554 問題解決にむけて
王都でのことをかい摘んで説明するとウシュルコ前領主夫人は大きく嘆息した。
それも無理からぬことだ。ネゼキュイアがウンガスに攻め込んでいたことを知らないはずはないだろうが、軍が敗北しただけではなく王権までもが倒れていれば途方にも暮れようというものだ。
「それで、何故あなたは私にそれをわたくしに報せるのです? あなたからすれば、わたくしは敵でしょう?」
「ネゼキュイア王を討ったことで戦いは終結している。愚かな者のためにこれ以上血を流すことはないだろう。」
その答えは夫人にとっては予想の範囲内だったのだろう。眉を寄せ難しい顔をしたまま、じっと第三王子を見つめる。
「少なくとも、私は、平和であることが最も良いと教わってきた。一時の感情を引き摺るべきではなく、今後のことに注力した方が良いだろう。」
聞こえの良いように言うが、和平を前提に話をしてやるから相応の利を示せということだ。外の様子を見る限り食料や財貨など期待できないのは分かっている。
彼らに期待するものは、他の貴族との橋渡しだ。地理的に近い貴族をウンガス側に取り込んでおけば、今後の外交がやりやすくなるだろう。かつて私たちがノエヴィス伯爵やザッガルド公爵に対してやったのと同じだ。
現在のウシュルコの立ち位置は知らないが、王宮壊滅に際し早くに駆けつけた方が今後の立場を有利にできるはずだ。わざわざ情報提供してやるのは、その方がこちらにとっても都合が良いからに他ならない。
そんな細かいことは一々言わずとも理解できているようで、夫人は目を固く閉じて頭を抱える。
「先ほど申した通り当主は不在ではありますが、良い関係を築けるよう尽力したいと存じます。」
実のところ、不在というのは体の良い言い訳なのかとも思っていたが、当主は本当に城をあけているらしい。他の仕事が詰まっているだけならば、自分の一存では返事をしかねるなどとと言って他の領主一族に相談に行くふりでもすれば良いだけだ。
「優先すべきは王都へ急いで参じることだろう。当主には事後報告になってでも急いだ方が良い。それに、食料生産の改善だ。畑を見たが、なんとも酷い有り様だ。」
「お恥ずかしい限りですが、手を尽くしているものの一向に目処が立たぬ状況で。何か妙案でもあるのですか?」
最後の質問は半ば投げやりにも聞こえるが、それだけ苦しんできているということでもあるのだろう。
「方法があるから改善せよと言っているのだ。ただし、貴族は文官も含めて畑に出ることを覚悟せよ。」
「我々が、ですか? 貴族が畑に出て何ができるのでしょう?」
「ティアリッテ・シュレイ、説明を頼む。」
そこからは何度も繰り返したいつもの説明なのだ。原因も含めて話をすると少々時間が掛かるが、しっかりと理解して取り組んだ方が効率が上がりやすいのは確かだ。
「そのようなことで、本当に収穫が増えるのですか?」
「間違いなく向上する。」
夫人は不安そうにいうが、バランキルでもウンガスでも成功できなかった例を聞いたことがない。魔力を撒かずとも、魔物退治を徹底するだけでも効果があることも確認されている。
「ところで、何処で私の名を聞いたのです? エリハオップという名はご存知でしょうか」
先ほど第三王子が私の名を呼んだときに、ほんの僅かだが表情に変化があったのは見逃していない。
侵攻を開始する際に敵の名として大々的に触れ回っていた可能性も考えられるが、その場合は名前を知っていることを隠す必要がないだろう。
「先代エリハオップ公爵の妻モイアンジェは、わたくしの再従姉妹でございます。」
そんなところで血縁関係が繋がっているとは思わなかった。資料を当たって辿ろうと思えばできるだろうが、先代の配偶者側の三代前までは調べていない。
よくそんなところに繋がりが残っていたなと感心してしまう。
「では、エリハオップ公の現在の居場所をご存知ですか?」
「理不尽に追放されたと聞いているのですが、彼らに何が用件でもございましたか?」
