで完全に別の空間だ。
当然『影倉庫』にしまっている物品の臭いが移る事はないし、『影航』で影に潜った時に『影倉庫』に収納した物品と衝突する事もない。
「それにしてもカイルザイン様の影の中って、明るくて息も出来るんですね」
「その点には俺も驚いた」
キョトンとした顔をしたジェシカを影から引き抜いて横に置くカイルザイン。
「驚きました」
すると、一連のやり取りを見ていたらしいエザクがそう呟いた。
「エザク殿も入ってみるか?」
空間魔法に興味があるのかと思ったカイルザインが問いかけるが、エザクは首を横に振った。
「いえ、そっちではなくて……仲が良いなと思いまして」
そう言われたカイルザインは「そんな事はない」と答えようとしたが、ふと自分の行動を顧みると、その通りかもしれないと思い直した。
ゼダン公爵家の屋敷には、執事やメイドだけではなく従僕も何人かいる。だが、カイルザインと彼らはまったく親しくない。虐げている訳ではないが、用がある時しか基本的に話しかけない。そして発する言葉も最低限。あるのは上下関係だけ。
それと比べるとカイルザインとジェシカの関係は、確かに仲が良いと言える。ジェシカの歳を人種に換算するとほぼ同い年だから、というのもあるかもしれない。
「こいつには王立学校で俺の手足として働かせるつもりなので、そのせいだ」
「……手足?」
「そう、手足だ」
自身の手足だから、遠慮のないやり取りを行う。そう答えてもエザクは納得できない様子だったが、それ以上質問はしなかった。そしてジェシカは、何故か誇らしげにしている。
「カイルザイン様は偵察班に加わらなくても良いのでは?」
「内部で空間魔法を使う必要がある。ゾルパ、使い魔の中に夜目の利く梟がいたな? あれを連絡用に貸せ」
そして、ギルデバラン率いる一斑とゾルパ率いる二班と合流すると、手早く偵察班を編成して自分自身やエザクをそのメンバーに入れ、穴を下って行った。
その際、ゾルパが「よろしいので?」と小声で尋ねたが、カイルザインは「構わん」と短く応えた。
自分を含めた全員に『闇視』をかけているため、松明やランタンが無くても真昼の日向のように洞窟の先まで見通す事が出来た。
「マナよ、虚空の光景を我に説け。『空間把握』」
そして、魔法で地下洞窟の空間を調べる。
(洞窟なら効果があるだろうと思ったが、予想通りだったな)
『空間把握』の魔法は、術者が存在している屋内の構造を把握する事が出来る魔法だ。洞窟で使った場合は、出口が何処で通路がどれくらい奥に続いているのか、一瞬で頭の中に地図を作る事が出来る。ただ、術者と物理的に隔てられた空間は把握できない。
例えば、洞窟の中に人工的に造られた部屋がある場合、扉が開けっ放しになっていなければ部屋の中がどうなっているのかは把握できない。落とし穴等の罠が仕掛けられていても、蓋が閉じられていたら察知できない。
更に、魔法の効果で頭の中に浮かんだ地図を正確に書き出す事が出来るか否か、他人に口頭で正確に伝えられるか、そして何より覚えていられるかは術者による。
(こうした地味な魔法なら構わないだろう。扉が多くある人口の建造物……敵国の砦では使えない魔法だからな)
カイルザインは自分が使える魔法について、『影倉庫』や『闇纏い』のように必要だと判断したもの以外は秘密していた。いずれ対決するリヒト達に知られないように。カイルザインが開発した魔法を全て知っているのは、腹心であるゾルパとギルデバランだけだ。
エザク達を信用していないわけではない。ただ、今回の遠征はカイルザインの活躍を幅広くアピールするのも狙いの一つだ。
エザク達にはカイルザインの活躍を人々に伝えてもらわなければならないのに、口止めしてどうするという話である。
「ルペル、魔物の気配は?」
「ありません。近くにはいないようです」
「そうか。なら、全員聞け。この地下洞窟の出入り口は俺達が入って来た穴しかない。この洞窟は一本道で、緩やかに傾斜している。奥へ進むと巨大な空間……カリスバウムに匹敵する広さの広大な空間が広がっている」
「カリスバウムにですか」
生まれ育った領都に近い広さだと言われ、エザクが思わず目を丸くする。そして、足元に散らばる骨や殻に視線を落とした。
「そんな広大な空間に、どれほどの魔蟲やゴブリンが……?」
「それを今から確かめる。進むぞ。ルペル、引き続き先頭を頼む」
音を出来るだけ立てないように進み、『闇視』をかけ直して数十秒後、ルペルが声に気が付いた。
「先から物音が……声が聞こえてきます。複数の音が重なっていて、何の声かは分かりません。それに、気配はまだ遠い」
そして、更に進むと通路は終わり、そこから広大な空間を見下す事が出来た。
「これは数百……数千……いや、それ以上のゴブリンの大集落だっ!」
通路から見えたのは、数えきれないほどのゴブリンだった。
地下水を飲み、地面に寝ころび、壁を掘り、妙な踊りを踊り、耳障りな声で何か喚いている。かなり原始的だったがゴブリンの社会が形成されていた。
(ゴブリンブッシュで発生するはずのゴブリンが全てここにいたとしても、出口のない閉鎖された地下でどうやってこれほどの数が? それに、ゴブリンナイトやゴブリンメイジのような上位種に何故存在進化できた?)
