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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院2年生
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099 新人教育(1)

 朝焼けの下、西門前で開くのを待っていると、バッツァグーンとワイトェピアもすぐにやってきた。


「遅くなり申し訳ございません。」

「まだ門も開いていないのですから、謝る必要はありませんよ。」


 門が開いても姿を見せないのならばともかく、門がしまっている限り。早くきてもただ待っているだけなのだ。私たちより先にとか考える必要もない。


 重い音を立てて門が開けられている間に、バッツァグーン、ワイトェピアが門衛に名乗りをあげる。


 街への出入りは記録するのが規則なのだ。農民も貴族も例外ではない。無視して出入りすれば、私たちでも罰せられる。


 それを面倒がる農民も多く、半数ほどは夜になっても街に戻らない。農民が寝るための小屋は畑のあちこちにあるらしい。


 すぐに門が開き、全員でぞろぞろと畑に向かって進む。まずは森の近くまで行って、魔物が出てきていないかの確認だ。


 農民たちはすでに動き出し畑のあちこちに散っている。彼らは私たちを見つけると「おはようございます」と大声で手を振るので、私も手を振り返す。


「彼らは……?」

「ここらの畑で働く農民ですよ。」


 気安い態度にワイトェピアは少し不愉快そうに首を傾げるが、もともと畑は彼らの領分だ。


 これまで税を取るだけで、貴族は直接的にも間接的にも何をすることもなかったため、彼らも私たちも適切な距離感というものを掴みきれていない。


 目に余る言動があれば注意するが、少々気安い程度で目くじらを立てていても仕方がない。


「彼らの態度は、貴族に対するものではありません。」

「そうは言っても、彼らの力がなければ生産の向上は図れぬ。安易に罰するわけにもいかぬし、少しずつ教えていくしかないのです。」


 農民が頑張るべきは、礼儀正しい作法を身につけることではなく、農作業だ。私たちの優先事項は農民を咎めることではなく、収穫を大幅に改善することだ。


「農民に礼儀を叩き込んでも、作物の実りには関係がありません。第一に考えるべきことは実りを増やすことです。」


 そのために魔力を撒き、魔物を退治していくことが大切なのだ。その結果、実りが豊かになれば、農民たちも私たちの力が重要であることが分かるだろう。



 西の森が近くなってくると、様子を見にきた農民たちの数も多くなる。子どもたち二十人ほどが固まっているところに、どんどん集まってくる。


「バッツァグーン、ワイトェピア。そこの彼らは私たちの畑で働く農民たちです。一緒に作業することも多いので、顔は覚えておいてください。」


 平民の名前まで覚えろとは言えないが、顔も分からないのでは困る。一々何かあるごとに「誰だそなたは?」などとやっていては仕事が進まない。


「私はバッツァグーン・ワドズォルである。」

「ワイトェピア・オネレジです。」

「今日から二人も収穫向上のために頑張っていただくことになりました。」


 二人が端的に名乗り私が付け加えると、農民たちは恐れ入るように腰を落とし、頭を下げる。


 挨拶に時間をかけてもいられないので、フィエルはすぐに本題に入る。


「今日は魔物は来ていますか?」

「大きいのは見えないよ。」


 大人の農民たちが何人か森の近くまで行ってみたらしいが、特に目立った魔物はいないらしい。

 指先ほどの小さな魔虫はすぐそこまで近づかなければ分からない。一々見て回るのも面倒なので、とりあえず後回しにする。未処理の区画はまだまだいっぱいあるのだ。


「では、フィエルとバッツァグーンは北側、私とワイトェピアで南側を回っていきましょうか。」


 私とフィエルが分かれると、子どもたちも二組に分かれてついてくる。


「畑に魔力を撒いていくのですが、まず見本をお見せいたします。」


 畑を十字に区切る道で馬から降りて、二つの桶に水を注ぐ。一つは馬の前に出して、もう一つには魔力を詰めていく。


 魔力を詰めるのにそんなに時間はかけていられない。桶いっぱいの水に一息で赤い輝きが眩しくなるほど魔力を詰めると、持ち上げて畑に向けて飛ばす。


 数十歩ほど飛ばしたところで大きく弾けさせると、区画全体を覆うように赤い輝きが広がる。


「やってみてください。水に魔力を詰めるのにはできますよね?」

「ええ、以前にお茶会で教わりましたから。」


 桶に再び水を注ぎ、畑の方を指してワイトェピアに促すと、彼女は緊張した面持ちで水面に触れる。


