579 文官の帰還
ブェレンザッハの文官が帰っていくと同時に、糖菜の種をヘージュハックへと送ってやる。それ以上北へ運ぶかはヘージュハックに任せるが、時間がかかり過ぎるため植えるのは来年になるだろう。
一週間かけてチェセラハナ公爵にまで届けたところで、種播きの季節は終わってしまう。空いている畑もなければどうしようもならない。
今年は、王都とヘージュハックで秋までにどれほど成長するのかが見られれば良い。
それから十日と経たずに、ネゼキュイアへと送り出した使節も戻ってきた。報告を聞いたところ、魔物が暴れているということもなく、西の国は至って平和な様子だったという。
「ネゼキュイアの騎士は、思った以上に魔物退治に励んでいるようでした。ただし、彼らには雷光の魔法もないため、進みはそれほど早くはないでしょう。」
「畑の様子はどうだ?」
「二点ございます。一つは、麦や野菜のいくつかは秋に植え雪の下で冬を越えさせるようです。もう一つは堆肥です。水棲の小型の魔物を潰して混ぜるのが一般的であるようです。」
想像もしていなかった報告に、どう答えれば良いものかよく分からない。
「他に、変わったことはなかったのか?」
「聞いたことのない作物の名前も聞きましたが、農民の作業としてはそれ以外に相違点は見つけられませんでした。今の時期は畜獣の糞や刈り取った蔓草などで堆肥を作り、土に混ぜ込み耕しています。」
「他に違う点といえば、ネゼキュイアは全体的に河川や湖沼が多く、乾きづらい土地のようです。」
難しい顔で報告をするが、川や湖の近くだからというだけで収穫量が多いとは聞いたことがない。
文官や騎士たちはとにかく見慣れないものや気付いたことを報告しているだけだ。本当にそれが収穫量の向上に役立っているのかは分からない。
「麦は今からではどうにもなりませんね。今年の秋に試してみるしかないでしょう。」
「積極的に魔物を堆肥に混ぜるような話は聞いたことがない。そもそも、魔物は死骸でも畑から遠ざけた方が良いのではないか?」
「土に潜む魔物と、水棲の魔物では性質が違うのかもしれません。」
「それは一度やってみるか。魔物をおびき寄せて退治するくらいならば大したことではない。」
もし本当に効果があるにしても、川を増やすなんてことは容易にできることではない。できることをやって検証してみるのが良いだろう。
今すぐにできるのは、川の魔物退治だ。騎士の報告によると、魔物の死骸は焼かずに潰したり細かく刻んで堆肥に混ぜ込めば良いらしい。効果検証は川の西と東で行えば良いだろう。
「長旅、本当にご苦労だった。二、三日ゆっくり休み英気を養うが良い。」
第三王子が改めて労いの言葉をかけると、文官たちは退室していく。その後、私たちは報告をもとに今年の予定をどう変更していくかを打ち合わせる。
「早速、魔物退治の予定を立てましょう。あまり遅くなると、追肥の時期にも間に合わなくなってしまいます。」
「そうだな。どの程度の時間がかかるのかも分からぬ。」
すぐに魔物退治をしようという提案に、ジョノミディスもフィエルナズサも賛成した。魔物の種類や分量によっても堆肥作成にかかる時間が変わるだろうことは予想される。夏野菜の実が成り始める直前までに堆肥が完成していなければ、また翌年になってしまう。
「では、誰が行く?」
「別に誰でも良いですけれど、今年初めてなので大型の魔物が出てくることも考慮が必要ですね。」
魔力を撒いておびき寄せて雷光で仕留めれば済む。王都から最も近いネブジ川で、雷光の魔法が通用しない魔物に遭遇したことはないので、他に注意事項もない。
「私が担当してよろしいでしょうか? 実は、水棲の魔物の退治はしたことがないのです。」
「では、ギュネスイエ殿下にお任せしましょう。」
