584 会談
「率直な意見が聞きたいのだが、我らの統治に公平性は重要と思うか?」
第三王子は思い切った質問を投げる。実際のところ、公平性ばかりを重視したのでは物事の改善は遅くなるため、発展や復興の妨げとなる可能性が高い。
だからと言って、完全に無視してしまえば割を食った領地が反旗を翻すことも考えられる。上手く釣り合いが取れるように調整するのは不可欠だ。
それを踏まえた上で、第三王子の質問は調整をどこまで遅らせられるかということである。
「難しい質問だが、発展の期待感で変わるものだろう。少なくとも私は、この数年のような劇的な発展や復興は期待できぬだろうと思っている。」
私たちが広めた方法により収穫量が三倍から四倍にまで向上したのは劇的と言えるだろうし、現在はその余韻で少々のことは大目に見られているだろうとヘージュハック侯爵は言う。それについては私も分かっている。実際のところ、噴火や侵攻被害の支援では多くの領地に無茶な要求をしている。それでも見返りの要求がどこからも来ていないのは事前に多大な利益を与えていたためだと理解している。
「それを踏まえた上で、今後、どのような利益を齎すことができるかを考えると、皆無とは言わぬが今までよりもずっと緩やかなものになるだろうと予想される。なにより殿下にはまだ評価に値する実績がないのが最大の問題である。」
その状態で、この数年と同じように協力要請をしたりすれば、当然のように不満はたまっていく。どこかの領地だけに利益を与えたり、逆に負担を課したりすれば不信も募っていく。
国の発展のためと信じて行ったことでも、裏目に出ることもある。他の領地に働きかける場合は、今まで以上に慎重な検討が必要になるだろうとヘージュハック侯爵は結論付けた。
相変わらずの無表情であるため、ヘージュハック侯爵自身がどのように感じているのかは分からないが、王子の実績がないことが気になっているのは間違いないだろう。
王宮として私たちの実績を引き継げば良いと考えていたが、そう見ない領主も多くいるという指摘は想定外だ。もしかしたら考えたくなかっただけなのかもしれないが、何にせよ反省は必要だろう。
「なるほど、忠言痛み入る。その辺りは少し軽く考えていたようだ。」
第三王子も余計な反論などはせずに、ヘージュハック侯爵の言葉を素直に受け入れる。ここで王宮とヘージュハックは比較的良好な関係にあるように見せておくのは大切なことだ。間違ってもチェセラハナ公爵に対して変な悪印象を与えてはいけない。
その後は二足鹿の話などをして会談を終える。そして、ヘージュハック侯爵の忠告に関して検討する間もなくモジュギオ公爵とオードニアム公爵との会談が始まる。こちらは西国に関した話であるのは言うまでもない。
今回から王子が前面に出て私たちが後ろに引き下がっていることに戸惑った様子を見せたが、遅かれ早かれそうなるのは分かっていたはずだ。以前の話し合いでも王子は同席しており、話が通じないなんてこともない。まずは、ネゼキュイアの様子について、モジュギオ公爵に報告してもらう。
「商人にも確認してみたが、ネゼキュイアの動きは魔物退治が盛んに行われているくらいで、他には特にこれといった変化はないようだ。事前の予想通り、あちらも復興で忙しいのだろう。」
「大型の魔物が国境を越えているようなことはあるだろうか?」
「少なくともモッテズジュやムスシクからそのような話を聞いたことはない。ミラリヨムの付近は分からぬ。」
ミラリヨムの国境付近には近づいた者がいないため、何か動きがあっても分からないという。途中で食料の補給もできないのに監視に行けというのも無茶な話だし、そこは諦めるしかないだろう。
「そのミラリヨムだが、この一年でかなり草原がひろがっている。周辺領地総出で魔力を撒いた結果だな。水棲の魔物を肥料にするのも彼の地で試したのだが、思った以上に効果があるようだ。」
肥料を与えていない土地よりも与えた方が草の成長は良く、魔物を混ぜ込んだ場合はさらに成長が促進されるのが確認できたという。
