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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院2年生
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062 疲労

 七、八分ほど頑張っていれば、森は静寂を取り戻していく。森の手前には焼け焦げた魔物の死骸が山となっているし、この辺りの積極的に動き回る魔物は狩り尽くしたと言えるだろう。


「クマは出てこないようだな。」

「そうですね、この辺りにはいないか、あるいは既に穴籠もりしているかでしょうか。」

「昨日、学生を襲ったクマがどこに行ったのかは分からずじまいか。」


 騎士の言葉に、私は首を傾げる。追っていたクマは、さっきの三頭のどれかなのではないだろうか?


「暗い中だったらしいですし、特徴もよく分からず、おそらくクマ、という程度では見つけようがありませんよ。せめて分かりやすい傷でもつけておいてくれれば良かったんですけれど。」

「学生には分からぬかもしれないが、これが騎士団の仕事だよ。公爵家の御子息様が怪我をなさったら、必死に追いかけて探し回らないとならないのさ。」

「だから、公爵家の御子息様を同行させたのですよ。」


 ハネシテゼは私たちをちらりと見て「睡眠不足でお疲れの方が倒れる前に引き返さねければならない」と悪い笑みを見せる。


……私たちはそんなことのために連れてこられたのか。



 魔物の焼却は騎士たちに任せて、私たちは休憩となる。適当な木の根元に腰を下ろすと、五年生二人に心配そうに見下ろされていることに気づいた。


「そなたら、本当に大丈夫なのか?」


 疲れを隠せないのはジョノミディスやザクスネロも同じだ。なにをどう頑張っても、五年生との体力差は明白だ。


「ご心配かけて申し訳ありません。少し休めばなんとかなります。」


 体は重く、目を閉じたらすぐに眠ってしまいそうなほどだが、今は甘えていい状況でもない。


「休憩後は川沿いに西へ向かいますから、引き揚げの判断は今でなくても大丈夫ですよ。」


 頑張るにせよ、諦めるにせよ道は同じなのだから、分岐点に着くまでに判断できれば良い、とハネシテゼは考えることを先送りにする。


「とにかく、今は休みましょう。」


 その一言で話は終わり、五年生二人も腰を下ろして休憩に入る。




「そろそろ起きてくれないか?」


 騎士に声をかけられて私は意識を取り戻した。はっと周囲を見回してみると、騎士たちは出発の準備に取りかかっている。


 同じく隣で目を覚ましたフィエルと並んで大きく伸びをし、馬の方へと向かう。今回はハネシテゼもギリギリまで寝ていたようで、大きな欠伸をしながら馬の世話を始める。


「これより、川に沿って西へ向かう。街道に出るまでは引き続きクマの探索を続ける。側方の森だけでなく、後方の警戒も怠らぬように。学生班は川およびその向こう側の索敵に注力してくれ。魔物が川を渡った可能性もある。」


