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572 訓練

 各地の領主たちが集まってくると、例年通りに領主会議が始まる。被災や復興の話から、全く関係ない地域の治水の話まで多岐にわたる。


 色々と揉める事柄はあるのだが、最も疲れるのは各地の功績の評価だ。どの領主も、自分の評価が少しでも低いと思えばあれこれと言ってくる。


 議論は平行線を辿ったり時には戻ったりするが、それでも、二週間も話し合えば一通り落ち着いてくる。


「領主会議がこれほど大変だとは思いませんでした。」


 会議室に集まり、結果をまとめていると第三王子(スメキニア)は大きく息を吐き疲れた様子で愚痴を漏らす。


「何をいうのです、第三王子(スメキニア)殿下。ここまでは今年の決算、明日からは来年の予算についての話です。」

「ま、まだ続くのか……」


 嘆くように言い助けてくれと言わんばかりに視線を送ってくるが、頑張って議論に参加してもらわなければ困る。


 王子はバランキル王国の領主会議はこれほど長くはなかったなどと愚痴っぽく言うが、それはそうだろう。国土の広いウンガス王国は、領地の数も多い。その上、噴火や侵攻被害などの頭の痛い問題があれば必然的に会議は長引くものだ。


「紛糾するような話題は片付いたのだ、計画の話はそれほど長引きもするまい。大枠の方針は昨年までと変える必要もないからな。」


 溜息の止まらない王子にジョノミディスは諭すように言う。今年と全く同じということにはならないが、考え方を変えないのであれば話し合いは割と簡単に済む。


 街道整備の順番は何年も前から決めているし、これは変える必要もない。治水工事も堤防の傷み具合によって多少は前後することはあるが、川の数が増えたり減ったりするような大災害がったわけでもないため揉めることもないだろう。


 各地の産業復興も、よほどの偏りがなければそれほどの問題が起きないことも分かってきている。各領地の計画を聞いて、酷い偏りがなければそのまま認めれば良い。


「殿下は計画の話よりも、その先のことを心配した方が良いだろう。」

「私もとても気が重いです。」


 そう言ってフィエルナズサとメイキヒューセは何故か私に気怠げな視線を送ってくる。

 会議が終われば、やっとゆっくりできると思っていたが、私は何かを忘れていただろうか? 


「気楽なのは其方(そなた)だけだ、ティアリッテ。我々も気が抜けぬが、殿下にとっては本当に死活問題になりかねぬ。」

「あの、本当になんの話でしょう?」


 ジョノミディスまでもが本当に面倒そうに言うが私には何のことだかが分からない。一人で戸惑っていると、フィエルナズサは呆れたように頭を振る。


「両殿下も私たちも、空を翔ける魔法を習得せねばならぬのだ。そもそも、ティアは昔からハネシテゼ様の影響を受けすぎなのだ。」

「な、私が悪いのですか⁉」


 フィエルナズサの言い分では、私が空を翔けることができるようになったおかげで、他の者も習得が急がれる事態になってしまったということだ。

 確かに私ができなければバランキル王族の秘術とすることもできたとは思うが、ハネシテゼに要求されていつまでも「できない」と言い続けるのは無理だ。


「ティアリッテを責めても仕方があるまい。今、気にしなければならないのは、どのように習得を進めていくのかだ。いくら年齢が下とはいえ、殿下が私たちより大幅に遅れるようなことがあってはよくない。」

「計画を立てるのは良いのですが、わたくしは第四王子(ギェネスイエ)殿下の現在の力を全く存じていません。」


 第三王子(スメキニア)の力はネゼキュイア遠征の際に見ているし、どの程度のことができるのかは概ね把握している。しかし第四王子(ギェネスイエ)は野に魔力を撒くところをほんのわずかに見たことがあるだけだ。


「都合よく冬の魔物が出てきてくれると良いのだがな。」

「部屋の中でも見る方法はありますから大丈夫ですよ。」

「そうなのか?」


 ジョノミディスは知らなかったとばかりに眉を上げるが、割と簡単なことだ。実際にやって見せれば分かるだろう。私は右手の指先から小さな魔力の塊を頭上に投げ上げる。それを動かし、部屋の中を一周させるのは容易いことだ。


