571 冬の始まり
畑の収穫が全て終わるころには、各種工事も一段落する。雪が降り始めるまでに撤収してしまわなければ、人夫も故郷に帰ることができなくなってしまうため、彼らも必死で終わらせる。
全ての工事が終わった堤防や橋、そして港に関しては、王子が手分けして確認に向かう。各地の守りの石に魔力を充填していく作業も兼ねるため、誰にも反対する理由はない。
魔力の充填は、これまではジョノミディスが一人で行っていたものだ。これを王子に任せてしまえるということで、随分負担が減ったという。
一週間ほどして王子たちが戻ってくる頃には初雪も降り始めるし、季節は冬の様相が濃くなってくる。各地から領主もやってくる時期だ。
王宮から求めなくても、オードニアムやモジュギオ、ピユデヘセンなどの公爵から王都に到着した旨の連絡が入り、面会を求められる。
「どういう順で面会する?」
「最も早くに来たオードニアムを後回しにはできんだろう。」
「オードニアムとモジュギオは一緒で良いのではありませんか? ナノエイモスにも連絡を入れておきましょう。」
元々はボルシユアも西の貴族とされているが、噴火や侵攻の被害の区分では南側に分類されている。主な話題を考えると、間に合うかも分からない会談へ招く必要はない。
オードニアムらに返事を出してから、北の公爵からも到着の報告がやってくるが、こちらは特に緊急の話があるようでもないので後回しである。
「大変お久しゅうございます、両殿下。お二方とも大変立派になられたご様子で私も安心いたしました。近年は良くない報せも多かったのですが、お二方が戻られたからには更なる繁栄が得られましょう。」
モジュギオ公爵と並んで入室してきたオードニアム公爵が仰々しい挨拶をするが、この公爵が腹の中でどのような評価をしているのかは推し量るのが難しい。
「お久しゅうございます、オードニアム公、モジュギオ公。私たちが不在であった間、よく働きウンガス王国を支えてくれていたと聞いています。特に、先のネゼキュイアによる侵攻はまだ全てが片付いたわけではないが、礼を述べさせてください。」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます。」
堅苦しい挨拶は避けようがない。それぞれの言葉が終わるまで、私たちは横で黙って待っていなければならない。
「ジョノミディス様にも素早い対応を感謝する。お陰で被害を最小限に抑えられたと言ってもよかろう。」
「そう言ってもらえると助かる、モジュギオ公よ。私も若輩ゆえ、もっと上手い方策があったのではないかと思うことしきりだ。」
「それは我々も同じでございます。しかし、我らが過去ばかりに囚われていれば国や領地の発展は失われるでしょう。」
苦い顔をしてみせるのはモジュギオ公爵だけではない。オードニアム公爵も夏から後悔ばかりが頭に浮かぶと言う。
「西方の様子はどうでしょう? 報告書は届いていますが、数字だけでは伝わりづらいことも多々あるかと思います。王宮への要望を含めて忌憚なき話を聞きたいと思います。」
公爵たちもその話をしに来たのだろうが、話を振るのは第三王子だ。要請のあった食料が届いたと報があっても、それが早かったのか遅かったのかまでは書類に書かれていない。もっと速度をあげて対応した方が良いのか、現状で十分なのかの判断も難しいとやきもきしていたりもする。
「不満の類は私も聞いたことがないが、文官が敢えて上げていないことも考えられるな。」
「うむ。支援を受けているのに苦情を言って心象を悪くするべきではないだろう。とはいえ、その返答では殿下も判断に困ろうな。」
「少なくとも、食料が不足して治安が悪化したという話は聞いたことがない、という返答で良いだろうか?」
公爵は困ったように顔を見合わせるが、結論としては改善を急ぎ求める状況にはないということだ。ならば良かったと、私たちも肩の荷が下りる思いだ。
「災害支援の手筈として、現在まとめているところだ。後ほど公らにも確認してもらうことになるだろう。」
「承知いたしました。ところで、南の方は如何なのです?」
ネゼキュイアからの侵攻以降、彼らには噴火被害や避難の状況などの話はしていない。概ね落ち着いてきていると手紙には書いているが、それだけだ。西側だけでも大変な状況なのに余計な負担をかけるわけにもいかないだろう。
あちらの問題は、避難民と元の住民の間での衝突だ。それについては既に西の公爵にも問題が大きくなる前に対処するよう書簡を送っている。
「小さな課題は山積みだが、其方らの協力を求めるような大きな問題は特に聞いていない。」
「ファナックやバッチェベックはやはり戻れぬのか?」
「数年内に戻るのは不可能と思われます。モジュギオ公ならば、ミラリヨムの復興に何年かかるかと問えば分かっていただけるかと思います。」
「それほどか!」
「話を聞く限りでは、大きく違っているように思えません。」
モジュギオ公爵の問いにメイキヒューセは沈鬱な表情で首を横に振る。
バッチェベックは灰に埋もれ、ミラリヨムは焼け野原と化している。両者違いがあれども、人が住めるような状態ではないという点に関しては同じだ。
「私は、どちらも見ていないのだが、人が住めぬという状況が想像できぬ。」
「私は思い出したくありません。」
困ったように言うオードニアム公爵だが、第三王子はミラリヨムの焼け野原は実際に見ている。何もかもが焼け焦げ灰になり、生き物の気配すらなくなってしまった土地に対しての感情は恐怖だ。
「その復興をどうやって進めるかが今後の課題か。」
「恐らくだが、かなり気の長い話になる。建物も失われている以上は建築するところから始めねばならんのだが、木材の一つも得られないのだ。」
「一つの領地として復興させるのは現実的ではないと思っています。ミラリヨムならばモッテズジュやムスシクなどの領地を少しずつ拡大していくと考えた方が良いでしょうね。」
何もないところに町をつくったことなどないが、大雑把な方向性ならば分かる。
まず畑を作り小さな村を増やしていき、そのうちのいくつかを町として発展させていく。言葉で簡単に表すことはできても、その間にどのような課題があるのかなど、誰も知らないのだ。
「バランキル王国にも識者はおらぬのか?」
「そういえば、ハネシテゼ陛下も新しく町をつくることを検討しなければならないと仰っていましたよ。」
「ならば、意見を交換しながら進めた方が良いのではないか? 我々も知見が全くない。」
まさか彼らの方からバランキルを頼るという話が出てくるとは思わなかったが、私もその意見に反対する道理はない。ハネシテゼだって、ウンガスの事例を得られれば利益と考えるだろう。
その後は、西方各地の話を聞いて公爵との会談を終了する。そして、翌日はピユデヘセン公爵とヒョグイコア公爵がやってくる。こちらは噴火被害や非難の話が主なのだが、やはりネゼキュイア侵攻の被害についても気になるようだった。
各地で避難民が発生していることは想像していたようだったが、最大の問題であるミラリヨムについて触れると、公爵たちも顔を強ばらせる。しかし、そこを隠したり誤魔化したりすることに意味はない。ファナック男爵領もそうだが、ミラリヨム男爵は廃止するしかない。
「そうか、ミラリヨム男爵が……」
やはり派閥外でも領地が一つ失われることは衝撃的なようだ。当然ながら、王宮としても二年連続で領地が失われるのは痛恨としか言いようがない。ウンガス王国を発展させていかなければならないのに、衰退しているかのようにすら見えてしまう。
何か妙案があれば別だが、今のところ両方とも一つの領地として復興させる予定もないことも伝えておく。各人、色々思いはあるのだろうが、現実的にとれる手段がまったく思いつきもしないのだからどうしようもならない。




