093 魔法の訓練は畑仕事とともに
私たちが最初に向かうのは街の西側の畑だ。昨年は東側だったので、西側は全くといっていいほど見ていない。どのようになっているのかは見ておかなければならないだろう。
街の門を出ると、まだ畑にはあちこち雪が残っている。遠くには農民の姿も何人か見えるが、近くには誰もいない。離れたところで作業をしている者をわざわざ呼びつける必要もないので、私たちの挨拶はまた後でということにする。
「あの雪は炎の魔法で融かしてしまって良いものなのか?」
「分かりかねます。雪の無いところから魔力を撒いていきましょう。まず、ウォルハルト兄様がどの程度できるか見せていただけませんか?」
「雷光の魔法の練習ではないのか?」
「魔力も撒けないようでは、雷光の魔法は使えません。」
そう言いながら馬を下り、桶に水を用意する。兄は不満そうにしながらも桶の水に手を触れ、魔力を詰め込んでいく。
赤く輝く水を持ちあげ、畑の方に放るようにしてやると、水は弾けて周囲に飛沫が散っていく。その様は炎のようにも見えるが、熱は全くない。
兄もそれを見るのは初めてのようで、「面白い光景だな」と表情を崩す。だが、そのすぐ後には、表情を引き攣らせることになる。
「魔力を撒くと、魔物が集まってくるので、それを潰します。」
私が指差した先には、気色の悪い虫が無数に集まってきている。昨年、この辺りで魔物退治はしていない。はじめて東側の畑でやったときと同じくらいは出てきている。
「何だこれは!」
「これも魔物です、兄上。こいつらを全て潰さないと、収穫は改善できません。」
後ずさる兄にフィエルは冷静に説明し、雷光の魔法を放つ。十ほどの雷条が地面を走り、蠢いていた虫の動きが止まるが、虫はまだまだ涌いて出てくる。
「ウォルハルト兄様、見本は何度でもお見せしますので、自分でもやってみてください。」
そう言いながら、私も雷光を放つ。
魔虫の死骸は、持ってきた棒で弾き飛ばして一か所に集めて焼き払う。私と騎士たちが魔物を集めている間に、ウォルハルトは道を挟んだ逆側の畑に魔力を撒く。
同じように虫が涌いて出てきて、それを私たちが雷光の魔法で退治する。三時間ほどかけて何度も何度も私たちが見本を披露し、ウォルハルトも試行を繰り返して火花を飛ばせるようになった。
「それができればもう少しです。」
「うむ。少し見本を変えるか。」
最初から何条もの雷光を出そうとしたって上手くいくはずがない。一本だけの雷光を強めに撃ってみせる。
パン! と高い音を立てて、魔力を撒いた地面の上を雷光が真っ直ぐ走っていく。
私に続いてフィエルも同じように見本を披露し、ウォルハルトがそれを可能な限り模倣する。
三度、四度とやっていると、ウォルハルトの魔法は火花を散らすだけだったのが雷条を飛ばすと言えるものになっていく。
「その調子です、兄上。まず、一本の雷光を自在に放てるように訓練すると良いかと思います。複数の雷光を同時に放つのは、その次の段階です。」
「うむ。」
フィエルの説明に、ウォルハルトも大きく頷く。
兄たちにとって、『魔法を見て覚える』ということは、とても常識外れなことらしい。以前は疑っていたものの、自分がやってみて本当にできるのだと分かったのだから、私たちの言葉も受け入れやすくなったのだろう。
「では、どんどん魔力を撒いていきますよ! 今日中に五区画ずつは終わらせます!」
私が意気込んで魔力を撒くと、フィエルも負けじと反対側の畑に魔力を散らせる。
広めに大量の魔力を撒けば、地面の下に隠れている虫だけではなく、少し離れたところに潜んでいる小型の魔物も押し寄せてくる。
防壁の下に穴を掘って棲んでいる魔物は多いようで、泥まみれのネズミのようなやつらが幾つもやってくる。
「小さいとはいえ、随分と数が多くないか?」
「ええ、だから平民では退治するのが難しいのです。」