「この程度はみんなできると思いますけれど。二つ浮かべて別々に動かすことはできますか?」


 言いながら二つめ、三つめの魔力の塊を次々と放り投げていく。私は五個までなら問題なく操作することができる。


「複数を浮かべるのはやったことがないな。」

「やったことが無くても、フィエルナズサなら二や三つを動かすくらいはできるでしょう?」

「どうかな。」


 不安そうな顔をするが、実際にやってみれば問題なく操作できている。一つめを右回りに飛ばし、二つめは左回り。三つめをジョノミディスや私の前と往復させるくらいは難なくやってみせる。


「これは、同時に扱える魔法の数に直結します。空を自在に翔けるには、三つの動きを同時に扱える必要があります。」


 実際にやってもらったところ、第三王子(スメキニア)第四王子(ギュネスイエ)も、二つめを自在に動かすまでには至っていない。ジョノミディスやメイキヒューセも二つが限度で三つめを動かそうとした瞬間に制御があやしくなってしまう状態だ。


「まず、同時に二つを別に動かせるようになることです。三つくらいまでは、何度も繰り返せばすぐにできるようになりますよ。」

「とすると、私はすぐにでも実際の魔法の訓練に入れるわけだな。」

「それなのですけれど、足で魔力を扱う訓練が必要なのですよ。」

「足でだと?」


 驚くのは当然だ。私もハネシテゼに聞いた時には驚き呆れたものだ。ブーツに杖を仕込んでいるというと、その場の雰囲気が「やっぱりやめようか」というものになる。


「空を翔けるには三つの魔法を同時に操る必要があるのです。両手だけでは足りません。」

「二つだけでどうにかする方法は無いのか?」

「実質的にないと思います。加速の魔法は可能な限り力を抑えて使うのが基本なのですよ。それでも、腕や足が引っ張られてかなり痛い思いをすることがあります。」


 理屈としては、加速と姿勢制御の二つだけで空を翔けることは不可能ではない。ただし、安定性に欠けるうえに集中力を要するため、ごく短時間の緊急措置と考えておいた方が良いだろう。そもそも、浮遊を使って空を翔けられるようになっていなければ、訓練が危険極まりないものになるだろう。


 私がそうしたように最初に浮遊を覚えて、次に姿勢制御、最後に加速という順番で覚えるのが一番安全だろう。大怪我をしかねない訓練を私から勧めることはできない。


「空を翔けるのは楽しそうではあるのだが、足で魔法を扱うというのがな……」

「片手でどうにかならないのでしょうか。」


 フィエルナズサもメイキヒューセも、空を翔けること自体には興味があるらしい。高所から容易に敵や町を発見できたという話はしているし、とても便利であることは彼らも分かるためだろう。


「現状でハネシテゼ様でも達成できていないのは確かだろう。研究を進めるためにも、我々が習得していくほかはないだろうな。」

「うむ。まかり間違って下級騎士でもできる事態になれば大変だ。」


 王族の力が下級騎士に劣っていれば、権威も何もなくなってしまう。それでも国を維持できるような体制を築いているならば良いのだが、少なくとも今のウンガス王国はその状態からほど遠い。

 むしろ、空を翔けることができることを、権威の一つにしておいた方が良いと思われるくらいだ。


「私たちも訓練を始めるか。で、室内でも訓練できるものなのか?」

「浮遊だけならば、むしろ室内の方が楽だと思いますよ。最初は姿勢制御も何もできないですから、壁やテーブルで体を支えることができた方が良いでしょう。」


 立ち上がって右手で壁に手をつき、左手で浮遊の魔法を使ってみせる。外で浮くと魔法の加減や風の影響で簡単にひっくり返ってしまったりするが、室内で壁に手をついていれば何ら変わっているようには見えない。


 その状態で両膝を曲げてやることで、宙に浮いていることが確認できる。


「もう一度、やり直してもらえるか?」


 ジョノミディスも真剣な顔で私が魔力を操作する様子を見つめる。三度、四度と繰り返しやって見せればジョノミディスやフィエルナズサは自分でも試してみる。


「お、こうか?」


 何度か試していれば、ふわりと浮き上がる感触を得られる。ただし、それを安定して持続できるようになるには何度か繰り返し試行する必要がある。

 一時間ほどもすればフィエルナズサがコツをつかみ、ジョノミディスもそれに続く。少し遅れてメイキヒューセと第四王子(ギュネスイエ)もできるようになれば、この段階は完了だ。

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