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580 南の視察

 何事もなく穏やかな春は過ぎ、日差しが強くなってきたころにヒョグイコア公爵より遣いがやってきた。また噴火の被害が広がったのかと身構えてしまったが、報告はその逆で山から昇る煙が見えなくなったということだった。


「噴火は完全に止まったということか?」

「恐らくそうでしょうけれど、確認はしておきたいですね。」


 噴火の被害が拡大する心配がいらなくなったのならば望ましいことだ。ただし、煙を観測する場所が遠過ぎることが懸念点ではある。

 何らかの理由で煙が見えづらくなっているだけという可能性は無くしておきたいと第三王子(スメキニア)が言う。


「ここからだと、どれくらいの距離だ?」

「私が南の領地を回ったときは真っ直ぐに行ったわけではありませんけれど、ヒョグイコア公爵領まで二足鹿(ヴェイツ)で五日というところでしょうか。」

「とすると、空を翔けていけばヒョグイコアまで三日。そこからさらに被災地域まで二、三日程度でしょうか。」


 大雑把な計算だが、十四日あれば十分に行って帰ってくることができる。それくらいならば、視察に行っても良いのではないかと思う。


 みんなで困った顔をするのは、誰が行くのが適しているのか判断に迷うからだろう。


「ここは両殿下のどちらかが行くのが良いのではないか?」

「そうだな。火を噴く山というものを見てみたいとは思うが、私が出しゃばる場面でもないだろう。」


 ここにいる誰も、噴火そのものを目にしてはいない。メイキヒューセが被害のほんの一部を見たくらいだ。被害が最も酷い地域では人が住むことができないとは聞いているが、復興していこうとしたら何がどれだけ必要なのかも見当がついていない。


 私も今後のために知っておきたいという気持ちはあるが、ここはウンガスの王子に譲るべきだろう。


 とはいえ、王子が二人とも行ってしまうのは具合が良くないし、空の旅は比較的安全とはいえ王子が護衛も何もなしに一人だけで行くのも問題だ。


 だからこそ、みんな眉を寄せて考え込むのだ。


「私が行ってよろしいでしょうか? 兄上は、西の被害は見て知っているかと思います。」


 困った末に自ら行くと言い出したのは第四王子(ギュネスイエ)だった。領地がなくなってしまうほどの大被害を第三王子(スメキニア)が一人で抱えてしまうのは不適切だろうというのがその趣旨だ。


「良いのか? あれは、辛いぞ。」

「ここで逃げたら、私は王になれません。」


 ネゼキュイアから帰ってきて以降、第三王子(スメキニア)は焼け野原の悪夢のせいでよく眠れないと漏らしていた。


 同じように人が住めなくなってしまったというのだから、バッチェベック領も相当に衝撃的な光景が広がっていることが予想される。


 眠れない夜を過ごすことになるかもしれないが、それでもやはり本人が言うように、国王の座を目指すならば逃げて通るわけにもいかないだろう。


「そうすると、帯同者はティアリッテかメイキヒューセだな。」

「どらちも一長一短なのですよね。」


 空の旅は、明らかに私に一日の長がある。というより、この中では私しか経験者がない。外に出るときはメイキヒューセも訓練を兼ねて空を翔けるようにしているが、毎日朝から晩まで翔け続けるようなことはしていない。


 その一方で、被災地域の視察が私だけに偏ってしまうのも少々考えものだ。第四王子(ギュネスイエ)のように致命的なことになりはしないが、経験や知識の偏りが大きくなってしまうのも好ましいとはいえない。


「メイキヒューセは行ってみたいか?」

「話を聞くだけでは分からないことも多かったですから、実際に見て確認したいという思いはあります。」


 しかし、やはり見るのが怖いという気持ちも強いという。どちらにしても悔やむし安堵するだろう気持ちは私も分かる。話し合ってみてもどちらに決まるわけでもなく、結局は(くじ)を引いてメイキヒューセが行くことになった。



 第四王子(ギュネスイエ)とメイキヒューセを送り出し、帰ってきたのは十三日後の昼過ぎだった。二人とも酷く顔色が悪いが、怪我をしている様子はない。単に疲れているだけか、精神的なものだと推測がつく。


