6協力要請3
ソコリアンダ大司教は不慮の事故により亡くなったと公表された。
殺された、ではないのはわざわざ事件の知らない人に不安を与える必要はないという配慮なのだ。
だが少し聞いて回ればもう噂は広まっている。
人の口に戸は立てられない。
多くの人が現場を目撃してしまったのだからどうしようもなかった。
もっと事件に慣れた人でもいれば聖堂を封鎖して、余計なことを話さないようにと徹底できたのかもしれない。
「やーだー」
「そんなこと言われてもね……これも必要なことだから」
いつまでも聖堂に入れませんなんて、一般の人に納得してもらうのは難しい。
数日とすれば、教会も表面上はいつも通りになってきた。
犯人が捕まらない不安、空位となった大司教の座を巡る権力闘争と中身は相変わらずドロドロしている。
楽できたのも短かった。
俺たちのお勤めもすぐに再開された。
今日は教会の外に出て、貧しい人たちへの炊き出しを行なっている。
貧民救済も教会の仕事らしい。
別に炊き出しを行うのはいい。
俺もそれに助けられたことはある。
だが教会の外に出るのは嫌なのだ。
なぜなら外には幽霊がたくさんいるから。
「あっちいけ。お前死んでんだろ」
「どうしたの?」
「なんでもない。ちょっと邪魔がな」
「虫か何かいた?」
「そんなもんだ」
俺とクーデンドは調理係として作った料理の盛り付けを行っている。
料理を実際に配っているのはマルチェラなどの他の人だ。
フラッとこちらに寄ってくる人がいたのだけど、途中にあったテーブルをすり抜けてきていたことを俺は見逃さなかった。
食えもしないのに鍋の中を見つめられても邪魔なだけである。
俺が神聖力を込めて払うように手を振ると、嫌がって幽霊は離れていった。
この世界に幽霊は多い。
教会外の町中には幽霊が至る所にいる。
最初は幽霊が多いということにただ落胆していたのだけど、この世界を知るに従って仕方ない側面も分かってきた。
「悪魔と魔物がいて、まともに供養なんてものもないもんな」
悪魔や魔物という人間にとって脅威的な存在がこの世界にはいる。
そんなものに襲われて死ねば、幽霊になってしまうな可能性も高い。
だがそれだけじゃない。
経済的な理由、社会、他にも多くの要因によって幽霊が非常の存在している。
特に幽霊を祓う存在がいないのだ。
幽霊という概念はあるのだけど、幽霊に対する何かの手段を持つ除霊師やエクソシストという存在がない。
「幽霊が見える人……というのも聞いたことないしな」
俺は器にスープを盛りつけながら炊き出しの列に並ぶ人を見る。
変な世界だ。
幽霊的なものは存在しているのに、それを見ることができるのは自分だけ。
「まあなんにしても俺にとってにとっては面倒な世界だ……」
幽霊という存在が俺にとっての大きなノイズであることは間違いない。
知らないだけで、幽霊を成仏させたり祓ったりするような人もいるのかもしれない。
転生前の人生も含めると、霊視能力との付き合いも結構長くなっている。
幽霊と人との区別も割とちゃんとついているので、今回の人生で他人に迷惑をかけることはない。
ただ時に見間違えそうになるし、わずらわしいことに変わりはなかった。
「君たち、少しいいかな」
「あっ、はい。……なんでしょうか?」
そろそろ鍋いっぱいに作った料理も無くなるなと思っていたら、馬を連れた恰幅の良い男性が近づいてきた。
腰に剣を下げて、左目に大きな傷跡がある男性の胸当てには教会のマークがあった。
勤勉なクーデンドは一瞬で胸のマークの意味に気づいて背筋を正す。
俺も分かっているけど、特に態度は変えないでクーデンドに任せておこうかなと残りのスープを器に入れてしまう。
「この町の教会はどこかな?」
渋みのある声で男は質問を発する。
「中心部より少し東側にあります」
「中心部……よかったら案内してくれないか? そっちの君、手が空いてそうだ」
「お、俺ですか?」
男が指名したのは俺だった。
よく咄嗟に嫌な顔しなかったものだと自分を褒めてやりたい。
「あとはスープ配って、帰るだけだから案内してあげれば? あとは僕たちだけでもどうにかなるよ」
まだ仕事が、と言いたかったのだけど、鍋はとっくに空だった。
ここで人が良く、気を利かせられるクーデンドのお節介も発動する。
「……分かりました。教会まで案内します」
ため息を飲み込んだ俺は、薄い愛想笑いを浮かべてエプロンを外す。
「悪いね」
男の方は悪いとも思っていなさそうな笑みを浮かべている。
「久しぶりだな、エリオス」
俺は男を案内しようと歩き出す。
軽く視界の端に幽霊っぽいのが見えるけれど、基本的には無視すれば幽霊も絡んできたりすることはない。
クーデンドから離れたところで男が俺の名を呼んだ。
まだ自己紹介もしていないはずだが、名前を呼ばれても俺に驚きはなかった。
「久しぶりですね、ゲルディットさん」
理由は単純。
俺と男は顔見知りだったからなのだ。
「相変わらず気だるげそうなのは変わりないな」
ゲルディットは俺のことを見て目を細めて笑う。
「案内もあわよくばやらないようにするつもりだったろう」
俺の内心をズバリと見抜かれる。
その通りなので、俺は特に答えもしないで目を逸らす。




