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12/22

12捜査開始4

「悪いな、ソコリアンダ大司教」


 ゲルディットはソコリアンダの体にかけられた布をばっと外す。

 パシェがそっと顔を逸らした。


「心臓を一突きか」


 遺体としては比較的綺麗なものだった。

 胸に刺し傷が一つがあるのみ。


「やるもんだな。それに……良い体してる」


 ソコリアンダの体は思っていたよりもたるんでいない。

 司教や大司教ともなると活動はおとなしくなる。


 悪魔や魔物との戦いの前線にでも出ない限り、運動量としては大きく低下してしまう。

 そのために上の役職になると体がたるんでしまう人も多い。


 ただソコリアンダは鍛え上げられたとまではいかなくとも、引き締まった体つきをしていた。


「手慣れているもの……俺はそう思うが、お前はどう思う?」


 ゲルディットが俺のことを見る。

 一撃でソコリアンダを仕留めている。


 無駄がない殺し方にも思える。

 

「俺の見解は違いますね」


「よかったら聞かせてくれないか?」


 正直推理なんて得意じゃない。

 俺がこれからやるのは転生前の浅い知識を使った浅い推理に過ぎない。


「犯人は知り合いでしょうね。それもすごく親しい人」


「ほう?」


 俺の推理にゲルディットは眉をあげる。


「見てください。あまりにも見事すぎませんか?」


「……見事すぎる?」


「他に傷がない。切り傷はおろか、アザすらない」


「そうだな。だが、それがどうした?」


「ゲルディットさんはナイフを持った人が正面から近づいてきて心臓を差し出しますか?」


 こんなふうに事件捜査をすることはまずない。

 俺程度の知識で思いつくようなことでも、ゲルディットに思い至らないことも多い。


 そもそもゲルディットは事件捜査のプロフェッショナルでもない。

 少し前まで悪魔と戦っていた頭よりも腕っぷしの人なのだ。


「そんなことするわけないだろ」


「そうですね。大体抵抗します。心臓を一突きなんてまず無理でしょう。ナイフを防御すれば腕に傷がつくでしょうし、無理に心臓を突こうとすればどこかに力づくによるアザができてもおかしくない」


 ソコリアンダの遺体を見た時から思っていたのは綺麗すぎるということである。

 たとえいきなり襲われたしても、多少の防御ぐらいはするものだ。


「全く防御したような様子すらない。襲われたのは聖堂のど真ん中で身を隠す場所も少ない。知らない人……いや、たとえ知ってる人でも防御できないほど近づいてきたら俺はぶん殴るかもしれません」


 防御できないほどの距離となると密着にも近い状態だろう。

 可愛い女の子ならともかく、男がそんな距離に近づいてきたら俺は何かされなくとも抵抗する。


 そもそもそんな距離に近づかせない。

 だがソコリアンダはそんな距離に人を近づかせた可能性が高い。


「なるほどな。そんな距離に近づけるのは親しい奴……しかもかなり」


 ゲルディットもソコリアンダの傷を眺めて目を細める。

 それこそ恋人クラスじゃなきゃ胸元に人が近づくのは俺は嫌だ。


「武器も隠せそうなナイフ、ですもんね」


 別のテーブルに乱雑に置いてあるナイフは、ソコリアンダに刺さっていたものだ。

 ナイフだとは知っていたけれど、実物は初めて見る。


「古めかしいナイフだな」


 ゲルディットはヒョイとナイフを手に取る。

 ほんの一瞬俺は指紋が、なんて思ってしまうが、指紋を採取するような道具もないし、多分もう散々触られているから指紋で犯人探しは無理だろうと諦める。


 ナイフは持ち手に細かな装飾が見られるものだった。

 真新しさを感じず、古いナイフのようだが、安物でもなさそうな雰囲気がある。


 小型のナイフは隠すのにもちょうどいいけれど、身も守るために持ち歩いてもおかしくはない。


「それからじゃ何も分かりませんね」


 時に幽霊のように思念が凶器に絡みつくこともあるが、内部には何も見えない。


「まあともかくそのナイフじゃ、やっぱり近づく必要がありますね」


「そうだな」


 ゲルディットはナイフを置いて、あらためてソコリアンダのことを見る。


「親しい人か……女なら……あり得そうだな」


 ゲルディットが俺に視線を送る。

 ヒッチとデルクンドの妻が気になる、という俺の発言を思い出しているのかもしれない。


「チッ……めんどくさい事件だな」


「俺もそう思いますよ」


 ゲルディットのため息に合わせて、俺もため息をつく。

 犯人が分かっているなら犯人に向けて誘導すればいい。


 けれども今は犯人もわからないので、何となく絞り込むように誘導していかねばならない。

 これもまたすごくめんどくさい。


「次は聴取だな。ソコリアンダの親しい人……誰なのか探してみなければならない」


 これもまた難しい話だ。

 独身男が誰と親しかろうと基本的には問題のない話だろう。


 生霊で判明していないのも若めに見える女性が二人もいる。

 ゲルディットの中での絞り込みは進んだかもしれないが、俺の中での絞り込みはあまり進まなかった。

 

 パシェはずっと置き物のように立ったまま動かない。

 全く感情が読めないのでちょっと怖いぐらいだ。


「次も頼むぞ」


「疲れるんで甘いもんでも奢ってください」


「…………しゃーないな」


 一瞬拒否しそうな顔をしたが、今の親しい人説もゲルディットだけじゃ導き出せない。

 結局俺の力が必要なので、渋々承諾したのだった。


 さて、話を聞いてみて、この事件はどう動くのだろうか。

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