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581 やるべきことを

 話しあった結果、噴火被災地の復興は後回しにしようという結論になった。もちろん、現在も人が住んでいる地域はその限りではない。灰の除去のために人夫をまわすことに異論はない。


 しかし、人が住めなくなった土地の復旧は、どう考えても工事量が膨大過ぎる。何十年もかけて少しずつ進めていく、という考えで臨まなければ気力と体力が先に尽きてしまうだろう。


「ミラリヨムの方は復興が可能なのか?」

「バッチェベックよりもずっと楽だと思いますよ。」


 何をどうやって進めていくかは領主会議で既に決まっている。モジュギオ公爵もムスシク公爵も、今は焼け残っている炭化した草木を灰にして魔力を撒いている最中だろう。そのうえで草木を移植したり種を播いていけば二、三年で野原は戻ってくると見込んでいる。


「どれくらい上手くいくと思っているのだ?」

「今年の秋には良い報告が聞けると思っていますよ。グィニハシやスゥミガシの跡地は何もしなくても、野原と化しているではありませんか。」


 岩の魔物に跡形もなく踏み潰された町が数年で野原となるのだから、焼け焦げた町も遅からず野原となるのではないかと思う。人が手を加えてやれば、尚更だ。川や街道は残っているのだから、馬車で草を運ぶのもそう難しくはない。


 今後の問題としては、村や町をどう作っていくかだ。が、その前に植樹を頑張らなければならないと思っている。というのも、森もほぼすべてが焼かれてしまっているためだ。冬を越すための薪も得られないのでは、町を作っても住む者はいないだろう。仮にいたとしても、翌年にはいなくなってしまっている。


「また森の話か。」

「そう言いますけれど、避けて通れませんよ? 木材を周辺領地から提供するにしても、モッテズジュだって木が余っているわけではありませんから」


 ジョノミディスはうんざりしたように言うが、今のミラリヨムの地には明確に木が足りない。村をつくるにも建材とする木が付近で調達できないのだから、モッテズジュ伯爵領あたりから運んでくることになるだろう。建材に薪材と大量の木が必要になるはずだが、本当に供給可能なのかが心配なのだ。


「安易に考えて薪が足りないなんて事態になれば、村が全滅してしまいますよ。」

「確かにそうですね。」


 二人の王子も揃って頷く。とはいえ、彼らも理解はしても納得がいかないような顔をする。


「やりきれない思いは理解できますけれど、ミラリヨムの方は希望があるだけ良いのではないかと思います。」


 メイキヒューセは、噴火の被害があれほど絶望的だとは思っていなかったと零す。実際に行って見てみるまでは、時間をかけて復興を進めていけば町や村を作り直せるものと思っていたらしい。

 領地が失われる事態に王子が酷く心を痛めていることに同情的になっている。


「そうですね。できることをやっていくしかありません。」

「時間はとてもかかるでしょうけれど、地道に少しずつ進めていくしかないでしょう。」


 火山の噴火もネゼキュイアからの侵略も王子の責任によるところではないが、それでも先祖代々守ってきたこのウンガスという国が縮小しているのは間違いのない事実だ。彼らの王族の矜持(きょうじ)としては、この事態を放置はできないのだろう。


 街道を整備し、魔力を撒くのは西の貴族に任せるしかない。王宮でできることといったら、建材や薪に都合の良い樹木の育成について纏めておくくらいだ。


「被災地の復興について考えるのも大切だが、直轄地の産業復興も忘れてはならぬぞ。」


 思いつめる二人に対して声を掛けたのは先王(ヨジュナ)だ。彼らが考えるべきことは一つではない。王族として周囲をしっかり見ることを忘れてはならないと諭す。


 潰した水棲の魔物を混ぜ込んだ堆肥も、第一弾は三週ほど前に畑に撒かれている。第二弾の時期と、撒く畑を確定させていくことも必要だろう。


「そちらは差が出てきているのですか?」

「先週の報告では、僅かに差があるように見えると言っていたな。」


 肥料を撒いても一週間で歴然とした差が出ることはない。第四王子(ギェネスイエ)とメイキヒューセが視察に出たのは、目に見える差はなかったころだ。そろそろ効果が表れてきても良いのではないかと私も思う。