経験がなくても、やってみれば良いだけだ。既に空から魔法を撃てるようになっている以上、退治そのものには苦労することもないだろう。最も大変なのは死骸の運搬だが、食べられる魔物もあるし、近隣の街や村から人を募るのが良いだろう。
「早速明日にでも」
「いや、四日後でいいだろう。使節の文官か騎士を連れて行った方が良い。」
意気込むギュネスイエだが、実際の手順を見た騎士や文官を連れて行った方が良いとフィエルナズサが待ったをかける。潰す、細かく刻むなどといっても程度に幅がある。できるだけネゼキュイアと似た条件から始めた方が良いだろうという意見に、私も異論ない。
「場所はどの辺りだ?」
「河港に影響があってはいけませんから、町の南側にすると良いでしょう。連れていく騎士は二十ほどでしょうか。」
王都から真っ直ぐ西へ伸びる街道をいけばネブジ川に着く。そこにある河港の町がケルケだ。馬車ならば半日かかるが、二足鹿ならば二時間もかからない。
魔物を潰したり刻んだりするのに町の者に協力を仰ぐため、魔物退治はできるだけ町の近くの方が良いだろう。さらに、大型の魔物が出てきたときに河港に影響を与えないようにと考えれば、必然的に場所は決まる。
騎士の数は二十と言ったが、退治そのものにはそんなに必要ない。多めに見積もったのは、死骸運搬要員の確保のためである。できるだけ、堆肥場の近くで魔物退治ができれば良いのだが、いつもいつもそう都合良く事が進むわけでもない。それに、今後継続する可能性を考えると、魔物の加工については多くの者に見せておいた方が良いという理由も付け加えられる。
「他に何か気を付けることはありますか?」
「海であったり、船の上から魔物退治するならばいくつかありますが、今回は岸に誘き寄せるだけなので特別な注意などはありませんね。」
私は何も思いつかないし、フィエルナズサもいつも通りで問題ないだろうと頷いた。
「秋に植える野菜というのはどうする?」
「そんな発想は、私にも全くなかったですからね。」
魔物退治の話が決まれば、次に秋植えの話も決めてしまう。秋に植えてしまうなんてことは想像だにしなかったのは私だけではない。農民だって知らないだろうし、どのように進めるのかは大事な話だ。
「私も初めて聞きましたよ。この一覧にも初めて聞く名がいくつかありますね。」
文官がいくつかの町をまわって、秋に種を播くという野菜の種類を聞いて一覧にしてくれている。その中のいくつかは、誰も聞いたことがないものだ。
「知らぬ野菜は、今は気にしなくても良いだろう。問題は麦に緑豆、辛葉だ。」
「一区画か二区画ずつ試すしかないですね。張り切ってたくさん植えて、全部枯れてしまったら目も当てられません。」
基本的な方針は、いちいち議論しなくても一致する。あとは試験区画として丁度いい場所を探すだけだ。それぞれの区画が大きく離れていると管理の手間も無駄にかかる。できるだけ近接する区画にした方が望ましい。
目を皿のようにして作付け割り当て表を探していると、「見つけました」とメイキヒューセが声を上げる。
「どこだ?」
「南西の区画です。少々門より遠いですけれど。」
メイキヒューセの読み上げる番号を図で確認すると、四つの区画がきれいに固まっている。改めて確認してみても、昨年、今年の作付けも連作となることもない。
その地区の農民には春のうちに説明をしておく。秋に改めて説明することになるだろうが、収穫後にも仕事があることは認識しておいてもらわねばならない。
決まったことは、来年の作付け表として綴じておく。これを元に実際に作業を進めていくのは王子たちだ。
使節の報告は、ブェレンザッハにも伝える。たとえ何もなくても遣いを送ると約束したのだから、速やかにその手配もしなければならない。
魔物を堆肥にする話や、秋植えの件も例外ではない。ブェレンザッハやエーギノミーアで試してみて、どのような結果が出るのかをまとめておいてくれればと思う。




