21真相4
「このゴミムシが!」
悪魔は振り返りながら手を振るが、ゲルディットとパシェは飛び退いて回避する。
「ほら……また背中がガラ空きだぞ」
「うがっ……!」
俺は二人に気を取られた悪魔の背中に剣を突き刺した。
銀色のオーラをまとう剣は悪魔の肉を焼く。
ジュワジュワと音がして、黒い煙がブスブスと傷口から上がる。
この悪魔の戦闘センスは低い。
あまり手慣れていない悪魔だな。
だが悪魔は悪魔だ。
「俺はお前らが嫌いなんだよ。人を騙して利用して……使えなくなったら捨てて魔物にして」
俺が剣をねじると悪魔はうめく。
「誰にでも欲はあるんだよ。それにつけ込んで……魂まで搾り尽くして……ほとほと反吐が出る」
胸に湧き起こる怒りを言葉にして吐き出す。
これは目の前に悪魔に対してというより、俺が抱く全ての悪魔への思いだ。
「ま、待て……!」
「お前らの言葉なんて聞くわけないだろ」
「そのまま押さえてろ」
「ぬあっ、ぐっ!」
ゲルディットが迫り、悪魔は剣を胸から抜こうと刃を掴んだ。
手が焼けて、奇妙なほどに大きな口を歪める。
刃を掴んだところで後ろから突き刺しているのだから抜けはしない。
「や、やめろぉ!」
「情けないな。悪魔の命乞いか」
ゲルディットは月明かりに煌めく剣を振り上げる。
銀のオーラと月明かりに照らされた剣は美しさすら感じさせる。
「せめてもの情けだ。一撃で終わらせてやる」
「嫌だ……死にたく………………」
振り下ろされたゲルディットの剣が悪魔の首を刎ねる。
「お前らはすべからく死ぬべきだ。それは論ずるまでもない」
「そうですね。確実に殺しておきましょう」
俺は剣を抜くと、残った胴体も縦に真っ二つに切り裂く。
わずかな時間、宙を舞った悪魔の頭が地面に落ちて軽くバウンドする。
「……動かないな」
最後まで油断しない。
ゲルディットは落ちた頭に剣を突き刺した。
頭だけになっても生きているような悪魔もいるから、最終的な確認は怠らない。
「ウーリエ……?」
床にへたり込んだウーリエは両目から涙を流す。
「私は……お父さんを……殺した!」
全てを思い出したかのようにウーリエは号泣し出す。
「わたしが……やった! わたしが…………」
「ウーリエ!」
俺は剣を収めて、ウーリエの肩を揺する。
「うあっ……わたしが」
「ウーリエ!」
うわごとのように同じ言葉を繰り返すウーリエは、放っておけば壊れてしまいそう。
俺が強く声をかけると、ウーリエは体を震わせる。
ようやくウーリエと目があった。
「殺したのは悪魔だ」
たとえ手を下したのがウーリエだとしても、悪魔がやらせた。
殺したのはウーリエではなく、悪魔なのだ。
「でも、私は……お父さんが、他の女の人に手を出してると思って……」
ウーリエの涙は止まらず、声はひどく震えている。
悪魔の置き土産に俺は舌打ちにしたい気持ちになった。
純情な少女の心を弄び、死してなお深く心に爪を突き立てている。
「だから止めなきゃって……お母さんみたいになる人が出るかもしれないって思って、許せなくなって……」
「君の過去を悪魔が利用したに過ぎない。それに……まだ遅くはない」
「何が? お父さんはもう死んだ!」
「そうだな。だが赦しは得られる」
ソコリアンダは死んでしまった。
もはや死を変えることはできない。
しかしウーリエの心を軽くしてやることはできるだろう。
「赦し? どうやって?」
「一度だけ俺を信じてくれるか?」
「どうしたらいいの……」
もうすがるものもない。
俺の言葉に頼るしかないウーリエは絶望の瞳で俺のことを見つめる。
「ゆっくりと目を閉じて」
できるだけ優しい声色を心がける。
ウーリエは一瞬疑いを見せながらも、俺の言うことに従って目を閉じた。
「それでいい」
俺は親指でウーリエの涙を拭ってやる。
「ゆっくりと呼吸して。胸いっぱいに吸い込んで。そして吐いて……うん、繰り返して」
「…………エリシオさんの声って…………意外と優しいんですね」
「そうか? なら良かったよ」
呼吸を繰り返しているうちにウーリエの感情が収まってきた。
「吸って……吐いて……」
呼吸に合わせて背中をトントンとリズミカルに叩いてやる。
するとウーリエの意識は沈み始めた。
もう時間も遅い。
昂った感情が落ち着いてくると自然と向かう先は睡眠だった。
「おやすみ。さて……」
「こちらは任せておけ。また何かやるんだろう?」
俺が振り返るとゲルディットは頷いてくれた。
ウーリエをお姫様抱っこして部屋まで運ぶ。
ソコリアンダがよく見ていたウーリエの部屋はとても質素で、よく片付けられている。
綺麗に整えてあるベッドにウーリエを寝かせる。
「さてと……次はソコリアンダを迎えに行くか」
俺はウーリエを起こさないように部屋を出て、花壇に向かった。
花壇からさらに教会の敷地の外に、ソコリアンダが立っている。
「ちゃんと俺についててもらわないとこうなるんですよ?」
『すまない……つい』
俺が声をかけるとソコリアンダは普通に答える。
一時期に比べるとだいぶ覚醒したようで話せるようになった。
最初からこうだったらいいのに。
『枕元に立てばいいのか?』
「ええ、そうしてください」
ソコリアンダは俺の背中にピッタリとくっつく。
幽霊に憑かれるゾワゾワっとした感覚があるけれど、今はしょうがない。
俺はソコリアンダを引き連れてウーリエの部屋に戻った。
そして枕元に座る。
その日、ウーリエは夢を見た。
ソコリアンダが現れて、全てを話し合うのだ。
ウーリエは泣いて謝り、ソコリアンダは謝罪を受け入れて赦しを与えた。
そしてソコリアンダもウーリエに謝り、ウーリエはもういいのとソコリアンダを赦した。
最初で最後の親子の会話。
俺は夢に入れないので何を話したのか知らない。
でも次の日の朝、ウーリエは一筋の涙を流して俺に感謝の言葉を述べたのだった。




