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548 残りの仕事

「穴の処理はもう大丈夫だと思いますか?」


 地面の大穴を指差し、赤獅子(ウィアネメ)に尋ねてみる。私の感覚としては、先ほどの衝撃で片付いたと思っているのだが、〝守り手〟の見解を知りたい。


 どうするのか見ていると、赤獅子(ウィアネメ)は穴の入り口付近で鼻を鼻を動かしてみたり魔力の塊を放り込んだりしてみて、穴から離れて興味なさそうに寝転ぶ。


「大丈夫ということでしょうか。」

「そうだと思います。この穴も埋めてしまいましょう。」


 別世界への穴がもう閉じているのならば、再度開こうとされないように埋めてしまう方がいい。炎雷や爆炎を無数に放り込んでやれば、地響きとともに穴が崩落して砂煙が勢いよく噴き上がった。


 咄嗟に風の魔法で瓦礫に向けて押し流すが、服も髪も砂まみれになってしまう。


「一体何事ですか⁉」


 風と水で砂煙を抑え込んでいれば、大勢が顔を引き攣らせながら恐る恐るといった様子で近づいてくる。


「魔物が通ってきた穴を埋めた。もう、あの恐ろしい魔物が出てくることもないだろう。」

「これ以上の被害はないということで間違いありませんか?」

「うむ。」


 魔物に城を破壊されたのは誰の目にも明らかだ。恐らく、あの瓦礫の下敷きになってしまった者もいるだろう。まだ何かしらの対策が必要なのか、という情報は彼らにとっても重要だろう。


「そこの国王を処刑すれば、このネゼキュイア王国という国は一度滅びることになる。」

「わ、我々は一体どうなるのです?」


 唐突なハネシテゼの宣言に、集まった者たちは悲嘆と絶望の色に染まる。すぐ横には巨大な赤獅子(ウィアネメ)が五頭も寝そべっているし、戦って勝てる見込みは誰も見出せないのだろう。


