17悪魔の所業2
「……うん、逝ったな」
魔物の口から何かが出てきた。
うっすらと透けたそれは霊魂だ。
パシェには見えていないそれを俺はそっと目で追いかける。
なんとなく人っぽいが、悪魔のせいなのかのっぺりとして個人の特定が難しいぐらいの形をしている。
そのままある程度飛んでいった霊魂はそのまま霧のように消えてしまう。
いわゆる、成仏したということだ。
「ゲルディットさんの方に行こう。心配はないと思うけどね」
魔物が死んでいないと判断して警戒していたのは、俺が霊視の力を持つからである。
異形の魔物は元人であり、魂はそこに囚われている。
魔物を救ってやったのだけど、どこか物悲しさを覚えずにはいられない。
「腕は大丈夫か? 噛まれてたけど」
「……大丈夫」
俺が気にかけてやるとパシェは軽く腕を確認して返事した。
相変わらず声は小さくこもっていて分かりにくいが、やや高めな声に聞こえた。
もしかして、女性だろうか?
「君たち!」
「デルクンド司教様!」
小屋に向かっているとデルクンドが走ってきた。
俺たちは特に墓地に来るまで走っても息を切らせるようなことはなかったが、デルクンドは肩で息をしている。
確実に運動不足だな。
「魔物は……はぁ……どこに……はぁ」
それでも呼ばれてすぐに走ってきてくれたのだとすると、それなりにちゃんと責任感はあるのだろう。
「あちらで一体倒しました。小屋の方でゲルディットさんが戦っているようなので向かいましょう」
「分かった……すぐに行こう」
息を整えることもなく、デルクンドは小屋の方に早足で移動する。
腐っても元聖騎士だったということか。
「あっ……」
少し離れたところにある小屋から白いものが飛んでいくのが見えた。
デルクンドやパシェには見えていないそれは、高く空まで上がっていって消えてしまった。
ゲルディットが倒したんだなと俺は察する。
ただそれを説明しようもなくて、黙ってデルクンドの後を追いかける。
「小屋が……」
「ひどいものだな」
俺たちが来た方向からは普通に見えていたが、近づいてみると小屋は半分無くなっていた。
「あの野郎……二体いるならそう言えよな」
「おぉ……」
半分になった小屋からゲルディットが出てくる。
両手にそれぞれイノシシの魔物を引きずっていて、デルクンドは思わず小さくうなってしまっている。
「誰かに怪我させてませんか?」
「俺が怪我したか心配しないのか?」
「残念ながら怪我したようには見えないので」
「そうだな。残念ながら怪我はしてない」
ゲルディットは投げ捨てるように魔物を小屋の外に重ねて置く。
おじさんはもう一体なんて言っていたが、魔物は二体いたようだ。
だが二体を相手にしてもゲルディットは怪我一つなく倒してしまった。
俺とパシェでも倒せたような魔物なのだから、ゲルディットなら心配いらないとは思っていた。
それでもやっぱりゲルディットは強いし、すごい。
「お前は綺麗そうだな。あっちフォローしてやってくれ」
「あっち……?」
ゲルディットが小屋の方に視線を向ける。
何がいるのだと俺も小屋を覗き込む。
「ウーリエ?」
「も、もう大丈夫ですか……?」
小屋の無事に済んでいたところにはソコリアンダの遺体がある。
そしてその横の隅に小さくなるようにしてウーリエがいた。
「どうしてこんなところに?」
ウーリエがこんなところにいるのに俺は困惑する。
「……大司教様にお花を」
見るとソコリアンダが寝かされている台の上に花の乗ったバスケットが置いてある。
「お花……好きな人だったから。本当ならお墓に備えたいけど、まだ葬儀も執り行われないから」
「そうか。……運が無かったな」
心優しい子だ。
わざわざこんなところまで来て遺体に花を添えるなんて、俺ならやらないことだ。
そんなことをしに来て魔物騒ぎに巻き込まれてしまうのだから、運が無かったと言わざるを得ない。
「立てそうか?」
俺は手を差し出す。
「ありがとうございます」
ウーリエは俺の手を取って立ち上がる。
「俺とデルクンドで周り調べる。お前のパシェで教会まで送ってやれ」
「分かりました」
デルクンドは少し嫌そうな顔をしているけれど、この状況で協力しないとも言えない。
俺はパシェとウーリエを連れて教会の方に向かう。
「この花壇から取ってきたのか?」
途中に花壇がある。
バスケットに入っていた花のことを思い出す。
「ええ、大司教様がよくお手入れしていたので」
俺の視界の端にはソコリアンダの姿が見える。
魔物騒動があっても相変わらず教会を見つめていた。
「……なんで私の部屋を見てるんですか?」
「えっ?」
「違うんですか?」
ソコリアンダがどこを見てるのか視線を追ってみようとした。
教会の三階らへんかなと思っていたら、ウーリエが不思議なそうな顔をしていた。
「教会に住んでるのか?」
「一応お部屋はもらっているんですけど、実は外にも家があるんです」
「外にも家が?」
お付きのものは正確には聖職者ではない。
処遇がどうなっているかは雇っている人による。
ソコリアンダに雇われていたウーリエのこれからがどうなるのかは、少しふわふわと浮いたところがある。
だがまあ、外にも家があるなら、今すぐ露呈に迷うことはなさそうだ。
「元々母と住んでいたところで……今はもう一人なんですけど、家は手放せなくて」
「ふーん。ともかく……あそこらへんがウーリエの部屋なんだな」
「そうなんです。追い出される前に一度遊びに来てください」
「捜査が終わったらな」
ウーリエを教会に送って、俺とパシェはまだ墓地に戻った。
一通り周りのことを調べてみたが、悪魔や他の魔物の存在は見当たらない。
魔物がどこから来たか、それは謎であるが、そこの調査は教会の聖騎士が引き継ぐことになった。
だが小屋が狙われた。
それはつまり、ソコリアンダが狙われたのではないかと俺とゲルディットは疑っていたのだった。