「成長を確認した上で、肥料を追加する区画と新規で施肥をする区画を間違えないように確認してください。」


 各種野菜に対して、三段階で量を変え、さらに時期も三段階に分けて試すことにしている。種播き以前に施肥できれば良かったのだが、それは来年に試すしかないだろう。



 数日後、久しぶりに畑に出てみると思ったよりも肥料の効果が表れているようだった。とはいえ、それも種類による。赤丸豆(ウーズエィ)など明らかに施肥した作物の方が大きくなっているものもあるが、麦には効果があるようには見えない。


 第三王子(スメキニア)の指揮の下、文官たちはそれぞれの作物の成長度合いを記録し、さらに施肥する区画を農民に指示していく。最初は半信半疑で動いていた農民も、効果のでる作物があると分かれば頑張って動くようになる。


 既に十分な収穫量があるとはいえ、時には冷害や水害があることくらい農民でも知っている。そんなときに最低限の収穫が出来なければ本当に酷いことになる。年嵩の者は何度かそんな不作も経験しているのだろう。愚痴を言う若者を叱咤して作業を進めさせる。


 荷車から(ショベル)で肥料を運び、作物の根元に撒いていくのは見るからに大変そうだ。種を撒く前ならば、魔法で畑一面に吹き飛ばすことも可能だろうが、今そんなことをすれば作物が全滅してしまう。手作業で地道に進めていくしかない。


 それを八十一区画やれば第二段階は終わりだ。また二週間ほどは様子見となる。



 収穫の季節がやってくると、肥料の成果は明白だ。ただし、作物によって肥料の量や与える時期はそれぞれ違う。今後、すべてをやろうとすると管理が大変だろうが、私としてはやりやすい作物の選んで施肥するので良いと思っている。特に、麦類は種を播いてからの施肥は労力の割に効果がほとんどみられていない。


「麦が増えてくれると良かったのだがな。」


 城に戻り報告すると先王(ヨジュナ)は残念そうに言う。とはいっても、麦の収穫量が少なくて困っているわけでもない。作物の中で、麦の類は土地面積に対しての収穫効率が最も悪い部類の作物であるため、これの効率を上げたいというだけの話だ。


「そちらは秋の種播きでの効果を期待しましょうか。」

「種播き以前の施肥も試していないし、方法がないと決まったわけではありませんからね。」


 第三王子(スメキニア)第四王子(ギュネスイエ)も諦めてはいない。まだ試していない手法は残っているし、私も十分に可能性があると思っている。


 あいた畑に何を植えようか、などという話で盛り上がったりもするが、その頃には私たちはバランキル王国に帰っていることだろう。やりかけのまま手放してしまうのはとても残念だが、既にブェレンザッハ公爵に宛てて手紙を送っている。あちらでも今年から秋植えに挑戦してくれるだろうと思う。その結果を楽しみにしていればいい。



 それから少しすると、収穫の夏が始まる。今年は良く晴れた日が多く昨年までよりも少し暑いように思うが、野菜が(しお)れてしまうほどでもない。陽の光をたっぷりと浴びて育った野菜は、全体的に昨年よりも少し大きいようである。


「これは育ち過ぎではないか? 色が少し濃いような気もするぞ。」

「昨年見たよりも固いような気がしますね。」


 城に運ばれてきた甘菜(ティレス)を確かめて、ジョノミディスと眉間を寄せる。箱に入れられた野菜をいくつか触れてみるが、どれも似たようなもので違いがあるようにも見えない。


「料理人にも見てもらいましょう。」


 調理したとき、あるいは乾燥処理をした後でどのような差があるのかまでは分からない。もしかしたら、今年の方が美味しく調理できる可能性すらある。試しに一つ持っていくと、品質として大きな差はないが向いている料理が少し変わるという。


 さっそく、今年の甘菜(ティレス)に合った料理を作ってくれるというので、夕食を楽しみにしていればいいだろう。

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