「オードニアムでも試してみたが、効果がある作物は限定的と感じたな。特に、麦への効果がほとんど見られなかったのは残念だ。」
「その結果は我々とも一致していますね。ただし、施肥の時期によっても効果の大小は変わるため、最終的な効果の検証は来年になると思っています。」
量や時期を変えつつ施肥をした結果は一覧にまとめてある。それを見せてやると公爵たちは眉を上げる。
「よくここまで細かく管理できますな。」
「このように試せばより良い情報が得られるだろうと分かっていても、実行はなかなか難しいでしょう。」
計画するのは容易いことだし、やるように命じるのも簡単なことだ。しかし、間違いなく確実に実行させるとなると貴族側の努力も必要だ。命令しておけば、後はただ黙って待っていれば結果がでてくるなんてことはない。
今回は第三王子も第四王子も畑に出ていき、試験区画の農民に直接話をしている。さらに、結果も視察に行っていれば農民だって手を抜くことはできない。それ以前に上級文官が畑を視察にいくことは何度も行っているし、農民も『やったふり』ができないことは分かっているだろう。
「殿下が自ら畑に行かれたのですか?」
「そう驚くことなのですか? バランキル王国では国王が畑や各種工事の視察に出ていたのですが。」
第三王子は逆に驚いたように聞くが、それはハネシテゼだけだと思う。先王の時代にそのようなことをしていたとは聞いたことがない。むしろ、それほど出てきてくれる王族であれば、幼いころの私ももっと気楽でいられただろうと思う。
「監視が必要だという理屈は分かるが、王族や領主一族が出ていくまでしなくても良いのではないか?」
「多忙である貴公らにそこまでせよと言うつもりはない。文官を出せば十分なことも多いだろう。だが、重要な案件であることを示すには、それなりの立場の者が出ていった方が分かりやすいだろう。」
農民も商人も、貴族が相手ならば無条件で従う、ということはしない。もちろん、その場では平身低頭な態度でいるが、目の前からいなくなった後も敬意と忠誠心をもって事に当たるとは限らない。その程度を取り繕うくらいは多くの平民だってできることなのだ。
責任者が説明に行き、しっかりと未来を語って理解させた方が最終的に得られる利益が大きくなる。こまめに監視に行けば怠けることは減らせるが、言われたことを最低限やるだけであまり高い効果は期待できない。
「得られる利益よりも目の前の面倒の方が大きいような場合だと監視をしないと捗りませんが、十分な利益が得られると農民も納得できればよりよい働きをしてくれるものです。」
結局のところ、平民でも貴族でも、人を動かすには利益の提示が一番なのだ。それに納得すれば働くし、納得できなければ怠ける。実に簡単な理屈だ。
それが分からない公爵でもないが、平民への説明のために王族や領主一族が動くということには納得したくないような雰囲気だ。
「今すぐ意識を変えよとは言わぬが、今後、ある程度時間をかけて貴族や王族の在り方を見直していきたいと思っている。昨年も話があったと思うが、騎士が余ってしまう問題もある。」
「頭が痛いな。性急な体制変更は可能な限り避けたいのだが。」
「体制の変更は急ぐ必要は無いと思っているが?」
「いや、急ぐべきなのだ。」
オードニアム公爵が言うには、既に魔物がほとんどいなくなってしまった地域もあるという。モジュギオ公爵領との間にあるゴクリエリ子爵領では、この一年で大型の魔物は一件の目撃例もないらしい。
「もうその状態にまでなってしまったのか?」
「山や大きな川もない平坦な領地だと、わりと楽にその段階に達するようだ。」
冬の魔物も出ることがないらしく、騎士の出動が本当になくなってしまい、どうしたものかと相談を受けていたという。
「騎士として維持する最低数は急ぎ決めねばならぬな。減らしすぎて万が一に対応できなくなってしまうのは良くない。」
思いもしなかった課題に頭を抱えたくなる。この問題は私たちにとっても人ごとではない。同じようなことはバランキル王国でも起こっているはずなのだ。




