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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院2年生
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080 雪の遠征(1)

「ハネシテゼ様、ザクスネロ。私たちには王太子殿下より特別な訓練が与えられた。」


 ジョノミディスが簡単に説明するとハネシテゼは小さく嘆息し、ザクスネロは呆けたように口をぽかんと開ける。


「すみません、身の危険を感じたので巻き込んでしまいました。」

「何故、そのような話になるのか理解できないのですが……」

「心配いらぬ。私にも分からぬ。ただ、王太子殿下の言葉に、それ以上異を唱えることはできなかったということを理解してくれれば良いのではないかと思う。」


 フィエルは諦めたように言うが、ハネシテゼは理解したくないとばかりに首を横に振る。


「今更、覆せぬのだろう?」

「お渡しした手紙を読めば分かると思いますが、ブェレンザッハ公爵閣下も、モレミア侯爵閣下も承諾なさっています。精々変わっても、自分の騎士を加えるくらいのことでしょう。」


 そうはいっても、騎士など王都に連れてきていないだろう。(やしき)の方にも連れていける騎士がいるとも思えない。


「出発は三日後の日の出、野営は二泊の予定だ。明日、明後日で準備を済ませねばならない。」

「待ってくれ。野営の用意なんてしたことがない。しかも冬となると必要なものが分からぬ。」

「毛布は最低二枚、碗に匙、それに食料です。冬ですので食べ物が悪くなる心配はありませんが、逆に凍ってしまうと食べられないものは避けねばなりません。」


 ハネシテゼは冬の魔物退治も経験があるらしい。必要なものや注意すべき点がぽんぽんと飛び出してくる。


「デォフナハでは、冬の魔物退治は海辺で行うのです。雪原での魔物退治はわたしも経験がありませんので、あまり当てにされても困ります。」


 ハネシテゼはそう言うが、野営場所は水辺を避けるだろうし、用意に関してはそう変わりはしないだろう。


 馬は用意してくれるはずだが、天幕などは持っていない。先生に聞いてみたところ、学院でも用意があるようで貸し出してもらうことになった。



 そして、三日後。

 夜明け前から起きて準備を整えて寮の玄関へと向かう。以前は私たちを笑っていたザクスネロも荷物や毛布で丸くなっていた。


 フィエルにジョノミディス、そしてハネシテゼも揃うと五人で外へと出る。

 陽はまだ昇ってきていないが、空には星が見えない。だが、東の空が赤身を帯びているところを見ると、それほど雲が厚いわけではなさそうだ。


 門の方へ視線を向けると、幾つもの騎馬が入ってくるのが見えた。


「ハネシテゼ・ツァール、ジョノミディス様、ティアリッテ様、フィエルナズサ様、ザクスネロ様でございますね。」

「ええ。」

「私はナルヴォウズ・ティエス。お見知りおきを。」


 挨拶は簡単に済ませ、連れてこられた馬に私たちの荷物を括りつけると直ぐに出発する。必要な情報交換は歩きながらでも良いだろう。


「わたしたちは王都周辺の地理には詳しくありません。現地への案内は任せます。」


 雪の中、初めて通る道を行くのはかなり難しい。町の近くならともかく、少し離れたら、すぐにどこが道なのかも分からなくなってしまうだろう。


 ならば、騎士たちに案内を任せてしまった方が良いという判断だ。



 街の東門を出ると、太陽に向かって歩きながらそれぞれ自己紹介していく。私やフィエルは全員と顔を合わせているが、ハネシテゼとザクスネロは初対面の者が多い。



雪の魔獣(セレギュム)という魔物は話に聞いたことはあるのですが、私は退治したことがありません。どのような魔物なのでしょう?」


 一通りの自己紹介が終わると、ハネシテゼは軽い話題のように切り出す。オオカミのような魔物とは私も聞いているが、通常はどのように作戦展開しているのかは聞いたことが無い。


「見た目についてはご存知かと思いますが、オオカミによく似た外見をしています。背の高さはハネシテゼ・ツァールより少々大きい程度、全身は毛ではなく白く尖った鱗に覆われています。」


