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561 最後の報告

 理解ができないと言われても、ありのままを説明するしかない。モジュギオからメレレシア、ムスシクでの戦いを終えて、赤獅子(ウィアネメ)馬王(ゼノメ)とともに西に向かったところから順を追って話していく。


 夜中に感じた衝撃はウンガスの王都までは届いていなかったようで、ジョノミディスもフィエルナズサも全く気付かなかったと首を横に振る。


「その衝撃が、別世界から魔物がやってきたときに発生したものだと?」

「そう考えています。急いでネゼキュイアの王都に向かうと、その時にはすでに王宮は半壊していました。」


 到着した時にはすでに目を塞ぎたくなるような惨状だったのだ。それ以前に〝守り手〟が焦って向かおうとしていたこと、そして赤空龍までもが飛び出して来たことから、ハネシテゼの危惧が正しいと確信するに至った。


「赤空龍だと⁉」


 大きな声を上げ、ジョノミディスは見開いた目を泳がせる。彼が驚くのも当然だ。以前に赤空龍の恐ろしさを目の当たりにしているし、あの恐ろしい魔物と再び戦うなんて考えたくもないと思っているのは彼も同じはずだ。


「ハネシテゼ様に教わり私も空を翔ける魔法を修めていなければ、ああも容易く勝利することは難しかったでしょう。」


 赤獅子(ウィアネメ)馬王(ゼノメ)とともに戦えば、相手が赤空龍でも一匹であれば負けることはないだろう。しかし、逃げられてしまう可能性がある上に二匹目、三匹目が出てきたら勝利どころか逃走すらも絶望的だ。


「あれが複数ですと? そんなもの対処のしようがないでしょう。いや、想像すらしたくもない。」

「全く同感です。ですから、わたくしもティアリッテも少々無理をしてでも勝利を急いだのです。ティアリッテは容易くと言いましたけれど、無傷ではないのですよ。」

「そういうことは先に言ってください。お身体は大丈夫なのですか?」

「わたしではなく、ティアリッテです。痛めた首は大丈夫ですか?」

「この二、三日はだいぶ楽になってきました。」


 一斉に心配の視線を浴びるが、痛めた首は既に回復してきている。戦いの直後は横を向くのも辛かったが、今は軽くなら首を回すことができる。この調子でいけばもう二、三週間もすればすっかり回復するだろう。


「その件は解決したということで間違いないのですよね?」


 不安そうに言うのはマッチハンジだ。もちろん終わったから帰ってきているのだが、そう明言しないと撤退の必要があったとも受け取られてしまうのだと今更気づいた。

 ネゼキュイア国王が何をしたのか私たちがどのような対処を行ったのかを具体的に説明し、〝守り手〟もその場を離れることに反対するような素振りすら無かったことを付け加える。


 話はそのままネゼキュイア国王および王族の処刑に移る。傍系王族を処刑しなかったことについてフィエルナズサが意外そうな顔をするが、それに関しては私もハネシテゼも少々の迷いがあったのは確かだ。


「崩壊した王宮は国の崩壊を示唆しているようにしか見えなかったですからね。あれで傍系王族も全て処刑したら、残った者たちがどういう方向に暴走するか分かりません。」


 別にネゼキュイアという国を知らなくても、ウンガス王国でこの王城が瓦礫と化した場合を想像してもらえば良いだけだ。各地の領主がどう動くかは予想できないが、一致団結して国を守ろうという動きにならないであろうことだけは分かる。


 先王(ヨジュナ)も難しい顔で考えこむが、奇跡でも起きなければ国がいくつにも割れて争うことになるだろうと結論を出す。

 その先にあるのは荒廃と衰退だ。その前に、ウンガス王国にまで略奪にやってくる者が増えるのも簡単に予想される。


「つまり、そうなると我が国にとっても何の益もないわけか。」

「その通りです。」


 真っ当に考えれば、至る結論は同じだ。


 個々人の感情で思うところはいろいろあるだろうが、ネゼキュイアには豊かで平和な国を目指して頑張ってもらうのが一番良い。

 魔力を撒くことで凶作から抜け出せることも伝えてあるし、その道筋は示してある。


 定期的に使節を送りあうようにすれば、長い目で見てウンガス王国に利を出すこともできるだろう。


「その将来はあなたたちが考えるのですよ。スメキニア、ギェネスイエ。」

「承知しております。」


 ハネシテゼの言葉に、二人の王子はハッとして表情を引き締める。

 彼らがウンガス王国に帰ってきたのは王権を引き継ぐためだ。将来のことは彼らが中心となって考えるべきことである。


 私たちも、このまま何十年もウンガスにいるつもりはないし、当面の目標としては来年の冬くらいにはバランキル王国に帰りたいと思っている。このままウンガス王宮にいても私は子供を産む機会が無いし、メイキヒューセにいたっては結婚すらしていないのだ。


