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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院2年生
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087 焼却処理完了!

 ある程度穴が深くなると肉を切り出しづらくなる。だが、火魔法で焼くには効率が良くなる。


 騎士も含めて交代で火球を放ってやれば、もくもくと煙が上がり続ける。魔力の負担としては大したことがないのは良いのだが、むしろ暇を持て余してしまうのが辛い。


「十二人でやる必要もないでしょう。四人ずつ交代で森に入りましょうか。」


 二時間程度だと大したことはできないが、それでも森で食べ物を探していれば気晴らしになるだろう。騎士の提案に反対する者はいなかった。一分に一度、火球を放るだけというのは本当に暇なのだ。


 くじ引きの結果、私は二番目の組になった。一緒に行くのはザクスネロに騎士二人。珍しい班員構成だ。


 最初の組のジョノミディスたちが抜けると、人数は八人になり魔力負担は増えるものの、別段、辛いというほどでもない。


 歯を食いしばりながら、延々とやってくる魔物たちに向けて雷光を放ち続けていたことから較べれば、なんということはない。



 ジョノミディスたちは昼食を摂っている最中に戻ってきて、食後、私たちは森へと入っていく。


 探し回ってみるが、雪苺はなかなか見つからない。甘くて美味しいのに、と溢してみると「美味しいものは獣たちにも狙われる」と騎士たちは笑う。


 獣たちが我慢などするはずもない。美味しいものから食われていくのは道理だ。そのため、採りづらく食べづらい冬栗が一番よく見つかる。


 冬栗は刺付きの殻に覆われている上に、茹でるか焼くかしなければ食べられない。つまり、つまみ食いはできない。

 剣で枝から落とした冬栗は鞄の中に入れていく。


 のんびりと森の中を歩いていると時間はすぐに過ぎていく。太陽が南を通り過ぎていく頃、晴れた空も雲が広がってくる。


 岩の魔物のところまで戻ると、入れ替わりにハネシテゼたちが出発する。彼女たちなら、夕暮れに間に合うかなど心配する必要もないだろう。


 むしろ、困った顔をしているのはジョノミディスとフィエルだ。


「どうしたのですか?」

「穴が崩れたのだ。」


 フィエルの視線の先を見ると、魔物の胴体に開けた穴が塞がってしまっている。


「穴が大きくなり過ぎたのでしょう。支えきれなければ落ちてくるのは必然かと思います。」


 騎士は冷静に説明するが、穴がないと火魔法の効率が落ちてしまう。また頑張って切っていかなければならない。


「やりやすいからと、中央部からやる方が効率が悪いのではありませんか?」


 できるだけ離して小さい穴をあけて、そこから焼いていけば一箇所でやるよりも早いのではないかということだ。


 私がナイフを取り出すと、割れた岩のような鱗だか甲羅のすぐ横に露出している肉を切っていく。


 一度切り込みを入れてから、火球を当てて肉の表面を焼く。焼いた方が汁が出ないし、固く締まるのでぶよぶよしている生肉より切りやすい。


 私の頭がすっぽり入るほどの穴をくり抜いたら、そこに向けて炎の帯を撃ち込んでやる。この魔法は何度も使って見せているので、ジョノミディスやザクスネロも問題なく使える。


 何度も何度も火魔法を繰り返し叩きつけていれば、穴の周辺は黒く焼け焦げてくる。それが灰になるまで焼くのも面倒なので、ある程度焦げてきたら剣でどんどん落として、一箇所に集めておく。そうしておけば、後は勝手に燃えていくはずだ。