 最低でも五匹程度、多ければ三十匹の群となってそこら中を食い荒らしていくらしい。家畜はよく襲われるし、時には人的な被害も出ることもあるらしい。


「冬の精を食らって大きくなるとも言われています。」

「その辺りは氷の海魔(グェドゥム)と同じなのですね。」


 氷の海魔(グェドゥム)は魚なのか獣なのかよくわからない魔物で、冬になると氷が混じる海から陸に上がってくるのだ。それを退治するのがハネシテゼの冬の魔物退治らしい。


「魔法は通じるのですか?」

「通じはしますが、なかなか効きづらいですね。奴らは吹雪を撒き散らして炎を弱めますし、水に至っては凍らせて逆にこちらに返されてしまいます。」


 その程度ならば、雷光の魔法は防がれないだろう。射程範囲に近づくことさえできれば倒すのは特に問題なさそうに思える。


 適度に休憩を挟みながら、延々と東へと向かって馬を進める。

 太陽が真南を通り過ぎて夕方に差し掛かってくるころには、遠くに霞んでいた山が随分と近くハッキリと見えるようになっていた。


「あの山に入るのですか?」

「いや、あの山から下りてくるのだ。近づきすぎると危険なので、野営はこの近辺が良いかと思います。」

「では、あの森の近くにしましょう。」


 南の方に見える森を指してハネシテゼが言うが、騎士は一様に驚いたような反応をする。


「何か問題があるのですか?」

「森の近くは危険ではありませんか?」

「危険な魔物がいるならば駆除するべきでしょう。」


 ハネシテゼの発想はかなり単純だ。川の増水や落石の危険があるならば場所を避けるのだろうが、魔物ならば駆除する方を選ぶ。


「陽が沈むまでもうちょっと時間がありますし、急いで狩り尽くしてしまいましょう。」


 私がハネシテゼに同意して馬を南に向けると、ジョノミディスやフィエルもそれに続く。騎士たちは戸惑ったようにしながらも付いてくる。


「あまり派手にやると、山の魔物に気付かれてしまうかもしれませんから、控えめにいきますよ。」

「分かりました。」


 加減がよく分からないが、とりあえず小さめに魔力の玉を森に向かって投げてみる。


 一つめでは反応がよく分からなかったが、フィエルが二つめを放り投げると明らかな反応があった。


 ガサガサと茂みが揺れて上に積もった雪が崩れ落ちていく。さらにジョノミディスが魔力を放ると、獣たちが雪を跳ね散らしてこちらに向かってくる。


「できるだけ引きつけてから撃ってください。」

「はい。」


 ハネシテゼの指示に返事はするものの、ザクスネロの表情は硬い。失敗したときに備えて、私もすぐに雷光を撃てるよう準備しておく。


 だが、ギリギリまで引き付けて放った雷光は、五匹ほどまとめて魔物を貫き魔物を雪の中へ沈めた。


「できるだけ散らばらないように片付けてください。」


 ハネシテゼは無茶な指示を出すが、言いたいことは分かる。魔物を焼却するために雪の中を運ぶのはとても面倒だ。


 冬の間は土の中で眠っているものも多いのか、出てくる魔物の数は少ない。少ないが、いないわけではないし、狩っておくに越したことはない。


「グーディー! あれは引きつけなくて良い! できるだけ遠くで倒せ!」


 そろそろ終わりかなという頃に、突如、騎士たちが森の右手の方を指して叫ぶ。見ると、やたらと胴長の黒っぽい獣がこちらを睨んでいた。


「何故ですか?」

「酷い臭いを放つ。それだけで気分が悪くなるほどだ。」


 以前にもそんな魔物は経験がある。迷わずハネシテゼは雷光を飛ばした。

 断末魔を上げることもできずに倒れた獣の後ろから、似たような姿の獣が姿を現す。


 まだいたのか。私が雷光を放つとフィエルがさらに雷光を放つ。

 なんと、木の上にももう一匹いたようで、雷光を食らって雪煙を上げて地面に落ちた。


「あれで全部だろうか?」

「そう多く群れることはないはずだ。」


 魔物が出てこなくなった森の方を睨みながら、気配を探る。最近は、落ち着いて集中すれば、だいぶ魔力の気配が分かるようになってきた。


 今のところ変な動きは感じられない。


「では、さっさと焼き払ってしまいましょう。」


 数名の騎士にも手伝ってもらって魔物を一か所に集めて火を放つ。悪臭獣(グーディー)は水魔法をかけて凍らせてからの運搬だ。

 残りの騎士たちは、風上である西側にすこし行ったところで野営の準備を始めてもらう。


 雪の中の作業は大変だが、魔物を集めてしまえばいつも通りだ。いや、魔法の杖があるので今までとは違う。放つ炎も力強く、一気に死体を黒焦げにしていく。


 周囲は雪に囲まれているので延焼の心配は要らない。ある程度焼けたところで私たちも野営場所へと向かう。


 小型の天幕が幾つか並び、その横では馬が草を食んでいる。私たちも食事を摂ってしまわないと、すぐに陽が沈んでしまうだろう。

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