「別にどうもならぬ。別の国を作って、治めるが良い。我がバランキル王国やウンガス王国はもちろん、他の国に攻め込むような愚挙に及ばないならば好きにすれば良い。」


 この国人々を殺して回るような面倒なことをしても、私たちに何の利もない。そんなことよりも、彼らには魔物退治に励んでもらいたい。


 この国に足りていないことを一つ一つ挙げて説明し、その上で今すぐにそれぞれの仕事の長を決めるように求める。


「国王は、取り敢えずそこの傍系王族から選出するのが最も無難だろう。それで急場を凌ぎ、一、二年後に改めて国の体制について議論をするのでも良いだろう。」

「それで地方貴族が納得するでしょうか?」

「納得しようが、しなかろうが、立て直しに協力しなければ国自体が本当に崩壊するぞ?」


 貴族も平民も一致団結しなければ、この地は人の住める土地ではなくなってしまう。魔物との勢力争いに負けてしまえば、住んでいる者に未来はない。


 そう言ってやると、騎士も文官も使用人たちも揃って目を剝き表情を硬直させる。

 誰も反論してこないところをみると、この数年の大凶作で国全体が困窮している認識はあるのだろう。


「解決法はあるのですよ。ウンガス王国もバランキル王国も長年の不作を解決しているんですよ。」

「う、嘘だ。」

「そんな嘘を吐いてどうするのだ。使者を立てて助けを乞うていれば、ネゼキュイアは今頃豊かな生活を手にしていたのに、本当になんと愚かな選択をしたことか。」


 最後には愚痴のような口調になるが、それも仕方があるまい。一、二年前に使者が来ていれば、特段の条件もつけずに指導してやっていただろう。


 ウンガス王国にも支援してやるほどの余裕はなかったが、魔力を撒く指導くらいならば負担というほどでもない。


「というわけで、これから全員で魔物退治と収穫の改善に努めてもらう。」


 植えられた魔草の類は全て引き抜き、今からでも収穫が間に合う豆や芋を植える。同時に徹底的に魔物を退治して畑の内外構わず魔力を撒く。


 騎士の数が減ってしまっているため、今年の冬を乗り越えるためには文官も総動員しなければ間に合わないだろう。


「わたしたちが、そんなことをしなければならないのか?」

「バランキル王国でもウンガス王国でも騎士の仕事にしているが、ここにいる騎士ではどう考えても足りぬ。」


 城の騎士が百人も残っていないのでは畑全域の処理は不可能だ。周辺の村もまわりたいし、文官もすべて使って魔力を撒いていくべきだろう。


 それに、城がこの有様では文官の仕事もないだろう。執務室や資料室が無事であるのかも疑わしい。


 魔物退治や魔力を撒くことについては、地方領主にも伝えるよう命じておく。急いで国全体に改善方法を広めなければ本当に手遅れになってしまう。


「民が本当に飢えたらどうなるか分かっているか?」

「昨年は、各地で暴動が起きました。王都でも騎士が出るような有様で」

「分かっているならば良い。」


 念のために確認してみると、こちらは騎士も文官も苦い顔をする。食糧事情が改善できなければ今年も同じことが起きるのは誰にでも予想できることだ。


 昨年の具体的な被害がどれほどなのかは知らないが、畑の様子を見れば今年も同程度かそれ以上になるのは間違いないだろう。


 その後、魔力の操作について実演して見せそれぞれに訓練させていると、昼頃に市民の避難が完了したと報告がやってきた。


「おお、随分と早いですね。やればできるではありませんか。」

「ハネシテゼ様の予想も外れることがあるのですね。」

「そういうこともあります。」


 そんな冗談を言ってみるが、私としても予想外だ。早速、赤獅子(ウィアネメ)に言って瓦礫の上に残る魔力を吹き飛ばしてもらう。


「できれば町の外の畑まで吹き飛ばしてほしいのです。」


 腕を伸ばして示しながら説明すると、赤獅子(ウィアネメ)は五頭揃って瓦礫に向かっていく。一度向きを確認すると一列に並んで後ろ脚で立ち上がった。


「うあっ!」

「ひいい!」


 悲鳴のような声が上がるのも無理はない、赤獅子(ウィアネメ)の巨躯が並び大きく背伸びをすると恐ろしい迫力だ。


 そこから咆哮に合わせて全員が前脚を地面に振り下ろす。


 地面と大気をはしっていく衝撃もまた恐ろしい。敵対者ではないと知っていても恐怖してしまうのは単純なことで、圧倒的なまでの力の差だ。


 その一発で瓦礫にあった魔力はきれいさっぱり吹き飛んでいっている。街にも少し飛び散っているが、大部分は畑に広範囲に広がっている。


「本当に凄まじいですね。」


 第三王子(スメキニア)やソルニウォレも、恐怖を隠せていない。一生懸命に笑顔を作ろうとしているが、視線がふらふらと泳いでいる。


「少しは慣れた方が良いと思います。」

「それは無理かもしれません。」


 ハネシテゼは一人、平然とした顔で言う。だが、あれに慣れるには少し時間が必要だと思う。銀狼や黄豹と一緒に戦ってきた私でも足が竦むのに、その経験がない彼らには難しいだろう。


「それは良いとして、私たちの用件はあとは国王の処刑だけでしょうか?」

「ティアリッテ、大事なことを忘れていますよ。わたしも二足鹿(ヴェイツ)が欲しいです。」


 私たちの二足鹿(ヴェイツ)はついてきているが、それ以外には姿も見えないし鳴き声も聞こえない。念のために聞いてみると、この城にはもう二足鹿(ヴェイツ)は残っていないという。


 それを聞いてハネシテゼは悲しそうに睫毛を伏せるが、二足鹿(ヴェイツ)はウンガス王国にもいる。


「ハネシテゼ様、二足鹿(ヴェイツ)はウンガス王国に戻ってから考えましょう。王宮で生まれた子どもも、そろそろ大きくなっているかもしれません。」

「そうします。」


 とても残念そうに言うが、ハネシテゼの場合は自分で空を翔けた方が速いのだから優先度はかなり低いと思う。それでも、通信手段としてはとても便利なので、もっと増やしてバランキルにも送りたいという気持ちは私もある。


「では、国王の処刑を終わらせてしまいましょう。」


 面倒だし気が進むものではないが、これだけはやっておかなければならない。


 城の者たち全員の前に引き立てて、その罪を一つ一つ言い渡す。


 蒙昧なる言説を鵜呑みにしてウンガス王国に攻め入ったこと。魔物を繁茂させ国を危機に晒し、あまつさえ別世界から恐ろしい魔物を呼び込み世界を危機に陥れんとしたこと。


「バランキル国王としてここに言明する。国内外に害を振りまくような者は国王は不適格であり、その罪の報いは死こそが相応しい。」

「ウンガス王国、王位継承者として異論なきことを表明する。」


 二人が宣言すると、場に沈黙が訪れる。十数秒経って耐えきれないように声を上げたのはネゼキュイア国王だった。


「我が! 我が自らの信じる道を歩んで何が悪い! 貴方(きほう)はそんなに正しいのか⁉」

「そこにある結果を理解できぬ者と話すことなど何一つない。」


 国王の叫びを心底不愉快そうに跳ね除け、ハネシテゼは杖を向けた。

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