一匹が単独でウロウロしているのなら、平民でもどうとでもできるだろうが、数十匹が群れをなしていれば、そう簡単に退治できるものではない。
それをハネシテゼが一撃で屠るのを見て、私も随分と驚いたものだ。だが、今年は私も自分の杖がある。魔力も随分と伸びたし、この程度ならどうとでもできる。
「やあっ!」
掛け声を上げて杖を振ると十数条の雷光が地面を縦横に駆け巡る。走り寄ってきた魔物の群は、大半がその一発で地面に転がる。
深呼吸をして、さらにもう一度魔法を放てば、動く魔物はすっかりいなくなった。
「あの数を一瞬で退治してしまうとは驚いたぞ。」
「兄上も訓練すれば、これくらいはできるようになります。」
「だが、私が相手をするのはこんな小型の魔物ではないぞ?」
「雪の魔獣くらいなら同じように退治できますよ?」
私が笑顔で言うと、ウォルハルトは表情を引き攣らせる。雪の魔獣は兄たちも五年生の時に演習で退治にいっているはずだし、知らぬはずがない。
「このように魔力を撒いてやれば、大概の魔物は誘き出せます。そこを雷光の魔法で叩けば、良いだけです。」
昨年の青鬼だって、雷光の魔法の前では倒れていくだけだった。相当に強力な魔物であろうとも、一撃で倒せるのは実証済みだ。
稀に完全に魔法が通じない魔物というのも存在するが、そうそう出くわすものでもないし、そんな化物は騎士総出で退治に出向くような大事件だ。
魔物を集めて火を放ち、次の区画へと場所を移す。
しばらくそうして魔力と雷光を撒き散らしていれば、離れたところで作業をしていた農民たちも近くにやってくる。
パンパンと音を立てて雷光を放ち、魔物を焼く煙が上がっていれば少々離れていても私たちがいることには気付くだろう。
「何をなさっとるんじゃ?」
「見ての通り、魔物退治です。このネズミや虫どもがいると、作物が育たなかったり荒らされたりするのでしょう?」
「あ、ああ。わざわざ貴族様が……」
農民たちはびくびくと怯えたような態度で話すが、一々尻込みされていても困る。
「昨年は街の東側の畑、一部分だけでやりましたが、今年は街の周囲の畑ぜんぶでやります。」
驚いたような、困ったような表情で農民たちは互いに顔を見合わせているが、一々彼らの返事を待っていたら話が進まない。
「私はティアリッテ。こちらのフィエルナズサとともに、領都の畑を管理いたしますのでよろしくお願いします。この辺りの畑は、これから徹底的に魔物退治をしていきますのでご協力ください。ロクな収穫が期待できませんから。」
自己紹介を済ませ、一方的にやることを告げていく。昨年聞いた話では、春先の魔物退治は農民にとっても大事なことだったはずだ。異論、反論が出てくることも無いだろう。
そして大事なことがある。子どもたちのことだ。
「六歳以上で、特に仕事を割り当てられていない子どもは畑で仕事をして貰いますので連れてきてください。」
「子どもをですか? 邪魔にはなっても、役に立つとは思えないのですが……」
「子どもでも虫を潰したり、私たちが倒した魔物を集めてくるくらいはできるでしょう。」
私たちが、焼き払うために一々魔物を集めていたのでは効率が悪すぎる。そんなことをしていれば、領都周辺の畑全ての魔力を撒くなんてできないだろう。
「赤子の面倒をみたり、料理や洗濯など、生活に必要な仕事を担当する者を連れてくる必要はない。私たちは其方らに死ねと言うつもりなどないから心配しなくていい。」
フィエルがそう言い、子どもを連れてくるのは明日からで良いと付け足すと、農民たちの表情も少しは明るくなる。
その後は農民たちにも手伝ってもらいながら魔力を撒いては魔物を退治していく。昼食も携行食で済ませて、昼からも魔力撒きは続く。周辺で働く農民たちも呼び集められ、作業の進みは速くなっていく。
夕方、太陽が西に大きく傾いてくるまでに六ずつの区画に魔力を撒き、解散の時間となった。農民たちもそれぞれ家路につき、私たちもそこらをうろうろしている馬を笛で呼び集めて城へと帰る。