 隊長の指示が終わると騎士たちはすぐに動きだす。

 私は言われた通り、右側の川の方へと意識を向けながら前を歩く騎士たちについていく。


 隊列はやはり私たちを中央に、前後に十四人の騎士が二列に並ぶ。


 雪は少し弱まってきているが、頭上の雲は重く垂れ込めたままだ。いつまた強まってくるかも分からない。


 川は緩やかに曲がりながら概ね西から東へと流れている。川幅は大きく変わることもなく、水は緩やかに流れ続ける。


 岸の方は森が近づいたり離れたりするが、川そのものの様子は変わらない。不規則に揺れる鈍色の水面が前にも後ろにもずっと続いているだけだ。


 水の中だと気配は分かりづらいが、それでも、怪しい動きをするものはなさそうだ。


「この時期は小動物も川には来ないものなのか?」

「そういえば、こちら側だけではなく、向こう岸にもいませんね。」


 さすがに水浴びをする季節ではないだろうが、水を飲みにくる獣がいてもおかしくはないはずだ。ジョノミディスに指摘されて周囲を見回してみると、少し不気味にも感じる。


 森の方は私たちが頑張って魔物を集めて狩り尽くしたからだというにも、少々離れすぎている感があるし、川の向こうはそんなことは関係がないはずだ。


「確かに静かすぎる気もしますね。騎士様、どうなのでしょう? この辺りはいつもこう静かなのでしょうか?」


 ハネシテゼが騎士に聞いてみるが、「分からぬ」ということだった。だが、言われてみると確かにということで、報告として上げられることになったようだ。


 報告があがれば、騎士たちはすぐに動く。

 列は川から離れる方向、つまり、森の際に近づいていく。こういう時に何かがあるとすれば、川の方からだということらしい。



「波が高くなってきてるような気がせぬか?」


 一度疑いだしたら、何もかもが危険なように見えてくる。川の嵩が増してきているようにも思えなくもない。


「気のせいです。」


 ハネシテゼはバッサリと切り捨てる。「だが、もしかしたら」とフィエルは食い下がってみるが、ハネシテゼは「ちゃんと計ってるから大丈夫です」と断言する。


 時折、手を横に伸ばして体を捻ったりしているのは、軽く体操をしているのではなかったらしい。波の高さは伸ばした指の幅で確認しているということだ。


「だからこそ、分からないのです。獣は何をしているのでしょう?」


 そんなことを言われたって、ハネシテゼに分からないのに私たちに分かるとも思えない。


「獣はいないわけではないのだがな。」

「ええ、そこの枝の上にいるのは栗鼠でしょうか?」


 小さな獣は見え隠れしているし、森に生き物の気配がないわけではない。川に近づく獣がいない理由が分からないのだ。


 もちろん、騎士がぞろぞろと歩いていれば、獣たちは警戒して隠れるのは当然の反応とも言えるのだが、歩く前方に動く影はないし、通り過ぎた後に森から出てくる獣も見当たらない。


 川を挟んで向こう岸にも獣の姿がなければ、川そのものに何かがあると考えるのが自然だとは思うが、こちらも先程から変化があるように見えない。


「橋の上から見たら、何か分かるでしょうか?」


 顔を上げてハネシテゼが指す先を見てみると、雪に霞みながらも川にかかる石橋が遠くに見えてきた。



 結局、魔物の痕跡も、姿も一つも見つけることなく街道に到着した。


「トカゲはどちらへ逃げたのでしょう?」

「その前に、オオカミと戦った場所を確認したい。橋を渡ったところなのだろう?」


 死体は全部焼いて処分したが、それでも魔力の残滓(ざんし)のようなものに引かれて魔物がやってきたりしているかもしれない。大型の獣に荒らされているような跡があれば、それを追いかけるくらいはした方が良いということだ。


「こちらです。」


 橋を渡ると、ぐるりと回って川原へと下りていく。が、騎士たちは怪訝そうな顔を向けてくる。


「何故そんなところに行く?」

「彼らが襲われたのはこの先です。」

「言っている意味が分からない。何故、そんなところで魔物に襲われるのだ?」


 そんなことを私たちに聞かれても困る。彼らがここに逃げ込んだのか、元からいたところを襲われたのかも私たちは聞いていない。


「夜間なら通る者もおるまいに、休むなら橋の上で休めばよかろう?」

「守りの石があるのを知らなかったのだと思います……」


 ちらりとこちらを見ながらハネシテゼも困ったように答える。だが、こればかりは私も知らなかったのだから、何も言えることではない。


 騎士たちも呆れたような困ったような顔で辺りを調べるが、特に何か変わったものも見つからず、再び橋を渡って戻ることになった。


「さて、みなさん、体力の方は大丈夫ですか?」

「休みながらならば、まだ動けるが……」

「魔物に襲われたときに対応できるか、で考えてくれぬか?」


 騎士たちにも、私たちの体力は結構心配されているようだった。王都に戻りたいと言っても責められることはなさそうだが、私はもう少し頑張りたい。


「自分の身を守る程度で良いならば、対応はできるつもりです。」

「私もだ。まだ魔力は残っている。倒れるほどではない。」


 握った拳を見つめながらフィエルも答える。ジョノミディスとザクスネロも続行する意思を見せて、私たちはまだしばらくは騎士たちに同行することになった。

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