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562 上に立つものとして

「スメキニア様やティアリッテにはこちらの状況も説明したい。」


 フィエルナズサがそう言うのは、ウンガス王国の内城の話なのでハネシテゼにはほぼ関係がなく同席する必要は全くないためだろう。


「どうせ部屋に一人でいても暇なので、このままで良いですよ。」


 ハネシテゼは何ともないように言うが、文官の中には部外者の同席に良い顔をしない者もいる。


 とはいえ、ハネシテゼがそう言うならば私たちが拒否することでもない。


 いくつかの書類を渡されて、西方支援のために今までに動いた馬車や騎士の数をまとめた数字の報告を受ける。


「ウンガスの貴族の名前には詳しくありませんが、随分偏っているのではありませんか?」

「昨年発生した噴火の影響で、思うように収穫を上げられていない土地もございます。」

「なるほど、天災ですか。それは大変ですね。」


 人ごとのように言うが、実際大変だ。そちらも続けて報告を受けると、噴火の影響はかなり広範囲に広がっているらしい。


「幸い、新たに支援を必要とする領地は出ていないが、他領を支援できるほどの余裕がないとする領地はいくつかある。」


 さらに、元ノエヴィスに移住したバッチェベック伯爵らも頑張ってはいるが、慣れない土地で畑も完全に稼働できているわけではないという。


 それらの具体的な数字はともかく、全体的な傾向は予想通りであり、私にとっては驚くべきことでもない。


「南の要であるピユデヘセンは大丈夫なのですか?」

「降灰は観測されているらしいが、特に問題があると報告はされていない。むしろ、鉄の産出は順調だと聞いている。それを受けてグルニエ子爵とトダニヴァス伯爵が馬車の車体生産をしている。」

「馬車が増えるのは良いのですが、森を伐り過ぎないよう注意しなくてはなりませんね。」

「いきなり山を丸裸にするほど愚かでもあるまい。冬にでも、其方(そなた)の成果を見せてやれば良いだろう。」


 問題は火山の噴火だけではない。バランキル王国でもそうだったが、ウンガスではそれ以上に森が少ないように思える。


 東の山近くでは森も大きく広がっているが、無計画に伐採していれば遠くない将来には失われてしまうだろう。伐採そのものを禁止したり制限することはできないが、少なくとも伐った数と同じ数は植えるようにと指導した方が良い。


 放っておいても森は少しずつ新しい芽がふき、若い樹木が育ちはするのだが、伐採の速度からすると遅すぎる。

 というのも、木の成長には時間がかかるためだ。いくら魔力を撒いたとしても、一年で伸びるのはせいぜい人の背丈くらいまでだ。


 ウンガスの王都の周辺でも、植樹は進めている。まだ木材とするには小さすぎるし果物を得ることすらできない。だからこそ、その状態を見せて毎年継続していくことを訴えるべきだとフィエルナズサは言う。


「地方の領主に植林を広めるのもそうですけれど、そろそろ事業自体を他の方に引き継いで行かねばなりませんね。」

「うむ。小領主(バェル)にも広めてしまえば、他の文官でも継続していけるだろう。」


 今のところ、私が試験的にやっているだけで結果の共有もほとんどしていない。木の成長速度の記録も溜まってきたし、そろそろ展開しても良いだろうと思う。


「そういえば、ティアリッテの作ったエーギノミーアの果樹園は、既に多くの実りが得られるようになっていると聞きましたよ。あれを植えたのはいつ頃でしたっけ?」


 唐突にハネシテゼが口を挟んでくる。言われて思い出してみると、最初に木を植えてから七、八年が経っている。

 それが身を結んでいると言われると、私としてもとても嬉しい。いつかエーギノミーアの果樹園を見にいきたいものだ。


「それは朗報ですね。何を植えていましたっけ? 柑橘に、桃、それと栗や胡桃もあったかしら。」


 エーギノミーアだけでなく、ブェレンザッハやウンガスでも植樹をしているため、古い記憶がどこのものだったか少々曖昧だ。


 ともあれ、木を植えてから果実を得るにも数年という時間が必要であるが、望んだ結果が得られている前例は大切だ。


 ただでさえ目先の利益にばかり気を引かれがちなのに、本当に利益が出るか分からないのでは誰も積極的に携わろうとはしないだろう。



 植えた木の生育も順調だが、畑の作物も今年も大量の実りをつけているという。


 土や気候も違うし見たこともない作物もあったため、収穫の見込みを立てるのも難しかったが、三年もやっていればそれも過去の話だ。


 王都周辺はもちろん、農村の畑を含めて何がいつどれほど収穫できるかは見込みを立てている。もちろん、陽や雨の勢いでも実りは変わる。それを含めて幅を持たせている中でも今年は良い方だとフィエルナズサが疲れた顔で言う。


