563 意識の改善
諸々の話をしていると、扉にノックがあり夕食の準備が整ったと連絡が入る。
一度、仕事の話は打ち切って食堂へ移ると、そこではネゼキュイアの海産物の話で盛り上がる。フィエルナズサも海魚が特に好きというわけでもなかったが、やはり何年も食べられずにいると懐かしく思うところはあるらしい。
たまには食べたいとは思うものの、ウンガスの王都までの運搬にかかる時間を考えると難しいだろう。夏は腐りやすく冬は雪のために根本的に輸送が困難だ。となると、春か秋となるのだが魚が美味しい季節を考えると秋の方が良いだろう。
「干物の製法にも改善が必要だな。」
「今でも内臓を抜いて、塩に漬けてから干しているでしょう? 他にやりようがありますか?」
「あの魚を干すと仰っていますけれど、要は乾燥させるのですよね。野菜を乾燥させている魔法を使うのでは品質に影響があるのでしょうか?」
フィエルナズサと二人で難しい顔をしていると、メイキヒューセが首を傾げ不思議そうに尋ねてくる。
「そういえばやったことがないな。」
「わたくしも、その発想はありませんでした。バランキル王国に戻ったら、試させてみましょう。」
ハネシテゼでさえも、あの魔法は〝野菜を乾燥させるもの〟という固定観念を持ってしまっていた。
私は濡れた身体を乾かすのにも使ったりもしているが、本来の使途から外れた方法であると認識している。しかし言われてみれば、炎雷のように危険が大きいわけでもなく、使途を制限する意味はまったくない。
「たまにこのような話をするのも大事ですね。知らぬうちに視野が狭くなっているのだと感じました。」
「国王と雑談をする者も機会も限られているからな。それも固定観念と言われてしまえばそれまでなのですが。」
「その行き着いた果てが、あのネゼキュイア王なのでしょうかね。」
もしかしたら、あの王には気楽に意見を言ってくれる者がいなかったのかもしれない。偏り歪んでしまった認識を正す機会もなく、あらぬ方向へ走り続けるとあのようになってしまうのだろうか。
「そう考えると、メイキヒューセやティアリッテがあちこち駆け回っているのは悪いこととも言い難いのか。」
「災害や侵略などなくても、王族が直接地方の視察にいくのも大切なのかもしれませんね。」
「まて。ハネシテゼ様にそのようなことを言ってはならぬ。視察から帰ってこなくなるぞ。」
「なんですかそれは。ひとを獣みたいに言わないでくださいませ!」
ジョノミディスの言葉にハネシテゼは頬を膨らませて抗議をする。それを第三王子と第四王子が不安そうに見ているが、この程度の言い合いは昔からよくあることだ。今さら、そんなことで険悪になることもない。
「実際のところ、どうなのでしょう? ネゼキュイア王国なんて私も想像したこともなかった西の果てまで行って得られた見識はどのようなものがあるでしょう?」
一歩離れたところから冷静に話を振ってくるのはマッチハンジだ。具体的なものを挙げられるならば、正式に視察を行事に組み込むことも考えているのだろう。
「西にも海があるのは驚きましたね。北や南の国がどのような環境にあるのかも知っておいた方が良いと思いました。」
地平の果ての向こう側には何があるのか。幼いころに誰もが抱く疑問だが、その答えの一つが見つかった。しかしそれは、新たな疑問の種でしかない。
北や南はどうなっているのか。陸と海のどちらが大きいのか。それらは意味のない疑問かもしれないが、他の国にも興味の目を向けるべきだと痛感したところでもある。
「個人的には赤獅子や赤空龍を直接見れたことは収穫ですね。国王としては魔物退治の重要性が忘れられてしまった理由が気になりますね。」
ハネシテゼの視点は私とは少し異なる。
魔物退治は国を繁栄させるために必須の事柄のはずなのに、いつの間にかそれが失われてしまっていた。それが長く続いた凶作の原因ともいえるのだが、バランキル王国だけではなくウンガスでもネゼキュイアでも同様の事態が発生しているのは確かに気になるところだ。
「ネゼキュイアを見て、我が国もああなっていた可能性があると思うと何とも恐ろしいことだと思いました。ですが、こうして冷静に振り返ると理解できないこともございます。」
