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16悪魔の所業1

「何があった?」


「墓地に魔物が出現したのです。墓守が教会に飛び込んできて報告を」


「この教会の聖騎士は?」


「近くの村に魔物が出たと報告があったのでそちらに。あとは見回り中で動けるものがいなくて……」


 だからこちらにきたのだなと俺はため息をつく。

 ある程度以上の規模の教会になら魔物に対応するぐらいの聖騎士はいる。


 なのにゲルディットの方に声をかけてきたということは、と予想はできていた。


「しょうがないな。エリシオ、パシェ、行くぞ! おい、お前はデルクンドを呼んでこい!」


 他にいないのならしょうがない。

 一線を引退した悪魔祓いの聖騎士と見習いの聖騎士、それと聖騎士志望でもいないよりマシだ。


 俺たちは部屋を飛び出して墓地に向かう。

 外は快晴。


 こんなに天気がいいのに事件とは気が重い。


「どうしてデルクンドを?」


「資料によるとデルクンドには聖騎士をしていた期間がある。やっていた期間は短いが……他のやつよりはマシだろう」


 合わないからと部署を変えることはままあることだ。

 デルクンドが元聖騎士ということに俺はちょっと驚いた。


「お前がパシェの方を見てやれ」


「俺が二人ともフォローしますよ」


「デルクンドが来なくて……悪魔がいたら頼む」


 教会を飛び出して、墓地に向かう。


「う、うわああああっ!」


「あそこ!」


 墓地が見えてきた。

 先日デルクンドの遺体を見に行った時に対応してくれた遺体処理のおじさんが悲鳴をあげている。


 おじさんの目の前には異形の化け物がいる。

 人と同じくらいの大きさがあって、イノシシのような四足歩行の動物にも見えるが、顔の部分は人の形をしていた。


 イノシシの頭を斬り落として、人の顔を貼り付けたような、気持ちの悪い造形をしている。

 魔物だ。


「パシェ、お前が行け!」


「はい」


 パシェがグッと地面を踏み込むとわずかに陥没する。

 そのまま地面を蹴って加速する。


 一気に速度に乗ったパシェはけたたましく鎧を鳴らしながら魔物に向かっていく。

 あんな鎧を着ていてよくあんな速度を出せるものだな。


「支援します」


 俺は手を伸ばしてパシェの背中に向ける。

 俺の体から白いオーラのようなものが溢れ出す。


 次の瞬間パシェの体にも白いオーラがまとわれる。


「神聖力使いも上手くなってきたな」


「練習してますからね」


 俺の体から出たのは神聖力。

 そして神聖力を飛ばしてパシェの体を強化した。


 パシェが剣を抜き、おじさんに襲いかかる魔物を斬りつける。


「……くっ!」


 真横に振られた剣を、魔物は人面の口で受け止める。

 口の端が切れながらも歯で剣を受け止めるなんてとんでもない防ぎ方をした。


「ふっ!」


 ただパシェの勢いはそれで止まらない。

 そのまま剣を振り切って魔物を吹っ飛ばす。


 墓石を壊しながら魔物は転がっていく。


「あんた、早く教会に逃げるんだ!」


「こ、小屋の方にももう一体いるんだ!」


「分かった! 早く!」


「ま、任せた!」


 おじさんがは青い顔をして教会の方に走っていく。


「エリシオ、俺は小屋の方に行く。このままパシェの方を頼むぞ」


「無理しないでくださいね」


「ダメそうなら逃げるさ」


 ゲルディットは小屋の方に向かい、俺はパシェ越しに見える魔物に視線を戻す。

 ぶっ飛ばされた魔物はゆっくりと立ち上がると、威嚇するように吠える。


「相変わらず気持ち悪いな……」


 魔物というとファンタジーなものを思い浮かべるだろう。

 しかしこの世界における魔物はあまり気分の良いものではない。


 魔物によって異形の姿に変えられた化け物、それが魔物と呼ばれているのだ。


「悪魔の美的センスは好きになれないな」

 

 瞳孔が完全に開いた目でパシェを睨みつけるイノシシの魔物も、人が魔物に変えられたものである。

 死体を変える場合もあれば、生きている人を変えてしまうこともある。

 

 悪魔とはなんとも冒涜的なことをする存在だ。

 生命っぽい形をしているのに、なんとなく生命を感じない。

 

 奇妙で、不快感を覚える。


「早く救ってやれ」


 魔物になってしまうともう戻れない。

 どうにかしてやりたいなら倒してしまうしかない。


 パシェの体から黒いオーラが溢れ出す。

 俺がまとわせた白い神聖力のオーラと混ざり合い、灰色にも近い銀色のオーラとなる。


「魔力は当然扱えるか」


 パシェが出したのは魔力。

 魔の聖騎士としては当然の技能だ。


「さてと……剣の技術はどうなのかな?」


 ゲルディットが教えている以上才能はあるのだろう。

 だが実際どうなのかは目の当たりにしないと分からないところがある。


 パシェが一気に魔物と距離を詰める。

 銀のオーラをまとわせた剣を魔物に向かって振り下ろす。


 魔物もただ黙っているわけではない。

 横に飛んで剣をかわす。


「うわっ……」


 パシェは振り下ろしている途中の剣の軌道を横に変える。

 あんな勢いで振り下ろした剣を、あんな勢いで横振りに変えたら腕がイカれてしまう。


 だがパシェは平然と魔物のことを斬りつけた。


「だがまあ……やるな」

 

 魔物の胴体に剣先がめり込む。

 肉を裂き、剣は顔面の頬も切り裂いて出てきた。

 

 ドス黒い血が噴き出して、魔物が悲鳴のような声を上げる。

 魔物は声すらも醜い。

 

 聞いていて不快で、俺は顔をしかめる。


「大丈夫か……」


 焦点の合わない目をした魔物はパシェの腕に噛み付いた。

 一瞬大丈夫なのかと身構えたが、魔物の歯では鎧は貫けない。


 歯形もつかないだろう。

 パシェは噛み付かれたまま剣を振り下ろして、魔物の体を二つに切り裂く。


 腕に噛み付いた顔面部分はうっとおしく振り払われて地面に落ちる。


「危なげもなかったな」


 圧倒的なパワーがあった。

 技術的には荒削りなところが大きそうだが、見た目に反しない力があるようだ。


 攻撃にためらいもなく、聖騎士向きだろう。


「だが油断するな」


 俺は剣を抜いて投げる。

 剣は逃げ出そうとしていた魔物の顔面の額に突き刺さった。


 落ちた魔物の目がぎょろっと動いたことを俺は気づいていた。

 体を二つに切られようと、魔物は死んでいなかった。


 機会をうかがい、逃げようとしていたのだ。

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