097 農業組合
日の出とともに南門から出て行く兄たちを見送ってから、私たちも西の畑に向かう。
魔物退治した辺りは、他と比べて魔力が濃い。強い魔物が嗅ぎつけたら、農民たちでは退治できないだろう。
行ってみると、案の定というべきか、中型の獣がウロウロとしているのが見えた。
「な、なあ。あれ大丈夫なのか?」
子どもたちや農民たちは魔物に近づかずに、かなり離れた区画に固まっていた。彼らに近づいて怪我人がいないかを聞こうとしたら、不安そうな表情で尋ねられた。
「それほど大きくなさそうですし、退治するのは問題ありませんよ。それより、獣に襲われた人はいませんか? 怪我をした人はいませんか?」
聞いてみるが、彼らも碌な武器もなしに獣に近づくほど愚かではない。周辺の畑の農民たちはみんな無事という回答を得た。
「では、さっさと退治してしまいましょう。」
「ああ、あんなのがウロウロしていれば、安心して畑を耕すこともできないだろう。」
私が言うと、フィエルも頷く。遠目には、今更恐る必要もなさそうだ。
馬に乗り近づくと、獣の姿がはっきりとしてくる。長めの黒い四本足に赤茶けた胴、頭の両側からは捻じ曲がったツノが伸びている。
獣は地面に頭を擦り付けて何かを食べているが、そのうちの一匹が頭を上げてこちらを振り向く。そこに向けて、小さな魔力の塊を投げてやる。
気配は魔物だが、念のための確認だ。魔力の塊を前にした獣の反応は三つに一つだ。
一つめは、黄豹や白狐のように受け止めて投げ返してくるものだ。これであれば、挨拶を済ませてしまえば良いだけだ。
二つめは避けたり逃げたりする種類だ。魔物ではないし、魔力を操る特別な獣でもないごく普通の獣だ。襲ってこないならば、森に追い返せば良い。
そして、私たちの前の獣は、魔力の塊に飛びついて食べてしまった。その次の瞬間、フィエルの放った雷光に撃たれて地面に転がる。
一匹が倒れたら、他の獣たちは一斉に頭を上げる。こちらに注目しているところに小さな魔力の塊を放ってさらに注意を集め、動き始めたところに雷光をばら撒く。
いきなり逃げ出されたら面倒だが、こちらに向かってくるものばかりならやりやすい。数も二十足らずなので、大した問題もなく倒せる。
「焼き払ってしまいましょう。」
私たちの後ろで見ていた農民や子どもたちに声をかけ、手近な魔物から運んでいく。
体の大きさは私と同じくらいある魔物は重く、私一人では運ぶのはとても大変だが、フィエルと二人でならば足を掴んで引きずって運んでいける。
一箇所に集めたら火を放ち、しばらく放置だ。
主に徒歩で畑をまわって魔力を撒き、昼になれば今日の畑での作業は終わりだ。まだ手付かずの区画はいっぱいある。気持ちばかり焦るが、一つづつ問題を片付けていかなければならない。
昼食後は、農業組合の者がやってくる。
こちらの参加者は、私にフィエル、それに徴税担当の文官が二人だ。文官は二人とも父や母よりも年嵩で、何十年も徴税をみてきている熟練の者だ。
文官を二人連れてきたのは、税には二種類あるからだ。農民たちより農作物で直接納められるものと、商人や職人より金銭にて納められるものがある。
農業組合というものがよく分からないため、両方の担当官に来てもらったのだ。
平民応対用の部屋で、徴税について色々話を聞きながら待っているとドアをノックされる。
「農業組合の者が参りました。」
「通してください。」
扉の前に立つ騎士より来訪者を告げられ、許可を出すと扉が開けられる。この辺りの手順は、私が王宮に呼ばれて行ったときと同じだ。
入ってきたのは三人の男女だ。一人だけ若いが、二人は父よりも年嵩に見える。
そして、三人ともが私たちを見て怪訝そうな表情を見せる。
「農業組合、エーギノミーア支部長のモリヤノアと申します。芽吹き盛んな良き日に縁を得られたこと、大変嬉しく存じます。」
跪き、髭を蓄えた男が挨拶の口上を述べる。面倒だが格式を放り出すわけにはいかない。私も形式張った口上を返し、三人に席に着くように勧める。
「早速で済まぬのだが、我々は農業組合とはどのような組織なのか詳しくない。簡単に説明してくれぬか? 作付け量の管理をしているという話は聞いたことがあるのだが。」