 陽が傾き、ハネシテゼたちが戻ってくる頃には、魔物の肉は大きく抉れるように焼け焦げ抉れていた。


「魔力は残っていますか? 最後に全力で焼きますよ。」


 戻ってきたハネシテゼは魔物の様子を見て杖を構える。森での収穫の報告よりも、早く魔物を焼いてしまう方が優先のようだ。


 少し離れて炎の帯を五本叩きつけていたら、私たちの後ろから炎雷が飛んでいった。

 それにぎょっとしたのは騎士たちだけではない。私やフィエルも驚きの声を上げてしまった。


 だが、考えてみなくても白狐が炎雷の魔法を使っても何の不思議もない。王族から漏れたのだとしたら、黄豹の前に白狐が使えるようになっているはずだ。


 バチバチと火花を散らしながら、炎雷が魔物に炸裂すると、焼け焦げた肉が引き千切れ、砕けるように散る。


「炎雷の魔法が効くと、あのようになるのですね……」


 炎雷の魔法を私は何度か見たことがあるし、使ったことすらあるが、通用したのを見たのは今回が初めてだ。

 ハネシテゼが「破壊力は随一」と言っていたのも頷ける威力である。


 肉がぽっかりと抉れ、大きな穴があいたと思ったら、上の肉が落ちてきてその穴を塞ぐ。


 だが、その肉も上半分ほどがない。何かどろりとした粘りのある液体が垂れてくるだけだ。


 そこに向けて、ハネシテゼの炎の帯が突き刺さる。私たちも即座にそれに続き、騎士たちも一気に火球を畳み掛ける。

 岩の甲羅と肉の隙間から炎がどんどん内側へと押し込まれ、代わりにとばかりに煙が物凄い勢いで吹き出してくる。


 垂れ落ちてくる液体はすぐに止まり、肉の見えている部分もあっという間に黒焦げになっていく。


「今日のところは、このくらいにしておきましょうか。」


 そろそろ、野営の準備を始めなければ、陽が暮れてしまう。


「今から下まで戻るのですか?」

「今日はそこら辺りにしておきましょう。」


 ハネシテゼは森の際を指して言う。昨日から雪も降っていないし、沢の水嵩が突然増える心配もないので水に近くても大丈夫だろうということだ。


「白狐が二頭もいて、魔物の心配をする必要もないでしょうしね。」


 少なくとも、白狐たちは私たちに協力的な態度を見せている。そんなところに襲いかかってくる魔物は、そう多くはないだろう。


 馬ですら白狐に怯えていないのに、騎士が尻込みしていたのでは笑い物になってしまうとハネシテゼに言われてしまっては、もはや言い返すこともできない。


 実際、馬たちは白狐のすぐ横でのんびりと寛いでいるのだ。




 一晩を明かし、空がまだ薄明るいという時間から魔物の焼却作業が始まる。


 放置している間に、表面は灰と化したりしていたが、それは全体の量から比べたら僅かだ。

 焦げと灰を落として、肉が露出すると切り落として白狐に与える。


 だが、今日は昨日の半分ほど食べたところで、もう要らないとばかりに首を振り、二頭でどこかに走って行ってしまった。


 なんだか寂しいが、彼らには彼らの生活があるし、無理に一緒にいてくれと言うわけにもいかない。


 私たちはとにかく魔物を焼いていかねばならない。今晩には馬橇(ばそり)と応援がやってくるはずなのだ。何とかしてこの魔物を運べる準備をしておかなければならない。


 焦げの山は少しずつ、だが確実に大きくなり、昼には私の背丈を超えるほどに積み上げられていた。

 その分だけ、いや、それ以上に魔物の肉や臓腑はその嵩を減らしていっている。


 焦げの山にも時折火を放っているし、少しずつだが灰となっていっているのだ。


 魔物の胴体には大穴が開き、白い煙がもうもうと吹き出ている。


「そろそろ良いでしょうかねえ……」


 一体、何の機を見計らっているのか分からないが、ハネシテゼは

 ポツリと呟き、騎士たちに魔物を遠ざけておくように指示を出す。


 その上で私たちも少し魔物と距離を取って、ありったけの力で炎を叩き込み、ハネシテゼが火炎旋風で魔物全体を包み込むと、ハネシテゼが最後の指示を出した。


「ティアリッテ、フィエルナズサ、同時に全力で炎雷を叩き込みます。ザクスネロは炎を、ジョノミディスは上から水魔法を最大威力でお願いします。」

「ハネシテゼ様、それは禁じられて……」

「騎士たちはみんな、馬を連れて向こうに行っていますから大丈夫です。」


 初めからそのつもりで騎士を遠ざけていたのか!

 ハネシテゼの作戦には呆れてしまうが、それであの魔物をどうにかできる算段なのだろうか?


「炎雷というと、昨夜の白狐の魔法ですか?」

「ええ。わたしが知る限り、最強の破壊力を持つ魔法です。」


 ハネシテゼはどこまでも王族のみに許された魔法、と言うつもりはないらしい。反論していても埒が明かないので渋々了承する。



 合図に合わせて私たちが魔法を放つと、派手な音を立てて炎雷が岩の内部で暴れ、上からはジョノミディスの水の槍が飛沫と湯気を撒き散らしていく。

 魔法による轟音はそう長く続かない。効果が切れるとすぐに静寂が戻ってくる。


 辺りには湯気が立ち込めて魔物の様子がよく見えない。熱気も強いし、近づくのは危なさそうだ。


 そう思っていたら、ずしり、と重い音がした。


 耳慣れぬ音に緊張して身構えていると、ビシビシと軋むような音がどんどん大きくなっていく。


「うまくいったみたいで良かったです。」


 ハネシテゼがそう言って風の魔法で湯気を吹き飛ばすと、煙を吐き続ける岩の魔物が視界に現れる。

 だが、その形は崩れていくところだった。


 一度、どこかが弾けると、崩壊は一気に進んでいく。あっという間に胴体部分は原型を失っていった。



 岩の魔物の甲羅だか鱗は完全に瓦礫と化し、爆炎の魔法で吹き飛ばして退かせていく。その下から出てきた肉や臓腑は、炎雷の魔法でズタズタに裂かれ、あちこちが焼け焦げている。


 騎士たちを呼びに行き、最後の仕上げということで瓦礫を除去し、肉を焼き、沢に浸かった部分も引き揚げていく。



 ようやく作業が終わるころ、山の(ふもと)の方から笛のような音が聞こえてきた。


「あの音は応援部隊、という認識で問題ないでしょうか?」


 ハネシテゼも王宮騎士団の合図については詳しくないようだ。尋ねられた騎士たちは「間違いないだろう」と頷くのだった。

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