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565 帰国

 食事を終えると、また一つ問題がある。テーブルの食器類をどうするのかだ。


 城では給仕が片づけるものだが、野営の際は自分で洗ったうえで背負い鞄に際にしまう。その中間あたりとはどういうことだろうか。

 ハネシテゼと二人で考えてみたところで、正解は分かりはしないので給仕に尋ねてみることにした。


 そこでも問題はある。城では目くばせをすればやってくるが、見えるところに給仕がいない。


 どうするのかと思ったが、テーブルには不似合いなベルが置いてあるので、それを鳴らせば良いのだろう。

 軽く振ってみるとチリンチリンと高い音が鳴り、思った通りに給仕がやってきた。


「どうなさいましたか?」

「出てくる食事はこれで終わりですか?」

「はい。とくにご注文もなかったはずですし、夕食セットはこれだけです。」

「この店では食器はどうすれば良いのですか? それと、湯浴みはどこでするものなのでしょう?」


 分からないことは全て尋ねてしまう。商人たちは湯浴みをしないなんてこともあるまいし、どこかに部屋があるはずなのだ。


「食器はこのままで構いません。」


 そこまでは良いのだが、湯浴みに関して返ってきた答えは私の想像からかなり離れたものだった。つまり、共同の浴場というものがあるが、利用時間はもう終わってしまうというのだ。


 私としては利用時間に制限があるのは完全に想定外だった。しかし、考えてみたら平民の場合は水を汲み、薪を燃やさなければ湯は得られないのだ。いつまでも火を燃やし続けるほど薪が潤沢にあるわけでもないのだろう。


 共同という言葉も気になるし見てみたい気はするのだが、こんなところで貴族であることを理由に押し通してもあまり良いことは無い。部屋に引き上げて、今日はもう寝てしまうことにした。


 翌朝は、部屋の外から聞こえてくる声に目を覚ました。屋内で寝ていながら他者の物音で目を覚ますのも珍しい経験だ。窓を開けてみると空は雲に覆われているが、明るくなってきていることだけは分かる。


 部屋の扉を開けてみると、漂ってくる匂いから朝食の準備がされているのが分かる。食堂に行ってみると、昨夜よりも慌ただしい様子だ。


「彼らもこれから出発するのでしょうか。」

「そうでしょうね。この町のお店や小領主(バェル)の邸に行くならば、まだ急ぐ時間ではありませんもの。」


 忙しない雰囲気の中で食事を摂るのも落ち着かない。やはり商人用の宿泊施設というのは、野営と城の中間よりは野営に近いのだなと思わされる。


 朝食を終えたら私たちも出発だ。不慣れなために手続きに少々手間がかかってしまったが、無事に二足鹿(ヴェイツ)も返してもらい、町を出る。


 向かう先はミュウジュウの領都だ。天気が少し気になるが、距離的には一日あれば到着できるはずだ。


 遠回りとなる領都には向かわずに国境に向かっても良いのだが、ハネシテゼにおいていかれてしまった騎士たちが情報収集をしながら待っている可能性もある。


 念のために立ち寄って情報を集まるとともに、西の戦いの終局も伝えておいた方が良いだろう。


 途中で雨が降ってきたりはしたが、豪雨というほどでもなければ二足鹿(ヴェイツ)の足にはそこまで大きな影響はない。頑張って急げば、門が閉じられる前にミュウジュウの城の前に到着することができた。


 とはいえ、二足鹿(ヴェイツ)の荷物の一部を手に抱えることまではしている。結果として閉門に間に合ったと言えるのだが、国王(ハネシテゼ)がそれをしようと言い出すのも困ったものだ。


 あまりにも国王らしくない振る舞いに頭が痛くなってくるが、自分も同じような苦言を何度か言われていることを思い出すとなかなか指摘しづらい。



 ミュウジュウ侯爵に聞いてみると、ブェレンザッハの騎士が二人城にいるという。侯爵もハネシテゼの行方についてもネゼキュイアとの戦局についても何の情報もなかったようで、それ以上進むのを諦めたらしい。