「追放ですって? どこからそんな話になったのでしょう。隣領との悶着について弁明も聞けていないので、処分の決定もできなくて困っているのです。」
私がエリハオップの城に入ったときには、既に領主一族は何処かへと去ってしまった後だったのだ。勝手にいなくなっておきながら追放されたなどと、理不尽な言動をしているのはエリハオップ公爵の方だ。
「そもそも悶着の相手側の話を聞く限りでは、追放刑や死刑などとはならぬ。公の理解し難い行動に、我々も困っているのだ。」
出ていかねばならない理由があったのならば、それをはっきりと聞きたいのだと第三王子が言うと、夫人は眉を寄せ視線を泳がせる。
「悶着とは何があったのか伺ってもよろしくて?」
「食料や家畜を強奪したと聞いている。ただし、それは相手側の言い分であって、真実の全てであるとも限らぬ。」
もしかしたらオザブートン伯爵が借金を返済しようとしないなどの原因があったりするのかもしれないし、エリハオップ側の弁明を聞かなければ処分も何もないのだと第三王子は強調して言う。
だからと言って軍事行動を起こすのは褒められたことではないのだが、経緯の解明が中途半端な状態であるのは間違いない。
「その話は真実なのですか?」
「嘘をついてどうする。追放したのならばそんな者に用などないし、極刑から逃亡したのならば犯罪者を差し出せと言えば済む話だ。」
少しだけ考え込むと、夫人は使用人を呼んでいくつか言付ける。
「恐らく、ここに来るのはゾエカギュフでしょう。」
呼び出したのが先代夫人であるため、エリハオップ公爵当人が来ることはないだろうと言う。それは別に構わないのだが、大問題が一つある。
「エリハオップの当主代行として来ていたのはゾエカギュフであったな。私も何度か話をしたことがあったはずだ。」
第三王子もそれに気づいていないのか、首を傾げて記憶を探る方に意識が向いている。
「そうだったと記憶していますけれど、問題はそこではありません。」
「む? どういうことだ?」
「凶作の解決方法は、エリハオップ公やゾエカギュフも知っているはずなのですよ。」
食料生産の改善は、私がウンガスに入って真っ先に取り組んだことの一つだ。当然ながら各地の領主には必要なことは全て伝えてあるし、エリハオップも例外ではない。
私の言葉に夫人も表情を険しくする。このウシュルコが酷い凶作に見舞われていることは彼らだって知っているはずだ。それに対して素知らぬ顔で居続けていたのだったら、抱く感情は不快を通り越したものになるのは当然だ。
「ここに来るのでしたら、話はそのときに聞けばよろしいでしょう。待っている間に基本をお教えしましょう。」
苛立ちながらただ待っているのも不毛だ。現在この会議室には騎士は出入り口に二人しかいないが、文官も領主一族も畑に出て作業することを考えると、夫人と横にいる三人の文官に教えておけば問題ないだろう。
いつものように手のひらの上に小さな魔力を浮かべると、頭上にまで浮かせて部屋を一周させる。畑に撒くだけならばそこまで自在に扱える必要はないのだが、十分な距離を飛ばせないようでは作業効率がひどく悪くなる。
「畑に撒く際は、この二十から三十倍ほどを百歩四方に薄く広げれば良いのだが、まずは魔力を指先に集めて留める練習からだ。」
指を一本だけ立てて、魔力を指先に集めること自体はすぐにできるようになる。次に手のひらから再び体内に戻し、そこまでできるようになってから自在に操作する訓練になる。
「実際に魔力を撒く際は、水に含ませた方がやりやすいでしょう。」
そう言って小さな魔力をお茶の中に放り込んで持ち上げる、口の中に放り込んでしまうと夫人らは揃って目を丸くする。
「魔力を含ませる水は汲んでおかねばならぬのか?」
「実用を考えると、水の玉の魔法に魔力を注入するのが最も良いでしょう。すぐ近くに川があればその水を使用しても構わないですけれど、都合の良い場所は限られると思います。」
そんな説明をしていると、ドアがノックされゾエカギュフが来たことが告げられた。




