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2異世界の霊能者2

「治療なんかをメインにしてもいいし、勉強が得意ならそうした仕事もある。神聖力が強く、強い希望があるなら……聖騎士、になるのも一つの手だ」


 先生となる聖職者は少し聖騎士という言葉を強調するように口にした。


「積極的に聖騎士候補を輩出させようとする奴もいるが、俺はそんな気になれん。聖騎士になれば悪魔や魔物と戦うことになる。聖職者の聖騎士は苦労が多い」


 先生は深いため息をつく。

 普段は厳しく授業をする人なのに、珍しく感情的になっていた。


 そのためなのか、みんなもよく話を聞いている。


「俺が何人を送り出し、そして何人が物言わぬ存在となって帰ってきたと思う?」


 先生の疑問に答えられる生徒はいない。

 

「いや、死体が帰ってくるだけましだ。帰ってこない者、魔物になった者……かつての生徒がそうなる度に俺の心に悪魔が近づいてきそうになる」


 空は晴れて気持ちいいぐらいなのに、先生のせいで教室の空気はひどく重たい。

 咳払いの一つもなく、教室は静かだ。


「悪魔と戦う聖騎士は必要だ。なるなとは言わない。だが……困難な道のりであることは覚悟してほしい」


 いつもと違う少し潤んだような目をして、先生は教室を見回す。


「今日はこれから進路希望を出してもらう。よく考えろ。決まっていないなら白紙でもいい。適性を見て良いところに配属されるだろう」


 そう言って先生は進路の希望を書くための紙を配る。


「エリシオはどうするの?」


「知ってるだろ?」


 隣の席のクーデンドが声をかけてくる。

 クーデンドとの関係は長い。


 その中で俺がどうなりたいか話したこともある。


「変わらないのかなと思って」


「変わらないさ。俺は悪魔と戦う。お前はどうなんだ?」


「僕は戦いに向かない。聖騎士なんてとてもじゃないけど、無理だよ」


 クーデンドは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

 俺の希望は聖騎士であり、先生の話を聞いても意思が揺らぐことはない。


「僕は数字が得意だから会計課にいければいいかな。出来事を記録する編纂課も捨てがたいけど」


「お前の成績なら行けそうだな」


 クーデンドは頭がいい。

 地頭がいいところもあるのだけど、ただ実は俺のおかげというところもある。


 転生者である俺は転生前の記憶を持っている。

 この世界の学問のレベルはやや低い。


「エリシオだって……希望出せばどこにでも行けるだろ?」


「そうだな……たぶん行けると思うけどな」

 

 復讐を志す前は学者の道もいいかもしれないと思ったこともあるほどだ。

 だからいくらか勉強を教えてやったことがある。

 

 効率の悪いやり方をしているものもあったので、良いやり方を教えてやったりしたのだ。


「もったいないな」


「俺の知識はお前が使ってくれ。それでいい」

 

 クーデンドは俺から知識を吸収して、成績上位者となっている。

 教える俺としても生徒の成長を感じられて楽しかったところがあることは否めない。

 

 体しかないなら聖騎士になるしかない。

 だが頭があれば別の道を選べる。


「お前なら大丈夫だよ」


 優しいクーデンドが戦いの道を歩むことはない。

 それでいい。


 勉強を生かしてほしいと俺は小さく微笑んだ。


「出せる奴は出していけ。まだ決めかねている奴は……三日以内に俺にところにもってこい」


 俺とクーデンドは特に悩むこともなく進みたい道を記入した。


「聖騎士……そうか」


 俺の進路希望を見て、先生は少し悲しそうな顔をした。

 第二候補、第三候補も空欄になっていて、第一候補に聖騎士とだけシンプルに書かれていた。


「まあ、それも選択だ。お前なら無事に乗り越えられそうな気もするしな。もし希望が通らなかったら適当な配属先になってしまうが、それでもいいか?」


「そんなことないの……分かっているでしょう?」


「……念のためさ」


 聖騎士は一定の強い人気がある。

 一方で何もないと聖騎士に送り込まれるという側面もある。


 聖騎士を希望したら、まず間違いなくその方面に配属されることとなってしまう。


「十年生き延びたら、酒でも奢ってください」


「ふん、一年ごとに奢ってやる。だから……生きて顔を出せよ」


 先生の言葉に俺はただ微笑みを返した。

 クーデンドの方は先生から希望が通るだろうとコメントももらえた。

 