「それで、ティアリッテ様がこちらにいらしたということは、ネゼキュイアとの件は片付いたのでしょうか?」

「戦い自体は無事に終わっている。だが、被害が大きい地方も少なくはない。念のため、食料は余裕を持って生産しておいてくれると助かる。」

「承知しました。」


 直轄領やその周辺では最大限の収穫を得られるよう頑張っている。特に何もなければそれで足りる計算だが、秋に大水被害でも発生しないとも限らない。


「自然災害は怖いですからね。バランキル王国でも、昨年は冷害がひどくて大変でしたよ。雲を晴れさせる魔法なんてないものかしら。」

「私も寡聞にして存じておりません。」


 困り顔でハネシテゼが言うが、ミュウジュウ侯爵も苦笑で答えるしかない。そんな都合が良い方法があるならば、私も教えてほしいものだ。


 今日だって、雨に濡れながら走るよりも晴れていた方がずっと楽だったはずだ。いくら夏とはいえ、雨に打たれながら走るのは体力的に厳しいものがある。


 ミュウジュウの城で案内された客室では湯浴みもできるし、寝台の質も全然違う。商人の環境を利用してみるのも良い経験だが、やはり慣れた貴族環境の方が落ち着くと言えるだろう。


 出てくる食事の種類も違う。ミュウジュウまでくると、味付けや料理方法こそ違うが、ブェレンザッハでよく見る野菜も多い。


「土地ごとの食事の違いというのも面白いものですね。育ちやすい野菜というのもあるでしょうけれど、味付けの方向性が全然違うのですよね。」

「確かに、こちらの料理は辛いものが多いですね。」

「辛い、ですか?」


 ミュウジュウ侯爵としてはこれが普通なのだろう、辛いと言われると驚いたように目を開く。


 食べるのがつらいほどに辛いわけではなく、全体的に何かしらの辛味がついているのだ。


 もちろん、バランキル王国でも辛い料理はあるし好む者も多くいる。しかし、辛い料理はあくまで辛い料理であって、どんなスープでも辛味がついているということはない。


「辛味がついていますか?」

「当たり前すぎて気付かないのですね。わたしもバランキルのスープが甘いのだと知らなかったですから。」

「ああ、あちらは甘いですよね。」


 ミュウジュウ侯爵はスープを口に含んで首を傾げてみるが、幼い頃から慣れ親しんだ味はそれとは分からないのだろう。

 味付けは〝普通〟があって、そこに辛味や酸味、塩味が出されるのだが、ウンガスでは普通の状態で既に辛味があるのだ。ミュウジュウではそれが顕著な傾向にあると言えるだろう。


 一方で、バランキルの東側ではうっすらとした甘みがついているのが何も足していない〝普通〟の状態だったりする。


 ネゼキュイアの王宮では食事をする余裕もなかったが、もし食べていたらまた違った味付けだっただろうと思う。



 ミュウジュウ侯爵との話は、比較的明るい話題を選んでおけば問題ない。被害の悲惨さを滔々と語ることもできるが、それで得られる利益はないだろう。


 そんなことよりも、騎士を何日も滞在させてもらったことに礼を言い、バランキルへの遣いの中継地としてよく機能していることを労う。それらの方がよほど大切だ。


 一晩だけ世話になり、翌朝にはブェレンザッハの騎士とともにミュウジュウの城を出る。といっても、ブェレンザッハの騎士はみな馬に乗っているため、一緒に進むのは町を出て畑を抜けるまでだ。


 そこから先は、馬と二足鹿(ヴェイツ)では歩く速さが違いすぎる。私とハネシテゼが空を翔けることでさらに速度を上げられるというと頭を抱えられてしまったが、実際にやってみると、一日で国境を越えてアーウィゼに到着することができた。


 その翌日には余裕を持ってブェレンザッハの領都に到着する。数年ぶりの懐かしい土地だが、少し景色が変わっている。


 北側から行くと、畑の外側に私が植えていた木が人の背丈をずっと上回るくらいに大きくなっていたのだ。

 地を歩いていれば遠くを見通すこともできなくなっており、森のようになってきていると言っても過言ではないだろう。


「もう数年したら、実りもいっぱい得られそうですね。」


 私は何万本植えたのだったろうか。記憶を掘り起こしてみるが、ここまで広くはなかったように思う。引き継いだブェレンザッハの文官がしっかりと仕事をしてくれているのだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。 タイトルに惹かれて読み出し、タイトル詐欺?というような戦いの連続にいつの間にか引き込まれて一気にここまで読んでしまいました。 途中転生勇者が魔物扱いされたりなかなかシビアな…
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