574 冬の魔物退治
新年のパーティーを盛大に行い、それから雪解けまでは社交期となる。王子もそうだが、他の領主の子女らも婚約の話を勧めたいのは同じだ。婚約が決まった時には私たちや王子も席に呼ばれたりもする。
婚約した事実は広めておかなければ、申し込みがやってくることもあるし時にはそれで揉めることもある。その際に私たちが婚約を知らなければ仲裁することもできない。少々面倒だが、これも王宮の仕事の一環だ。
一月の終わりごろになると、冬の魔物退治がはじまる。例年に漏れず、大型の魔物が現れたと報告が入る。
「毎年、本当にいったいどこから湧いて出てくるのでしょう?」
「恐らく地中か水中深くで眠っているのだと思うが……」
王宮に退治の依頼がやってくる冬の魔物は、やたらと巨大であるものが多い。氷牛は黄豹や赤獅子ほどの大きさであるし、白金象はそれを上回る。
一匹が草原をただ歩くだけでも何らかの痕跡が残るだろう、群れをつくっていれば尚更だ。しかし、夏にそれらしき痕跡が発見されたことはない。
「どこから来たのか、足取りを調査してみるか?」
「二足鹿を使っても雪の中の調査は無理でしょう。」
「空からなら雪の深さは関係ないだろう?」
フィエルナズサが言うように、空から見れば雪に残った足跡を辿るのはたやすいだろう。しかし、吹雪を巻き起こす魔物の痕跡がどこまで残っているのかは定かではない。どこまで効果があるかは、実際にやってみて検証するしかない。
第四王子にも騎士を率いるところを見せてほしいが、今回は私が出るということで落ち着いた。例年通りならば冬の魔物は二、三回出てくるので、王子にはそれらを任せれば良いだろう。
連れていく騎士は二十人だ。正直なところ、こんなに人数は要らないと思うのだが、狭い城の訓練場で走るだけでは二足鹿が運動不足になってしまうという何とも本末転倒じみた理由からだ。
町を出ると、雪を踏み越え蹴散らし二足鹿は雪原を駆けていく。魔物の報告は北東部、元エリハオップ領だった地域だ。雪の中を馬で行くと数日かかるのだが、二足鹿は夏と変わらず一日で到着してしまう。
速いのは良いがやはり疲れはするようで、小領主の邸に着くと二足鹿は餌の桶に頭を突っ込んで勢いよく芋や豆を食べていく。
小領主から魔物の詳細情報を得て一晩休み、翌朝に現地へと向かう。夜から雪が降っており膝丈以上に積もっているが、二足鹿にとっては障害と言うほどのことでもない。その日の天候によっては馬ならば日を改めることも検討することがあるが、二足鹿ではそういうことは滅多にない。
目標の魔物を発見することはそう難しくはない。白金象や氷牛という大型の冬の魔物は強い吹雪に隠れていることがほとんどだ。それは近づいてみると隠れているといえるのだが、遠くからは巨大な白い塊があるようにしか見えない。
周囲が晴れていればそこに魔物がいるのは一目瞭然と言える。雪が降っていれば見つけづらいが、地吹雪の影響を受けない高さに上がってしまえば、数千歩先の白い塊を発見することはできる。
「あちらだ。距離は八千歩ほどだろう。」
「承知しました。」
北西を指しながら降りていくと、騎士たちは戦闘準備を整えながら隊列を組む。数分も進めば風と雪が強くなり、周囲は猛吹雪の様相となる。
「魔物の位置と数は分かるか?」
「正面方向に約三十、少し左に五、右に三が離れていますね。」
八百歩ほど先、吹雪に隠されて姿はまったく視認できないが、それだけ把握できているならば十分だ。逃がさないように位置取りに注意しながら端から退治していけば良い。
「ソルニウォレ、十三人を連れて右から当たれ。私は六人と左から行く。」
「承知しました。」
まずは離れている数匹を撃破し、そのまま中央の群れを挟撃する。巨体にまかせての突進が厄介な魔物ではあるが、二足鹿ならば避けることも可能だ。
そう思っての指示だが、返事はほんの少しだけ遅れる。
今の私には苦労する相手でもないのだが、年上の騎士の感覚はそうでもない。二足鹿も雷光の魔法もなく、気配を頼りに敵を見つけ出すこともできなかったころは、白金象や氷牛などは死を覚悟して挑む強大な魔物であったのは事実だ。
むしろ、そんな不利な条件で、どうやって魔物退治をしていたのか私には想像ができないほどだ。
実際に行動を開始すると、魔物退治は数分とかかることなく終わった。
