573 王子の婚約について
王子の婚約について 領主会議が終わってしまえば、冬にやるべきことはそう多くはない。次年度の計画に際し詳細な数字の詰めは必要だが、時間に追われるほどの量でもない。
ジョノミディスや王子らは魔法の訓練が加わりはするが、それも大した問題でもない。大変なのは、初めて成人王族としての社交を頑張らなければならない第三王子と第四王子だろう。二人とも会議に出席しているし領主らとの面識が全くないわけではないが、それと社交はわけが違う。
二人とも婚約者がいれば良かったのだが、第一王子が起こした騒ぎのせいで先送りになったままだ。それから五年も経っているのだ、いつまでも先延ばしにするわけにもいかない。
「殿下は誰を候補に考えているのですか? 二人とも配偶者は早く決めなければならないでしょう。できれば春までに婚約してしまいたいですね。」
「婚約は相手の都合もあるだろう。一緒にウンガスに戻ってきているならば良いのだが、まだバランキルにいるのでは婚約まで話が進みはするまい。」
急ぐとは言っても焦っている様子が伝わってしまうのは良くない。落ち着いて話を進めるためにも二人の王子に、考えている候補を尋ねるのは大事なことだ。
「候補といいましても、元々限られているのです。」
年の合う子は大半がすでに婚約している。候補として名が挙がるのはそもそも三人しかいないと第三王子は言う。その中で最有力に考えているのがピユデヘセン公爵の娘、ジーンケリエだという。
それ以外は傍系のシリャミオ、あるいはナノエイモスのカムーンティとのことだが、私たちの評価としては上も下もない。ならば、本人どうしの相性が良い者を選ぶので問題ないだろう。
第四王子の方は、オードニアムの孫であるゴルンアーク以外に考えていないという。五年前に婚約の話が上がり、保留になったままだが本人同士としては婚約する前提での付き合いをしていたという。
ただし、ゴルンアークが戻ってくるのが来年であるため、オードニアム公爵と認識合わせをしておく程度にとどまるだろう。
「公爵との話は早めにしておかねばなりませんね。」
「この場合、私たちから招待するのでしょうか?」
「いや、我の名で招待するべきだろう。」
王権も無関係ではないが、王族の婚姻の話なのだと先王が引き受ける。現在、王権代行を担っているのはジョノミディスだが、婚姻の話では一歩下がってほしいというのが先王の希望らしい。
それに対して、私たちも反対するつもりもない。おそらく王子が結婚するころに私たちはこの国を離れるだろうし、その時に変に揉めてしまうような人間関係を作ってしまうわけにもいかない。
実際の社交は年明けから始まる。王子の順にするか公爵の順にするか少々悩んだが、第三王子の婚約が最優先であるとしてピユデヘセン公爵とのお茶会だ。
話をしてみると、ピユデヘセン側でもジーンケリエの婚約は重大な問題と認識しており急ぎ話を勧めたいという。
「ジーンケリエも既に十六歳だからな、いつまでも婚約者もいないのでは外聞が悪すぎる。」
「お互い急ぐ気持ちがあるのは良いのですけれど、当人の相性は問題ないという認識で良いですか?」
公爵は第三王子ならば婚約者として申し分ないというが、結婚というのは家柄も大事だが本人同士の相性を無視するわけにもいかない。どうしても無理と言っている者を結婚させても、子どもは生まれないし不和ばかりが広がり碌なことにならない。
「私はジーンケリエが最も好ましいと思っている。」
「わたくしもスメキニア殿下と結婚するつもりで過ごしておりました。」
「目上の者に囲まれているからと無理に合わせなくても良いのですよ。ここから先に話が進んだら、もう戻れませんからね?」
婚姻を強要されているように感じられては困ると思ってそう言ったのだが、変な視線が私に向けられる。
「ティアリッテ様は後悔してらっしゃるのですか? 未だお子もいらっしゃらないようですが……」
「ジョノミディス様との婚姻は元より私が望んだことです! 噴火だのネゼキュイアの侵攻だので、ゆっくり子どもを産み育てる暇などないのが問題なのです!」
私だって既に二十歳だ。できるならば早く子を産みたいと思っているのだが、状況的にそんな余裕がないというだけだ。ジョノミディスとの相性を疑われるのは大変に心外である。
「男の方は、大きなお腹を抱えて動き回る大変さが想像できないのですよ。」
「むう、そう言うな。」
「事実でございます。」
安心できる環境がなければ出産などできないと同意してくれるのはピユデヘセンの公爵夫人だ。何やら心当たりでもあるのか、夫人に強く言われるとピユデヘセン公爵も黙り込む。
「このように、しっかり意見を言えるのも大事なことだ。夫婦関係が主従関係になれば、家の存続は難しくなる。」
笑いながら先王が言うが、とても大切なことだ。一時的には一方的な関係でも上手くいくように見えるが、夫婦が対等の関係でない場合は相続の際に必ずと言っていいほど揉める。
「そういったこともバランキルで教わってきました。」
思っていたよりもずいぶんと熱心な教育をしてくれたのだなと思うが、それは違うとすぐに気付いた。
おそらく、その教育は彼らのためではなくハネシテゼに向けてのものだ。その教育のついでで、第三王子も教わったと考えれば納得がいく。
ジーンケリエの側の意思も問題ないと確認できれば、あとは両家で話を詰めていくだけだ。その後、雑談としてバランキルの教育について話をする。王族の教育は第三王子や第四王子から聞いているが、それ以外の話は聞けていない。他の貴族と話をするのにも、教育や子どもの様子は聞いておいた方が良い。
「最も辛かったのは魔法の訓練ですね。家で教わっていた方法とは全く違うのですもの。」
「しかも、あちらでは十歳の子どもでもできるといわれるのです。あれは私も大変辛かったですね。」
魔力の塊を自在に飛ばすことすらできないウンガスの子どもたちは大変苦労していたと言う。私が学院にいたころはバランキルの子どもも大半が苦労していたように思うが、そのときの最下級の子もすでに成人している。世代が変わり始めていると言えるほどの時が過ぎているのだと感じさせられてしまう。
「そう考えると、上級騎士に雷光を覚えさせたのはそれほどの負担ではなかったのでしょうか? こちらではまだ誰もできない新しい技術でしたから。」
「私もそう言われたかったです!」
夫人の言葉にジーンケリエは涙を浮かべながら同意するが、どちらの方が良いのかは分からない。少なくとも、バランキル王国に行った子どもたちは必死に覚えようとしただろう。年下の下級貴族に劣るなどと言われれば大変に傷つく。それがハネシテゼのように特別に優れているわけでもない子であるならばなおさらだ。
そんな中で見下されないようにするためには必死に努力する必要があっただろう。
「そういえば殿下にもお聞きしていなかったのですが、バランキル王国をどう思いますか?」
「ウンガス王国と比較して色々と違うところがあると感じましたけれど……」
「もっとも印象的なのは食事がとても甘い事でしょうか。」
ジーンケリエの言葉に思わず笑ってしまうが、私もジョノミディスもそれにはとても強く同意する。甘さは東の方が強くてブェレンザッハだと塩気の強い味が好まれるなどの差はありはするが、ウンガスの料理と比較すると甘いのだ。
「ウンガス料理は辛いですものね。」
「辛いのか?」
先王とピユデヘセン公爵が揃って声を上げる。ミュウジュウ侯爵もそうだったが、ウンガスの者に食事が〝辛い〟という自覚はない。
幼いころから普通であると信じてきた価値観が通じないのは本当に驚かされる。それを知ることができたならば、わざわざ遠くバランキルまで行ってきた甲斐があったと言えるだろう。




