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14生来の色男2

「興味深い話が聞けました。ありがとうございます」


「頑張れよ」


「失礼します」


 俺は先生に頭を下げて、パシェの後を追いかける。


「あっ、またいるな」


 ふと窓の外に視線を向ける。

 そこには花壇がある。

 

 今は何人かの聖職者たちで分担して水をあげているらしく、花は萎れることなく元気に咲き誇っていた。

 花壇の向こうにはソコリアンダの姿が見えた。


 うっすらと透けた姿は幽霊のもの。

 相変わらず教会の方を見つめているようだ。


「何を見てるんだ?」


 同じ場所から何かを見ている。

 ただ何を見ているのか分からない。


「また話を聞けば……」


 前回は少しだけ話を聞き出すことができた。

 ヒッチとデルクンドのケンカの時に溢れた神聖力のせいで、幽霊のソコリアンダは消し飛んでしまった。


 正確にはどこかに飛んで行っただけなのだが、少しの間見なかった。

 どうやら戻ってきたようなので、また声でもかけてみれば今度は犯人でも教えてくれるかもしれない。


「今調べてますよ」


 何となく目があった気がして、届きもしない返事を口にする。


「早く成仏してください。じゃないと悪魔の手が伸びますよっと」


 さっさと行かないとゲルディットに文句でも言われそう。

 俺は少し急ぎ足で尋問で使っている部屋に向かう。


「何してた?」


「有益な情報聞き出してたんです」


「サボろうとしてたんじゃなくて?」


「俺ほど真面目な人はいませんよ」


「お前が真面目なら、世の中に不真面目なんていないだろうさ」


 やはりパシェよりも到着が遅れて、ゲルディットに小言を言われる。

 だが今回に限ってはちゃんと理由がある。


 俺の気だるげな返事と気だるげな目を見つめて、ゲルディットは軽くため息をつく。


「まあいい。ちょうど始めるところだった」


 ゲルディットの対面にはメルシッダが座っていて、部屋の 隅にはパシェが立っている。


「気楽に答えてくれていい。嫌なら答えなくてもいい」


 軽い冗談を言い合った雰囲気は一転して、ピリッとしたものになる。


「ソコリアンダ。彼との関係は?」


 気楽にという割にゲルディットの目は鋭い。

 こうして真剣な眼差しをすると、いまだに悪魔が裸足で逃げ出してしまいそう。


 俺はゲルディットの後ろに移動して壁に寄りかかる。

 メルシッダの顔を見て、何かの変化がないかを観察する。


「彼は大司教。私は司祭……上司と部下なんてものよりも遠い関係です」


「では親しくはない?」


「……はい」


 返事に間があった。


「本当に、彼とは何もないのか?」


 怪しいと感じたのかゲルディットもさらに踏み込む。

 そもそも悪魔祓いは別に内部で起きた事件を捜査する人ではない。


 だがなぜゲルディットが送り込まれたか。

 それは見る目があるから。


 悪魔祓いは人をよく観察する目を身に付けねばならない。

 悪魔、悪魔に協力する人、あるいは悪魔にそそのかされてしまいそうな人を見抜かねば、悪魔は巧みにこちらの手をすり抜けていく。


 ゲルディットは長いこと悪魔祓いとして活躍してきた。

 人の態度の違和感を見抜く目があるのだ。


「その……」


 メルシッダは口をモゴモゴとさせる。

 見た目にメルシッダは真面目な聖職者という感じがある。


 嘘はあまり得意でないだろう。

 明らかに何かを隠している。


「言いたくないのなら言わなくても構わないぞ」


 この言葉が『さっさと言え』に聞こえるのは、俺だけじゃないだろう。


「……ソコリアンダ大司教には相談に乗っていただいてました」


「相談?」


 メルシッダは観念したように少しうなだれて話し始めた。


「私は昔から真面目だけが取り柄で……でも要領は悪くて……お仕事がうまく行かなくて悩んでいた時にソコリアンダ大司教が相談に乗ってくださったんです」


「なぜそれを隠す?」


 相談に乗ってもらうことぐらい普通にあることだ。

 別に秘密にするようなことじゃない。


「……いけないことだと分かっているんです」


 メルシッダがぎゅっと手を握りしめる。

 蚊の鳴くような声も静かな部屋の中ではしっかりと聞こえた。


「邪な思いを……私は抱いてしまいました」


 胸の前で手を組んで、まるで懺悔でもするかのようだ。

 だがメルシッダの耳は赤くなっている。


 なるほどな。

 そりゃ隠したくもなるか。


「何回か話を聞いていただくうちに……ソコリアンダ大司教様とのお時間が私の中でかけがいのないものになっていたのです……」


 少し遠回しな言い方をするが、要するにメルシッダはソコリアンダに惚れてしまったということになる。

 仕事でうまく行かずに不安な時に、安心感のある年上の男性に優しくされて、恋愛経験の少ないメルシッダはコロっと落ちてしまったのだ。


「いけないことだとは分かっていたのです。ですがこの気持ちの止め方を私は知らなくて……」


「なぜいけないことなのだ?」


「えっ?」


「ソコリアンダは独身だ。身分や年齢の差はあれど恋をすることを妨げるものはない」


 俺の中でゲルディットの好きなところが一つ出た。


「好きだったのだろう?」


 ゲルディットは真剣な目をしたまま。

 決してバカにしたり、茶化したり、軽蔑するような色はない。


 俺もこっそりと小さく頷く。


「…………はい。お慕い……してました」


 メルシッダの目から涙が溢れた。

 たとえ独身でも歳も身分の上の大司教のことを若い司祭が好きになるなんて、という人も多いだろう。


 だがゲルディットは別にそのことが悪いとも思わない人なのだ。

 どちらかと言えば少数な考え方。


 でもゲルディットは平然といいじゃないかと言う。

 こういうところもこの人が信頼できる人だと俺は感じていた。

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