 俺とクーデンドは教室を出て自分の部屋に向かう。


「大司教様がいるね」


 戻る途中、窓から外を見ると大司教が花壇の花に水をあげていた。

 そんなもの見習い聖職者に任せればいいのに毎日自分であげている。


 大司教を見て俺の胸はざわつく。


「流石大司教様だね。ああしたところは見習わなきゃ」


「……あまり見習ってほしくないけどな」


「どうして?」


 花壇に水をあげるのはいいことだ。

 しかし俺から見ると大司教の姿はボヤけて見える。


 生霊がいるためであり、生霊越しに大司教の姿が見えているからボヤけているのだ。

 後ろから抱きつくようにしている生霊もいる。


 少し離れて睨むようにしている生霊もいる。

 一口に生霊といっても、その憑き方は様々な姿をしていた。

 

 今目の前の姿は非常に良いものに見えるが、普段は何をしているのか分からない人というのが俺の印象だった。

 女性の生霊に取り巻かれる人は、正直あまり良くない。

 

 真面目なクーデンドにそんな大司教の態度を見習っては欲しくない。


「もういやだ」


 掃除してお祈り捧げて、勉強して、一日のお勤めを終えて俺はベッドに倒れ込んだ。


「何が嫌なの? ここに来てまだ二年だけど悪いところじゃないよ。大司教様、司教様、他の司祭の人もみんな良い人だ」


 クーデンドが首を傾げる。


「悪い人じゃないってことが、すなわち良い人であるってことと表裏一体だとは限らないものさ」


 大司教の姿を見てしまったせいか、ちょっとモヤモヤとした気分になっている。


「僕には分からないな」


 分からなくていいさ。

 あまりにも純粋である必要はないが、人間のドロドロとしたところに慣れ親しむ必要もない。


「人の顔見て、ため息つかないでよ」


 俺はクーデンドの顔を見つめて深いため息をついてしまう。

 何が嫌かと聞かれても説明は難しいし、証明もできない。


 証明はできる可能性はある。

 ただ証明するととんでもない事態に発展してしまう可能性が高いから、結局できないのと変わりがない。


 大司教の姿を思い出すと、そこにはセットで生霊の姿もある。

 これが嫌なのだ。

 

 ぼんやりと見える生霊は全て女性で、おそらく若い女性が二人、中年の女性が二人。

 なんで生霊が憑いていると分かるか。


 俺には霊視の能力があった。

 幽霊が見えるという、活かしようもないくだらない力だ。


 転生したから得られた力ではなく、転生する前からの忌々しい力なのだ。

 ついでに教会にいると普通の幽霊は近づけないから、大司教に憑いているのが生霊だと分かるというのも霊視能力があるから知っていた。


「知らぬが仏ってやつだな」


「仏ってなんだい?」


「大司教みたいなもんさ」


 生霊が憑いているということは、その思念が向けられているということ。

 大体の場合、生霊になるほどの思念は強く、負の感情であることが多い。


 俺の見た感じでは痴情のもつれ的な感情だろう。


「ともあれソコリアンダ大司教の派閥に入ることはやめとけ」


「分かったよ。こうした時の君の勘はよく当たるからね。まるで何か見えてるみたいだ」


「その通り。見えてるんだよ」


 大司教は一つどころか四つもトラブルの種を抱えている。

 これから聖職者として派閥にも入ることになろうが、生霊が憑いてるソコリアンダ大司教は親友にオススメできない。

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