「ご苦労だった。報告は部屋でゆっくり休んでからで構わぬ。」

「ありがとうございます。ですが、報告は早く済ませたいと思っています。」

「ならば、一時間後にしよう。其方(そなた)らも着替えくらいはしたいだろう。」


 今回の視察は、野営を前提に大量の荷物を持って行っている。通常ならば馬や二足鹿(ヴェイツ)に載せていくような荷物すらも自分で持っていくため、背負い鞄一つでは足りずに全身あちこちに小袋を提げる格好だ。そのままでは身体も休まりはしないし、何より、椅子に座るのも一苦労なのだ。


 会議室で待っていると、少しだけ顔色の良くなった二人がやってくる。


「まず、山の様子から聞こうか。実際に見て、どう感じたのだ?」

「簡潔にいえば、とても静かでした。煙が上がっている個所はいくつかありましたけれど、勢いはとても弱く大災害に結びつくようには見えませんでした。」


 確認した限りでは、煙が上がっているのは十七か所で、規模に大きな差は見られず野営の焚火を少々大きくした程度だという。そして、周囲は見渡す限り岩と灰ばかりで生き物の気配は全く感じられない。酷い悪臭が立ち込めていたため、地面に下りて調査は断念したと報告を続けた。


「中々に想像しがたいものであるな。しかし、煙の勢いが弱かったならば心配は要らぬのではないか? 強い力が加わっていれば、勢いよく噴き出すものだろう。」

「噴出している、というほどでもありませんでしたね。あの岩の下で何が燃えているのかは存じませんけれど。」


 一体何から煙が出てきているのかは興味があるが、実際に調査するのは危険だろう。何らかの拍子に火が飛んでくることもあるかもしれない。ここで問題にすべきは、煙の勢いが焚火程度だということだけで良い。


「その程度の火力ならば心配いらないという意見に私も賛成ですね。周囲には燃えるような森もないのでしょう?」


 森が大火災になれば大変な事態であるが、それは噴火時に起きたことなのだろうと思う。現在はそれが完全に消失してしまったならば、少々の火は今さら問題にならない。

 復興に支障があるといけないが、煙の上がっていた場所は元バッチェベック伯爵領のあたりからさらに一日ほど南に行ったところらしい。馬で換算すると四、五日の距離であるはずだし、少々の火は影響しないだろうと思われる。


「被害状況はどうだ? 復興は可能と思うか?」

「南側の被害が酷い地域は絶望的かと思います。積もった灰が岩のように固まり、何もかもを覆い尽くしていました。」


 辛うじて町の痕跡は見つけることができたが、胸のあたりの高さまで灰に埋もれていたという。野も畑も区別などできず、川すらも埋まってしまったらしく、灰色の岩の上を無数の筋となって流れているというのだから恐ろしい。


 魔法で砕き排除してみることも試みたが、被害の軽い地方でも一日に処理できる範囲は畑四区画くらいの見込みらしい。


「まず必要な作業はなんだ? 治水か?」

「人や物資を運ぶための街道もなければ治水工事もできないのではないか?」

「おそらくそれ以前の話で、野原や森を回復させなければ町や畑を作ることもできないかと思います。」


 ジョノミディスもフィエルナズサも、見渡す限り何もなくなってしまった土地を目にしていない。おそらく、焼け焦げた土地、灰で覆われた土地と言われても想像が追いついていないのではないかと思う。


「我々が知る中で、何が一番近い?」

「以前にもヒョグイコア公爵が仰っていましたけれど、夏になっても解けない雪原に覆われていると思えば良いかと思います。」

「その雪が氷のように固まり、炎を浴びせても解けはしないのです。」


 そんな光景は想像したくもない。第一、解けないのならば畑を作るために除去した灰はどこへ棄てれば良いのだろうか。領地一つ以上を覆い尽くしているとなると、その量は膨大なものとなるだろう。


「どうにもならぬだろう!」


 第三王子(スメキニア)が頭を抱えて天を仰ぐのも無理はない。私にも解決策なんて全く思いつきもしないのだ。

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