群れから少し離れたところにいたのは子どもがじゃれあっていたものだったようだ。炎の奔流を叩きつければ五匹は苦しそうに倒れ伏し、雷光を浴びせれば完全に沈黙する。
二足鹿の足を緩めることもなく群れの本体へ突撃し、爆炎と雷光を畳みかけていけば巨大な獣は次々と屍と化していく。
反撃や逃走を試みる個体もあったが、背後からソルニウォレらが襲いかかったことで、それも無駄に終わる。
「本当に、呆気ないものですね。」
ソルニウォレは嬉しいような困ったような表情をするが、それだけ騎士一人一人の戦力が強化されたということだ。
過去に魔物退治で命を落とした者たちへの思いなどもあるだろうが、それは割り切ってもらわなければ困る。
「今のあなたたちでは戦力が過剰だと言ったでしょう? それはそうと、焼き払う前に角は回収しておいてください。」
魔物の数が減り、それに伴い大型の魔物を退治に出ることも減っている。杖の材料となる魔物の角は回収しておいた方が良いだろう。
四十もある魔物の死骸は焼却していくが、一匹はそのまま残しておく。氷牛は魔物の中でも割と美味と言われており、近くの村に教えてやれば喜んで肉を回収にくるだろう。食べ物に困っていることはないはずだが、芋とパンばかりの生活にはうんざりしてくるものだ。
騎士たちが作業を始めると、私は空に上がり魔物が移動してきた痕跡を探す。氷牛は常に吹雪に覆われて移動するために足跡そのものは残っていないのだが、逆に吹雪の跡を見つけられればそれを追えるだろうという目論見だ。
私たちのつけた足跡は数百歩ほどの上空からでも分かる。ずっと南へ目で辿っていくと雪に霞んで見えなくなるのは千五百歩ほど先だろうか。そこから五、六百歩手前が吹雪の圏内だったはずだ。周囲と違っているところがないかを頑張って探してみる。
ただ目を凝らして探してみても全く分からない。近づいてみたり遠ざかってみたり、角度を変えて雪原を睨む。
右に左に移動し周囲をぐるりと巡り、いくら注意してみても全然違いを見つけられない。無理だったかと諦めて戻ろうとしたところで一際強い風が吹き抜けていった。
一目瞭然だった。
分かってみれば簡単なこと。表層に積もっている雪の質が違うのは風に舞い上げられることで際立つ。氷牛の吹雪による積雪はとても軽いのだ。風の魔法で吹き飛ばすことで積もっている範囲を追っていくことができる。
ただし、さきほどからずっと現在も雪が降り続いている以上、表層の雪を調べるにも限度がある。ある程度の厚さで積もってしまえば区別できなくなってしまう。
その予想通り、北東へ三千歩ほど行ったところで痕跡を追えなくなってしまった。そこまでの動きから元来た方角は予測できるがその程度でしかない。出てきた穴などないかを探してみるも、この近くではないのか発見には至らなかった。
結論としては、出現から退治までのほとんどの期間で降雪がないことが追跡可能な条件だろう。とすると、調査は来年に持ち越しだ。魔物退治に毎回、私が出るわけにもいかない。第四王子にも分かりやすい実績を積ませてやる必要があるのだ。来年、第三王子と調査を競ってもらうくらいでちょうど良いのかもしれない。
そんなことを考えながら騎士のところに戻ってみると、氷牛の肉が切り分けられており焼く準備が整っていた。
「そういえば昼食の時間か。」
雲に遮られて陽の光は見えないが、お腹の感覚はお昼ごろだと示している。
「実は私は氷牛を食べたことがないのですよ。白金象や雪猿に当たっていましたからね。」
「雪猿も白金象も味以前に毒がありますから、食事はいつも通りにしかなりませんね。」
笑いながら小さな火球を並べて肉を焼いていくが、思っていた以上に美味しそうな匂いがする。何度か返しながら焼けた部分をナイフで削ぎ切り口に運ぶと、歯ごたえのある肉から出る香ばしい脂がいっぱいに広がる。
「思っていた以上に美味しいですね。何故、持って帰って料理させないのですか?」
「氷牛に限らず、魔物の肉は品質が落ちていくのが早いのです。」
夏場ならば腐ってしまうのは分かるが、冬でも数日と経たないうちに臭くて食べられなくなってしまうらしい。小領主の邸まで持っていくことはあっても、数日掛けて城まで持ち帰ることがない理由がそれだ。
「二足鹿ならば、一日半で戻れますよね?」
「試してみますか?」
村人が回収するのだって一日や二日はかかるだろう。それでも回収して食べる価値があるならばなんとかなるだろうと思う。




