10捜査開始2
「あの二人がどうしたんだ?」
「いや……ちょっと怪しいなと思って」
「怪しい? ヒッチとデルクンドじゃなくて……妻の方が?」
ゲルディットは不思議そうな顔をして肩をすくめる。
「ゲルディットさんがやったとして……教会の中でやりますか?」
「いや、俺はやらないな。教会関係者なことがあからさますぎる。見られる可能性も高いし、どう考えてもリスクが大きい」
「実力で司教まで這い上がる人もいますが、バカではそこまで行けません。ゲルディットさんがそこまで考えつくなら二人にも考えつくでしょう」
「今俺のことを軽くバカにしたか?」
「いえ、していませんよ」
あの二人はソコリアンダに憑いていた生霊だ。
だから怪しい。
そんなふうに伝えても納得は得られない。
見えないものを他人に説明しようとしても、信じてもらうことはできないだろう。
今回悪魔の関与や生霊と俺にしか分からない怪しい要素が満載になっている。
こうしたところから、ヒッチとデルクンドは逆に違う可能性が高いと俺は推測した。
逆説的な考えから導き出したものにはなるが、ヒッチとデルクンドが違うだろうという論拠を出しておく。
「しかも聖堂で……たとえ突発的行動でも司教がやるとは思いにくいです」
「ふぅむ……なるほどな」
「なのでそうしたことを気にしないような人がやったか……あるいは派手なアピールかです」
ついでにここらで疑念も一つ植え付ける。
「派手なアピール? そんなもの誰が…………まさか……」
「そのまさかですよ」
俺の誘導にゲルディットは上手く乗っかってくれる。
ハッとしたようにゲルディットは深く息を吸い込み、険しい顔をして俺のことをみる。
俺もゲルディットも同じ言葉を頭に思い浮かべている。
「悪魔……」
「可能性の一つですよ」
「悪魔がどうやって……あの二人をそそのかして……か」
妻が怪しい。
そして悪魔が関わっているかもしれない。
この二つをゲルディットは頭の中で繋げた。
ヒッチとデルクンドの妻のことを俺は知らない。
だから普段どうしているのか知らないが、格好を見るに少なくとも聖職者として過ごしているのではないことは予想できる。
聖職者ではないが関係者で、教会に入ってきてもおかしくない存在。
かつ悪魔も神聖力を持たない一般人なら接触もしやすい。
「まだ……なんとも言えませんけどね」
「いや、あり得ない話ではない。だが、まだ何の証拠はない。もし仮に悪魔が関わっているとしたら事態は複雑だ。慎重にいくぞ」
ゲルディットの眼光が鋭くなる。
俺とゲルディットの中での事件の緊張度が一つ高くなったような気がした。
ーーーーー
「ヒッチ司教とデルクンド司教でどっちが大司教になるか争ってるらしいな。ただウェズビー司祭長は新しく大司教が来るんじゃないかなんてことも言ってるみたいだな」
どこでそんな話聞いてくるんだ。
朝の掃除をしながらマルチェラのとめどない噂話に耳を傾ける。
まだ正式にゲルディットの手伝いをしろと上から言われていないので、仕方なくいつも通りのお勤めをこなしている。
マルチェラは割と噂話にもアンテナを張っていて、俺が知らないような話でもマルチェラに聞いてみれば分かることも少なくない。
「派閥争いか……うーん難しいね」
「配属決まれば別のところに行くかもしれないんだ。今はのらりくらりとやってればいいさ」
もうすでに教会内は三つの勢力に分かれつつあった。
司教のヒッチとデルクンド、そして司祭長のウェズビーの三つである。
「くっだらねぇ……」
司教はそれぞれ大司教になる、あるいは自分が教会のトップになることを目論み、周りはそれぞれトップになった時に取り入ろうとしている。
そして司祭長のウェズビーは二人を明確に指示せず、新しい人が来るかもしれないと一定の距離を取っていた。
クーデンドは激しさを増す派閥争いに辟易とした感じだ。
俺は別にどこの派閥にも所属するつもりはないし、クーデンドもそれでいいと思う。
「エリシオはいるか?」
「ああ、ゲルディットさん」
ゆるゆると掃除をしているとゲルディットが聖堂に入ってきた。
悪魔祓いの事件調査官の存在は見習いの間でも噂になっている。
そんな人が来たものだから空気がピリつく。
一応俺とゲルディットは面識がないことになっている。
それは俺を守るためでもある。
腰に下げたものとはまた別に手に剣を持ったゲルディットは、気だるげにモップの柄にアゴを乗せる俺に近づいてくる。
「エリシオ、ちゃんとした方が……」
知らない人から見るとゲルディットの顔は険しく見える。
不真面目な態度の俺のことをぶん殴るのかと思ったのか、クーデンドが少し慌てる。
仮に殴られたとて俺のことなんだから、ほっとけばいいのにと俺は笑ってしまう。
「なんですか?」
流石に周りから見た時も失礼になるかもしれないので、ちゃんと立っておく。
「これを」
「ええと……?」
ゲルディットは手に持っていた剣を俺に渡す。
とりあえず受け取る。
手にかかるズシっとした重みは剣が本物だと教えてくれる。
俺が怪訝そうな目で見ると、ゲルディットはニヤッと笑う。
「正式にお前が俺の手伝いに決まった。これはその証みたいなものだ。調査官補助……という感じだな。受け入れてくれるか?」
「……拝命します」
他の人も見ている。
どうして俺がという疑問はあるだろうけど、これで面目上ゲルディットがお願いして俺が受け入れた形は周りにちゃんと知れ渡る。
「えっ、ええっ? な、何で急に?」
「あー! エリシオずるいぞ!」
クーデンドとマルチェラも突然のことに驚いている。
「普段の勤勉さが買われたんだろうぜ」
「えー?」
「んなわけ……」
「ははは、ぶっ飛ばすぞ」
こんなふうにゲルディットが来るとは思っていなくて、冗談っぽく誤魔化す。
本気の言い訳ではないが、真っ向から否定されるとムカつくものだなと俺は乾いた笑いを浮かべた。