「良いことのように思うのだが、何故、其方(そなた)の顔色はすぐれないのだ?」

「あら、第三王子(スメキニア)殿下はバランキルでは見ていないのですか?」

「あのような苦行を味わったことはありません。」


 代わりに答えるのは第四王子(ギュネスイエ)だ。この様子だと彼女も、どんなに処理を頑張っても増えていく収穫物の山を見たのだろう。


 思い出して泣きそうな顔をする第四王子(ギュネスイエ)に、第三王子(スメキニア)も困惑して「何があったのだ?」というが、あれは口で説明しても分かりづらい。


「支援の食料は馬車で送るのですが、穀物でも豆でもできるだけ乾燥させた方が多く積めるのはお分かりになりますか?」

「ええ。水分が抜けると重量と嵩が減るのですよね。」

「馬車二台分の麦を、馬車一台に載せるにはどれほど頑張って乾燥させれば良いか分かりますか?」

「二台分を一台に?」


 フィエルナズサの無茶な言葉に第三王子(スメキニア)は目を見開き声を上擦らせる。実際、それは不可能ではない。


 豆でも麦でも余計な部分を取り除いて砕き、極度の乾燥処理を施してやれば、木箱に詰められる量は二倍ほどになる。


 通常、収穫物を蔵に入れるだけならば腐らない程度に乾燥していれば十分であるが、馬車で遠方まで運搬するとなると話が変わる。


 蔵には木箱を何万と積み上げることができるが、馬車一台に乗せられる木箱はどんなに頑張っても二十が限度だ。


 木箱にはある程度余裕があるが、馬車の数に余裕は全くない。できるだけ少ない馬車で最大限に送ろうとすれば、荷物をなんとかして圧縮するしかない。


 フィエルナズサや第四王子(ギュネスイエ)はそちらの対処にも当たっていたのだろう。砕いた豆や麦に乱暴に温風を吹きつければ飛んでいってしまう。


 風を精緻な制御し効率よく乾燥させる作業は、下級の騎士では難しいだろう。


 そして、乾燥作業をしていれば必然的にその周辺の仕事も負うことになる。文官たちだってそこに第四王子(ギュネスイエ)がいるのに報告もせずに無視してたち振る舞うわけにもいかない。


 結果として恐ろしい業務量が降りかかってくるのは想像に難くない。


 頑張って目の前の作業を終わらせたらまたすぐに次の仕事がやってくる、のではない。終わらせる前に、次の仕事がやってきてしまうのだ。食事の時間が迫っていても、容赦なく積み上がっていくのだ。


 私もハネシテゼも、その状況に一度打ちのめされている。


「まあ、現場の苦労を全く知りもしないのも困りものですからね。ただ命令するだけの者は支持を得られづらいですし、良い経験でしょう。」

「わ、わたしはもう二度と経験したくありません……。次の機会があれば、お兄様にお任せしたく存じます。」

「そんなに大変で苦しいことを私にやらせたいのか⁉」


 兄をかばうのではなく辛い仕事を押し付けようとしてくる第四王子(ギュネスイエ)に、第三王子(スメキニア)は悲しそうな顔をする。


 しかし、そんなことでは〝終わらない仕事〟から逃れることはできないだろう。


 実際のところ、領主や王族には〝終わらない仕事〟に立ち向かう精神力が必要だ。

 農作物の加工作業は、やっている最中には終わりが見えなくてとても苦しいが、実際には終わる仕事だ。冬になれば間違いなく一段落するのだ。


 災害への対応となると、さらに長い期間、解決の糸口すら見つけることができずに苦しむこともあるだろう。

 そのときに、もう諦める、などと言ってしまう者は王や領主として不適格だ。


 どんなに苦しくても最後まで諦めずにやり通す経験はしておいてほしいと思う。

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