信じられないほどに魔物が蔓延っている土地だったが、一体何年をかけてあの状態になったのかが第三王子の気になったところらしい。数年前までは、ネゼキュイアは食料生産に何の不安もなかったと聞いていることと辻褄があっていないのだ。
「他にも収穫を増やす方法があるということでしょうか?」
「確かにその可能性は考えられますね。現在の状態まで魔物が増えてしまうと如何ともしがたいのでしょうけれど、魔力を撒かない状態での収穫はあちらの方が上ということは考えられます。」
三人いれば三様の考えがある。私は収穫量を増やすのに魔力を撒く以外の方法を否定するつもりはないのだが、そのような態度が出ていたのかもしれない点は反省すべきだろう。
ハネシテゼも〝別の方法〟を考えたことすらないと言っているのだ、これも固定観念の一つと言えるだろう。
「これまでの話を総合すると、魔物を退治し魔力を撒くより別の方法を模索する段階に入っているのでしょうか。」
第四王子はよく分からない結論を出す。別の方法の模索を否定するつもりはないが、魔物を退治し魔力を撒くこと自体は大事なのではないだろうか。そう質問してみたが、第四王子はゆっくりと首を横に振る。
「魔物退治をした結果、どうなるでしょう?」
「平和になりますよね?」
「なるほど、そういうことですね!」
突如、メイキヒューセが大きな声を出す。私としては平和になるのは良いことでしかないと思っていたし、それが先ほどまでの話とどう関係するのかが分からない。
「それが、魔物退治の重要性が忘れられてしまった理由そのものではありませんか?」
「どういうことですか?」
思わず聞き返してしまったが、やっと分かった。魔物を見かけることがなくなるくらいに退治してしまうと、騎士団が要らなくなってしまうのだ。今はまだ無理だろうが、十数年もすれば人の生活圏の魔物は根絶やしにできるだろう。
それでも山奥や海の魔物は駆除しきれないため、騎士が完全にいなくなってしまうことはないだろう。しかし、弱体化してしまったり数が減ってしまうことになるのは想像できる。
「つまり、わたくしは数百年前の王と同じ愚を犯そうとしている可能性があるということですか?」
「歴史についてそこまで詳しくありませんが、理屈としてはその可能性があると思います。」
別にハネシテゼは怒っているわけでもない。単に、今まで指摘されたことのないことを言われて衝撃を受け動揺しているだけだろう。魔物退治が百年後を考えた政策かと問われたら、私もそんなことは考えたことがない。
「怠けている領主の方が正しい判断だったと言われると、腑に落ちないところもありますね。」
「それは同感だが、第四王子様の意見を否定するだけの根拠は持ち合わせていない。」
フィエルナズサもジョノミディスも難しい顔で呻る。彼らもそのような結論が飛び出てくるとは思いもしていなかっただろう。
「あの、申し訳ありません。」
「謝ることではありません。無視できない重要な意見だからみんな悩むのですよ。」
「うむ。ただし、食事の話題ではないな。なにか明るい話はないのか?」
食事は半分以上片付いているが、まだ三分の一ほどは残っている。先王が、食事を美味しく食べられる話題を求めるのは当然ともいえる。とはいえ、第四王子も話題の流れに乗って発言しただけであり、それは責められることでもない。
「そういえば、食事の味付けは今までと少し変わっていますよね。ウカルコの他にも流通が増えた食材や調味料があるのですか?」
「ああ、ティアリッテはこれを食べる前に出発したのだったな。」
食事にふさわしい話題はすぐに思いつく。皆が美味しそうに食べているのに、まさか、料理人が失敗したなどという理由でもあるまい。尋ねてみると、やはり栽培や加工に手間のかかる作物の収穫が各地で増えているらしい。
そういった作物の生産を強化していくという話は事前に聞いているが、それがどのような料理に使われ、どのような味がするのかまでは把握していない。
「古くから鹿肉餅のソースには、焦蜜と寒胡麻が使われていたのだ。この二十年ほどはとんと口にできなかったのだ。」
「一か月ほど前に食べたとき、お祖父様は涙を流していたのですよ。」
「余計なことを言うでない。」
第四王子と先王のやりとりに一斉に笑い声が上がるが、私もその気持ちは少しだけ分かる。何年も食べられなかった味に再び会えたら、とても懐かしく愛しく感じるものだ。