そう思ったカイルザインだったが、一部のゴブリン達が殺し合っている様子を見て納得した。
「ギァァァ!?」
「ギヒャヒャハ!」
負けたゴブリンが断末魔の悲鳴を上げ、勝ったゴブリンが笑いながら他の同族に襲い掛かる。
(発生したばかりのゴブリン同士で殺し合いをさせ、生き残りが存在進化するまでそれを繰り返す。存在進化した個体は新たな仲間に。死んだ同族は死体を解体して、肉は食料、骨は道具に加工しているのか)
カイルザインの視線の先では死んだ同族から取った肉を生き残った同族に分配するゴブリンや、骨を集めて加工する職人担当のゴブリン達の姿があった。
他にも魔蟲を捕まえて食うゴブリンや、その殻で作った鎧を着ているゴブリンナイトが集団で練り歩く様子があった。
それから隠れたゴブリンがこことは別の穴に逃げ込む姿もあった。カイルザイン達が入って来た洞窟の地面にも、同族同士の殺し合いから逃げ延びたゴブリンの成れの果ても含まれていたのかもしれない。
「カイルザイン殿、これだけ大きな群れはただの上位種では維持できないと聞きます。もしそうなら、ここには……」
「撤退し、御父上の判断を仰ごう。行くぞ」
カイルザイン達は来た道を戻り、撤退した。何故なら、姿こそ確認できなかったがここには約一万匹のゴブリンを統べる王、ゴブリンキングがいるはずだからだ。
魔物の中でもフォルトナが人間を参考に創った種族は、ある程度の知能と社会性を持つ。だが、彼等は人間に成り代わる事が出来ない。多くても数十匹程度の群れしか維持できないからだ。
トロール、オーガー、ゴブリン、コボルト、それらから派生したミノタウロス等の亜種は、人間を憎み嫌悪するが、同族に対しても非情だ。上位種に下位種が無条件に服従する習性に、同族同士でも利用し合う事はあっても助け合う事はなく、魔法や武術といった知識や技術も教え合い継承する事をせず、加虐性が高くすぎて些細な理由で同族同士殺し合って勝手に数を減らしてしまう。
また、人間が居なければその攻撃性を同族や他の魔物と向け、魔物の集落同士で凄惨な抗争を始めてしまう。
そのため、魔物達はある程度群れが大きくなると仲間割れを始めて、殺し合って数を大幅に減らすか群れが二つ以上に分かれる事になる。
これはフォルトナが魔物を人間に代わる新たな種族ではなく、世界を滅ぼすための道具として創造したためだった。
フォルトナの目的は、この不完全な世界を滅ぼして創造の前の状態に戻す事だ。この世界に存在する人類を絶滅させることに成功しても、その後に魔物が抵抗して絶滅させる事が出来なかったら意味が無い。
しかし魔王ヴェルシェヴェルガーが滅びた後、新たな魔物が発生した。ゴブリンに対して魔物としての本能を上回る忠誠心を抱かせる支配者、ゴブリンキングが存在進化の果てに誕生したのだ。
ゴブリンキングが君臨するゴブリンの群れは、狩猟採集で生計を立てる原始的な社会を構築し、同族同士で知識や技術を教え合い、分業による組織化を可能にする。また、ゴブリンキングが君臨する群れに属する個体は存在進化しやすくなり、群れを構成する上位種の比率が飛躍的に高まる。
ゴブリンキングが率いるゴブリンの大群によって滅亡した国も存在するくらいだ。そのため、冒険者ギルドではゴブリンキングとそれぞれの種族でそれに相当する魔物に対して高額な賞金を懸けている。
そのゴブリンキングを人為的に生み出し、ゴブリンの大群を人知れず養殖する事に成功したのが、滅天教団四天王の一人、『殺謀執事』のディジャデスだった。
「数はノルマ通りですね」
ゼダン公爵領デビス村周辺の地下に存在する大空洞で、ディジャデスは優しそうな老文官に見える配下からの報告を受けてそう評した。
「人間共を苗床に出来なくなったのは残念でしたが、新たには発生させたゴブリンを共食いさせる事で食料を賄い、同時に存在進化も促しております。
この分なら、五年後には計画通りの数を賄えるかと」
ゴブリンキングを操り、ゴブリン達に非効率的な生殖活動を禁止し、新たな個体を増やす方法は大地からの発生に限定させる。