「かなり思い切って詰めてしまっても大丈夫ですよ。」


 桶いっぱいの水に魔力を詰めるのは初めてなのだろう。少しずつ魔力を流していっているが、この段階ではそれほど丁寧な魔力操作は必要ない。


 毎回全く同じにする必要もないし、どの程度の魔力を籠めるかは、割と大雑把に決めている。


「そろそろ持ち上げられますね。」


 赤い輝きが強くなれば、手の動きに合わせて自在に持ち上げ、動かすことができるようになる。ここまでは別に難しいことではない。


 最も難しいのはこの先だ。


「あちらの畑に飛ばしてみてください。」


 私の指示に、ワイトェピアは短く息を吐いて頭上に持ち上げた手を振り下ろす。気合いを入れて飛ばそうとしたが、水の玉はほんの数歩ほど飛んだところで盛大に弾け散った。


 私との違いに肩を落とすが、最初はみんな大した違いはない。私もフィエルも、何十、何百と繰り返して、やっと魔力を詰めた水の玉を自在に飛ばせるようになったのだ。


「落ち込んでいる暇はありません。畑のお仕事を続けていれば、嫌でもできるようになりますよ。魔力を撒いていない畑はまだいっぱいありますから、撒いていきましょう。」


 次の区画に向けて魔力を飛ばしている間に、私は雷光を放って虫を退治していく。端の方から子どもたちが虫を潰していってるが、雷光の魔法ならばそれを避けて、魔物だけを狙うことができる。


 ワイトェピアが魔力を撒いたあたりにも、虫が大量に這いずりまわっている。


「私にも区画に行き渡るように魔力を投げることができるようになるのでしょうか……?」

「私も最初は似たようなものでしたよ。ハネシテゼ様との差に愕然としたものです。」


 私が虫退治をしていると、なぜかワイトェピアがさらに落ち込んでいる。あまり落ち込んでもらっていても困るのだが……。


 立ち止まっているわけにもいかないので、空になった桶を鞍にかけ馬の肩を叩いて頭を上げさせる。

 馬の桶に残った水は畑に撒き、手綱を引いて歩きだす。ワイトェピアが魔力を撒ける範囲は狭いので、わざわざ馬に乗る必要もない。


「勢いや気合で飛ばそうとするのではなく、水に詰め込んだ魔力を感じるようにすると投げやすいですよ。」


 そういえば、ハネシテゼは細々と少しずつアドバイスをくれていた。いくら有益な助言でも、いくつも同時に並べては受け取る方が溢れかえってしまう。一つひとつ、課題を見据えて取り組んだ方がいいということだ。


 三十歩ほど進んで、再び桶を下ろして水を注ぐ。すぐにワイトェピアが魔力を詰めていくが、まだ少し時間がかかる。その間に私は袋から小さな芋を取り出して、馬に一つずつ与える。


 道の左側の畑に魔力を撒くだけで、随分と時間がかかってしまっている。


「魔力を詰めるのは、もっと勢いよく素早くやってしまいましょう。呼吸にあわせると良いですよ。息を大きく吸い込みながら全身に魔力を漲らせ、吐き出しながら一気に水に詰め込んでいくのです。」

「分かりました。呼吸にあわせて、ですか……」


 呟くように返事をしてワイトェピアは水を注いだ桶の前に立つと、大きく息を吸い込む。そしてしゃがんで一気に水に魔力を詰め込んでいく。

 立ち上がり水を飛ばすが、こちらはなかなか上手くいかないようだ。


「その調子です。どんどん魔力を撒いていきましょう。練習しないと上達はしません。」

「あの、ティアリッテ様やフィエルナズサ様は、ずっとこのようなことを……? 正直に申し上げますと、私の力ではそう何度も繰り返せるとは思えません。」


 どうにもワイトェピアは自信がなさそうだ。だが、初めてでそんなにできることは期待していない。


「先ほども言いましたが、私も最初は全然できなくて苦労したのです。誰だって、最初はできないのです。ウォルハルト兄様にも数日前に教えたのですが、やはり魔力を飛ばすことはできないのですよ。」


 それを目的にしていたわけでもないので、ウォルハルトには上達する気もないとは思うが、それでもできないことに変わりはない。


 半日ほどで魔力が尽きてしまうのも想定の範囲内だ。馬を見るという役目がある。その間に私は徒歩で畑を回れば良い。


「私、ティアリッテ様の足を引っ張ってしまっているのではございませんか?」

「そう思うならば、全力で邁進してください。このまま引き下がったのでは、今日の分の遅れは取り戻せません。」


 一週間後、二週間後に取り戻し、さらに前に進んでいければ良い。今辞められたら、今日これまでの分が完全に無駄になってしまう。


「かしこまりました。」


 力強く返事をしてワイトェピアはもう一度魔力を撒き、虫を潰してから次の区画へと向かった。

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