19真相2
「彼は大きな愛を持ち、誠実な人柄で……」
「エリシオ……エリシオ!」
「んが?」
「寝ちゃダメだよ!」
隣の席のクーデンドに突かれて俺は落ちかけていた意識を取り戻す。
今はソコリアンダのお別れの会の最中である。
デルクンドとヒッチが共同して取り仕切るお別れの会のために、教会中の聖職者たちが聖堂に集められている。
ソコリアンダを讃える長々としたお言葉に、俺はノックアウト寸前だった。
そんなことしたって本人には届かない。
花壇に集まった方がいくらかマシである。
「昨日は遅くまで仕事してたから……」
「遅かったもんね。でもこんなところで寝ちゃダメだよ」
見習い聖職者の俺たちは聖堂の後ろに置かれている。
寝たところで誰にもバレやしない。
見てみろ、俺の逆側にいるマルチェラは泣いてるフリして寝てやがる。
「…………」
多少目は冴えてしまった。
俺は目立たないように聖堂の中を見回す。
泣いている人も多い。
メルシッダやノーワも泣いているし、ヒッチやデルクンドの妻は泣いてこそいないものの暗い顔をしている。
「ソコリアンダはこの後、聖なる火によって浄化されます」
デルクンドのお言葉は続く。
学校の校長がデルクンドだったら嫌だ。
「そうか……火葬だもんな」
この世界はやや中世っぽい雰囲気もある。
しかし遺体は土葬でなく火葬されて埋葬されるのだ。
「悪魔対策……か」
炎で浄化するなんてデルクンドは言うけれど、火葬する理由は悪魔のせいである。
遺体を魔物にするかもしれない。
そのために土葬ではなく火葬して骨にしてしまうのだ。
さらには燃やした後の骨も砕いて細かくしてしまう徹底ぶり。
魔物にされることはこの世界の人にとって非常に不名誉なことなので、火葬文化が根付いている。
「結局、ソコリアンダ大司教様を殺した犯人は見つかりそうなの?」
「結構難航してる。でも……そろそろ決着もつきそうだ」
ーーーーー
「大司教様……どうしてあなたは……」
「こんな時間に何してるんだ?」
「あなたは……」
「よう、ウーリエ。教会の中でも夜中に出歩くのは危ないぞ」
聖堂。
この世界には二つの月があって、今日は二つとも満月で昇る珍しい日であった。
蝋燭の明かりは心許ないが、月の光が今日は明るい。
午後の一般人のお別れのために、ソコリアンダの遺体はまだ火葬されずに聖堂に置かれている。
ウーリエがソコリアンダの顔を覗き込んでいた。
顔色が良くなるように化粧を施されているので、割と血色良く見える。
「少し……お別れがしたくて」
白いステンドグラスを通した月明かりを浴びるウーリエが寂しそうに笑った。
多くの人がいる中で満足にお別れできなかったと言われれば、まあ納得できるだろう。
「そうだな。実の父親との別れだもんな」
「………………」
ウーリエの顔が固まった。
「何の話か……」
「ソコリアンダはあんたの父親だろ? 血のつながった実の父親だ」
「……どうしてそれを?」
スッとウーリエが無表情になる。
その目はとても冷たい。
「これだよ」
俺は懐から一冊の本を取り出した。
「それは?」
何なのか分からなくてウーリエは首を傾げる。
表示を見ただけでは何なのか分からなくとも当然である。
「日記帳だよ。ソコリアンダ大司教様の」
「日記帳……? そんな……初めて見る」
ウーリエは少し驚いたような顔をしている。
本当に知らなかったようだ。
「だろうね。隠してあったから」
「そこに……書いてあったの?」
「ああ。若い時の後悔。そして、君の話がね」
「知って……たんだ」
「知ってたみたいだな」
ウーリエはソコリアンダの娘だったのだ。
ただウーリエの母親とソコリアンダは生まれる前に別れており、ソコリアンダはウーリエの存在を知らなかった、はずだった。
逆にウーリエはソコリアンダが父親だと知っていた。
知っていて、ソコリアンダのお付きとして近づいたのだった。
しかしソコリアンダもウーリエが自分の娘であると知っていたのである。
「…………それが、どうしたの?」
「どうして名乗り出ない? ソコリアンダの財産はお前が受け取れるはずだ。このままだと教会に持ってかれるぞ」
今の所公的にはソコリアンダに家族はいないことになっている。
けれども娘であると名乗り出れば財産を相続できる可能性がある。
ウーリエが自分で主張するだけだったら厳しいが、日記があれば話が変わってくる。
多分認められるだろう。
「今からでも名乗り出たらどうだ?」
「そんな……私がソコリアンダ大司教様の財産を受け取るだなんて」
「何でだ? 正当な権利だろう。今まで苦労してきたんだろ。ソコリアンダ大司教様の財産ぐらい受け取ってもバチは当たらないよ」
「……私にはそんな権利……ないから」
ウーリエは俺から目線を逸らす。
その表情に罪悪感のようなものを感じる。
「そっか……それは、ソコリアンダ大司教様を殺したからか?」
「な……」
ウーリエはハッとした表情を浮かべて俺のことを見た。
感情を取り繕おうとしているが、あまりに突然胸を刺されたかのような鋭い質問に動揺が隠せていない。
「どうして……ソコリアンダ大司教様を殺したんだ?」
責めるような口調ではなく、優しく問いかけた。
だがきっとどれだけ優しい声色を装おうと、ウーリエにとってはナイフを突きつけられたようなものだろう。
ウーリエの唇が震えている。
何かの言葉を発しようとして、何も思いつかないように開いては閉じる。