そして新たに発生して地面からゴブリンが生える度に、同士討ちを命じる。負けた個体と魔蟲を食料に加工し、存在進化した個体達の腹を満たす。
「ですが質は低下しているようですね、ジャドゥル」
「申し訳ありません。ゴブリンキングも、いまだゴブリンハイキングへの存在進化の兆しはなく……。やはり、人間共を嬲り殺し、肉や臓物を食らう事が存在進化を最も促すようです。人間の代わりにゴブリンを使っても、同じ効果は得られませんでした」
伸ばした白い顎髭の先端が地面に着く程深く頭を下げ、赦しを乞うジャドゥル。
「ですが、それも仕方ないでしょう。この地下空間を見つけた事も含めて、昇進に値します」
しかし、ディジャデスも部下がゼダン公爵領を滅ぼすために熱心に取り組んでいる事を評価していた。人間が使えなくなったのは彼の責任ではないのだから、罰するつもりはない。
「おおっ、身に余る光栄! では、私をディジャデス様の側近……副官にしていただけるのですか!?」
「それはこのプロジェクトの成果によります。それに、ゼヴェディルもなかなか追い上げて来ていますからね」
「あ、あの猿真似女がでございますか!? いけません、ディジャデス様! 私の方が多くの人間共を駆除してご覧に――」
ジャドゥルが好々爺に見えた顔を嫉妬に歪めて叫んだとき、二人は妙な音を聞いて動きを止めた。ゴブリン達はいつも通り騒いでおり、その騒音は二人の所まで届いている。しかし、それとは明らかに異質な音だった。
「魔力が含まれた音でしたね」
「はい、残念ながらここの存在に気が付かれたようです。始末してまいりますか?」
「……いえ、意味は無いでしょう。皆殺しにしたところで、捜査するための人員が派遣されてきたら、同じような方法でここの存在を察知するかもしれません」
ディジャデスとジャドゥルは、地上に見張りを配置していなかった。何故なら、下手に地上に使い魔や配下を配置すれば、それに気が付いた人間に地下空間の存在が露見するかもしれないと判断したからだ。
しかし、原作エルナイトサーガでは自然にできた地下空間に地上に通じる小さな出口がある事を見過ごしたために、デビス村近くの森に少数のゴブリンや魔蟲が逃げ出した事で、原作主人公一行に気が付かれてしまった。
そして、この世界ではリヒトに原作知識があったために察知されてしまった。
「仕方ありません。現段階で計画を断念し、増えたゴブリンを人間共にぶつけて我々は撤収いたしましょう」
あっさり計画継続を諦めるジャドゥル。そしてゴブリンキングを操って配下のゴブリン達を人間達にぶつけようとする。
「待ちなさい。ゴブリン達をぶつけるのは、人間共が精鋭を集めて攻め込んで来てからにしなさい」
しかし、ディジャデスがそれを止めた。
「何故です? いくらゴブリンとはいえ、十日や二十日ではたいして増えませんぞ?」
「……良い機会ですから、強制変異の実験をしましょう。そのついでに、殺しておいた方がよさそうなガキ共がいるのですよ」
先ほどの魔法でどれくらい事態を把握したかは不明だが、ゴブリンが数百匹以上いる事に気が付けば、ゴブリンキングが存在する事を確信するはず。
そうなれば、ゼダン公爵はゴブリンキング討伐に乗り出す。そこにきっと、後継者争いをしているゼダン公爵家の子弟……カイルザインかリヒトの何方か、もしくは両方がいるに違いない。
ゴブリンキング討伐は、大きな功績になる。無視するはずがない。
そう、ここに邪魔なゼダン公爵家の子弟が、大規模な違法人身売買組織を作る計画を潰し、半ば腹いせで行った同時多発魔物発生事件の被害を抑えたガキ共が来るのだ。
「ジャドゥル、あなたはゴブリンキングを討伐しに来たゼダン公爵家の子弟を殺しなさい。見事成功すれば、あなたを私の補佐にしてあげましょう」
「っ! ははっ! 必ずやゼダン公爵家の子弟をぶち殺してご覧に入れます!」
投稿が遅れてすみません。次話は早めに投稿……することを目標に努力したいと思います。
フィルローザの名称をフィルマリーと間違えている個所がいくつもありました。混乱させてしまい申し訳ありません。修正いたします。