「将来の前に、現在、過去の問題が一つ片付いたことも報告の必要があります。」

「エリハオップの件ですね。ギュネスイエは聞いているか?」

「あらましは伺っています。」


 この件は、エリハオップ公爵の行方が分かったと報告することでほぼ終わる。出会った場所は、ネゼキュイア王国のウシュルコ領。当主の弟であるゾエカギュフに会い、そこに公爵もいることを確認したと告げれば、聞いていた者のほぼ全員が大きく、とても大きく息を吐く。


「その状況ならば、そのまま国外追放か?」

「当主の貴族籍剥奪も言い渡しておきました。攻撃の指示も、間違いなく公爵から発せられたものということです。」

「分かった。他の貴族にもそう周知しよう。」


 先王(ヨジュナ)からも何の異論もない。自ら領地を棄てて出ていった者に呆れることはあっても温情をかけることもない。ゾエカギュフをはじめ、何人かは戻ってくる可能性があることも伝えておく。困った顔をされたが、その時は被災地の復興にでも尽力してもらえば良いだろうと述べればそれで頷いてくれた。


「他に報告すべきことといえば、余計なことを少々してきたことを除けば、ネゼキュイアは信じられないくらいに魔物が溢れている土地だったということでしょうか。」

「余計なこととは何だ?」

「海を見てきたのですよ。」

「西にも海があるのか? どのような魚や海藻が採れるのだ?」


 興味深々といった顔で聞いてくるのはフィエルナズサだけだ。ウンガスに海はないしジョノミディスらも海とは縁遠い領地の出身だ。彼らにはそもそも海に関する知識がまるでない。


 ただし、海産物に関してはここで報告することでもないし、あとで食事の際の話題で十分だろう。言っておくべきことがあるとすれば、絶対に海の沖に出てはいけないと古くから言われていることを繰り返すのみだ。


其方(そなた)らがそれほど言うとは、一体、どんな危険があるのだ?」


 ハネシテゼも眉間に皺を寄せて頷いていると、フィエルナズサも不安を覚えるらしい。少し狼狽(うろた)えたように聞いてくる。


「わたくしとティアリッテが全力でやって倒せないのですよ。敵が逃げていって安心したのは生まれて初めてです。」

「大きさも厄介さも、岩の魔物より上でしょうね。」

「待て。それはどんな大きさだ?」


 驚くのも無理はない。私も二百歩はあろうかという巨体を見て絶句したものだ。あまりにも巨大すぎるため海岸にまでくることができないようだったが、あんな魔物が近くに居座られたら漁師も海で魚を獲ることができなくなってしまう。


 海上に伸ばしてきた八本の腕は、太さが黄豹の胴体ほどもある。何十歩もある長さのそれに捕まれば、船も簡単に砕かれ海の底に引き摺り込まれるだろうと思わされる。

 炎雷の魔法は魔物の腕を(えぐ)ることができたが、それ以外の魔法が通じている様子もなかったため、一般の騎士にはあの魔物を倒す手段もない。


「現状では、私やハネシテゼ様でなければ追い払うことすらできないでしょう。ウンガス王国ではあまり関係のない話ですが、今後、海に行くことがあっても魔力を撒くのは控えた方が良いかと思われます。」

「本当に余計だな……。まあ良い。改めてご苦労だった、ティアリッテ。それにハネシテゼ陛下、ご協力感謝いたします。陛下が来ていなければ、最悪の事態となっていた可能性が高いでしょう。」

「感謝には及びません。最悪の事態となっていれば、バランキル王国とて楽観視などしていられないでしょう。」


 私が完全に敗れ去り、ネゼキュイアが岩の魔物や赤空龍で溢れかえるようなことになれば、ウンガス王国も滅亡の危機に瀕するだろうしその余波はバランキル王国にも必ず届く。

 もしかしたら、逃げる者を追いかけて魔物がバランキル王国にまでやってくるかもしれない。


 そう考えると、おそらくハネシテゼが周囲の反対を振り切って出てきたのも、正しい判断だったと言えるだろう。

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