084 予定変更
「違う獣ですか。確かに今のあれが凶暴な獣には見えませんな。」
雪の上で丸くなっている白い獣の毛に埋もれるように、ハネシテゼやジョノミディスが一緒に寝ている。何をどう見たって危険な獣とは思えない。
「ところで、あの岩の魔物はどう処理したものでしょう?」
倒した魔物は、基本的に焼いて灰にするものだ。人の近寄らない山奥ならばともかく、ここはすぐそこに村があるし、目の前に広がっている雪原も畑なのではないかと思われる。
少なくとも炭にしてしまうべきだし、雪の魔獣はそう処置している。
「あれは焼けるものなのか? 火の魔法も全く通用していなかっただろう?」
「雪の魔獣の鱗を弾き飛ばしていたのと同じようにすれば、どうにかなるかも知れません。」
実際に効果があるのか、誰も答えは分からない。あのような化物は騎士たちも見たことも無いらしい。
「学院や王宮への報告のためにも、持ち帰りたいところではあるのだが……」
そんな無茶なことを言われても困る。馬車よりも大きな魔物など、運びようが無い。
私が首を傾げていると、騎士は苦笑いをしながら説明してくれる。
「あの巨体をそのまま持ち帰るなど不可能です。頭や足の先だけでも、大きさや性質が分かりそうな部分を切り落とせれば良いのです。」
「いや、あれは切れぬだろう。」
「どこかに弱点くらいあるのではないでしょうか?」
雪の魔獣にも頑強な鱗に守られている箇所と、比較的刃が通りやすい部位があると言っていた。あの岩の魔物も、どこか弱点があれば、そこから切っていけるかもしれない。
「行程を一日伸ばす必要がありそうですね。」
「仕方がありません。魔物をあのまま沢に放置するわけにもいかないでしょう。」
沢の中で腐っていけば、川下にどんな悪影響を及ぼすか分かったものではない。早めに処理してしまうべきだろう。
だが、旅程の変更となれば、私だけで決めてしまうことはできない。ハネシテゼやジョノミディスにも確認を取らなければならない。
ハネシテゼたちを起こすと、眠そうに起き上がってくる。
「何時間くらい眠っていましたか? ティアリッテやフィエルナズサは大丈夫なのですか?」
「太陽の位置を見る限り、四時間ほどは経っているはずです。私たちも、つい先ほど目を覚ましたところなのですが、今後の予定を決めなければ騎士たちも困ってしまうでしょう。」
「そうですね。あの魔物の処理もしなければなりません。あれがどのようなところに潜んでいたのかの確認も必要でしょう。ですが、その前に魔力と体力を回復しないと何もできません。」
まだ眠そうに大きく伸びをしながらも、ハネシテゼはやるべきことを挙げていく。
「王都に応援を頼みましょう。七人で急いで王都に向かってください。この場に残る騎士は半数いれば大丈夫です。」
少し考え込んだかと思ったら唐突なことを言い出すのは相変わらずだ。考えがあってのことのはずなのだが、私には理由がわからないことが多い。
「王都に応援ですか?」
「ええ、明日には王都に帰る予定でしたが、明後日でも帰れるか分かりません。私たちの食べ物はともかく、馬の飼料が尽きてしまいます。それに、あの魔物の報告も必要でしょうし、馬橇は欲しいところです。」
ハネシテゼの説明に騎士も納得したようで、すぐに七名が荷物の整理を済ませて出発する。夜通し移動するわけではないが、今から動けば明日の昼すぎには王都に着くだろう。
私たちは残りの騎士を集めて、今後の予定について話をする。内容は、先ほどハネシテゼが言ったことそのままだ。
「あの魔物の解体は骨が折れそうだな。」
「どこで作業をするのだ? 沢の中に入っての作業など、身が持たぬぞ?」
「爆炎の魔法などで動かすしかないでしょう。」
あの巨体を動かすことができるのか心配になってしまう。場合によっては王都からの応援が到着してからになりかねないだろう。
「まず、あれがどこから来たのかの確認を先にした方が良いのではありませんか?」
「それは今行ってしまいましょう。だれか一人来て頂けますか?」
「一人、だけですか?」
「白狐にはそんなに大人数は乗れませんよ。」
ハネシテゼは当たり前のように白狐に連れていってもらうつもりらしい。たしかに黄豹と比べると白狐はかなり小さいし、何人もが乗るのは難しいだろう。
それでも馬よりもはるかに大きいし、四、五人は乗れそうではあるが。
「先ほどの魔物がどこから来たのか知りたいのです。わたしたちを連れていって頂けますか?」
ハネシテゼは白狐に普通に問いかける。騎士たちはそんな言葉が通じるものかと言いたげに見ているが、白狐の方は一度起き上がるとハネシテゼの前にしゃがみ込む。
「乗って良いみたいです。」
ハネシテゼは笑顔でそう言うと、白狐の背によじ登っていく。白狐の方はそれを嫌がるでもなく、黙って登るのを待っている。
ハネシテゼが白狐の背に座ると、騎士も続いて飛び上がり、登っていく。
二人を乗せて白狐はゆっくりと歩きだす。だがすぐにその足の動きは速くなっていく。
「どうしたのだ?」
呆然と白狐を見送る騎士たちに、フィエルが問いかける。
「驚くのも無理はないだろう、フィエルナズサ。僕も白狐に乗れるものとは思っていなかったぞ。」
私やフィエルは黄豹に乗ったことがあるし、ハネシテゼも当然、経験があるのだろう。だが、それについてはジョノミディスやザクスネロにも言っていない。
黄豹と一緒に魔物退治に言ったことは、口外を禁じられている。
「一緒に昼寝をしているのです。背に乗っても別に不思議もないでしょう。」
精いっぱいフォローしてみるが、ジョノミディスやザクスネロは、私たちが平然とし過ぎていることから、黄豹に乗ったことがあることくらいは見当をつけているだろう。
白狐と共に魔物退治をしたことが知られれば、私たちも黄豹と行動したことがあることを秘匿する必要もなくなるだろうが、今はまだその段階ではない。
「夕食の準備でもしながら帰りを待ちましょう。」
「そうだな。馬の世話もしなければならないしな。」
馬の桶に水を注ぐ程度の魔力は回復している。馬たちの前に水の入った桶を並べてやれば、喜んで飲みにくる。
飼料用の袋を開けて芋や豆を専用の器に出してやれば、ボリボリムシャムシャとどんどん食べていく。
馬とは、餌を与えなくても、与えすぎても死んでしまう生き物だという。いくら美味しそうに餌を食んでいても、適度なところで切り上げなければならない。
数日分を分けて出さねばならないし、餌の管理には結構気を遣う。
私たちの夕食は、変わらず麦と芋の粥だ。騎士たちによると魔物退治の遠征の際の食事はこればかりだということだ。
「季節と行く地方によっては、その地方を収める小領主の城で食事が振る舞われることはありますけどね。そのようなことの方が珍しいですから。」
食事には期待できないのが騎士というものらしい。年中、温かいところで寝られて美味しい食事を摂れる文官を羨ましく思うこともあると言う。
「だが、給金は騎士の方が高いのだ。」
みんな文官になってしまって、騎士になろうという者はいなくなってしまうのではないかと思ったのだが、皆、とても現金な理由で騎士となったのだった。