まずフィエルが切り出す。農民たちの話だけでは、農業組合が農業生産に対してどのような役割を担っているのかよく分からない。
「農業組合は、その名のとおり、農民により作られた組合にございます。作付けの管理や、作物を運搬するための荷車の貸し出し、さらには知識の蓄積と指導など、農業全般に関わりながら貢献しております。」
髭の男は胸を張って答えるが、なんだかとても胡散臭く感じられる。そんなに立派に貢献しているならば、不作に苦しむことなどないだろう。
「そなたらが作付けを管理しているという畑はどこまでなのだ? 領都周辺だけか? 近隣の村や小領主に任せている土地はどうなのだ?」
「街ごとに支部がございますので、小領主の治める地域は別の支部が担当しております。しかし、繋がりがないわけではございません。都度互いに行き来しておりますし、情報の交換は頻繁に行っております。」
随分とはっきりしない説明である。彼の説明で分かったことは、小領主の地には別の支部があるということだけだ。
「それで、近隣の村はどうなのです? 情報を交換して、それがどのように役立てられているのです?」
「農村にまでは手が回っていない状況でして……」
「あら、直轄地の畑は農村部の方が多いのはご存知でして? この町の周辺の倍以上の畑があるはずです。」
私は税収でしか把握していないが、税収が二倍以上あるのなら、畑の面積も倍くらいはあるだろう。全体の三分の一ほどしか管理していないのならば、貢献度もたかが知れている。
小さく溜息を吐きつつも、私は話を続ける。作物の作付けに関しては私たちが主導することは確定的なのだ。あれこれする必要はないことは伝えておかねばならない。
「今年はどこの畑に何をどれだけ植えるかは私たちが決めますので、種や苗だけ用意してくださればよろしいです。」
私としては、彼らの負担が軽くなるし、反発されるとは思っていなかったのだが、彼らの反応は違った。
「失礼ながら、作付けは大変難しい仕事でございます。慣れた我々にお任せくださった方が確実でございます。」
「何年も不作が続いているのに、何が確実なのでしょう?」
あまりにも腹が立ったので、思わず口から出てしまった。強気で言ってくる割に、内容がめちゃくちゃだ。収穫は年々悪化しているのに、この者たちは一体何を言っているのか理解できない。
呆気にとられている三人に対し、私はさらに言葉を続ける。
「今年は収穫を大幅に増やす予定ですので、作物の運搬が滞らぬよう準備をしておいてください。畑で作物を腐らせるのは大変な無駄ですから。」
それでも作付けについてしつこく食い下がってくるので、何をどれほど植えるのかを尋ねてみた。冬の間、頑張って考えた計画を聞きもせずに否定されたら不愉快だろうということに思い至ったのだ。
「まず、赤豆や雲豆を減らしてメニポゥル豆の作付けを増やします。葉物野菜は現状維持で、芋を一割増やして、大麦をその分減らせば、土地効率は……」
「メニポゥル豆は栽培を禁止したものではなかったか?」
相手の話を遮り、フィエルが怪訝な表情で首を傾げる。メニポゥル豆という名前には私も記憶がある。昨年の日復祭でハネシテゼに指摘された豆がそんな名前だったはずだ。
今後、解禁することもなく、植えているのを発見したら焼き払うと伝えると、三人とも愕然としたような顔で俯いてしまった。
禁止だと言っているのに、何故、植える計画になっているのか理解に苦しむが、とにかくそれを受け入れるわけにはいかない。
「葉物野菜の作付けは昨年を十四とすると、九から十に減らします。その分、芋と豆類を増やします。穀類は現状維持ですね。」
計画を伝え、用意してある種は足りるのかを確認する。彼らも細かい数字を一つひとつ覚えているわけではないが、何をどれほど植えられるのか大体でも分かれば、計画は随分と具体的になる。
収穫した作物の運搬や、周辺の村への栽培禁止の伝達についても話を進めておく。
全ての話が終わると、農業組合の三人はとても疲れた様子で部屋から出て行った。




