548 未来に向けて
傍系王族と話をしてみたが、散々だった。ひたすら言い訳をしてみたり、国王の責任を叫んでみたりと一向に今後どうするかという話にならない。
現在の状況も置かれている立場も把握せずに、よくもまあ言いたい放題言えるものだと思う。
「ケレニーナ、ウェンヴァスキ、ノーマクド。三人で手分けして離れを含めて城にいる者全員を集めてきてください。」
「承知した。」
途中で話を打ち切って、ハネシテゼは三人を指名して役割を与える。その三人を選んだ理由は分かりやすい。ここまでに余計なことを一度も言っていない者を選んだら三人しかいなかっただけだろう。
保身を考えた上でなのか、性格的なものなのかは与えた役割をどう果たすかで見れば良い。そして、残った者たちにはもう用がない。
「話もできない人は、生かしておく意味もありません。」
ハネシテゼの言葉に役立たずたちは揃って顔色を変えた。
「私は子供を奪われた被害者なのですよ!」
「国王の責任を」
やかましく叫ぶ者の後ろから火球が飛んできたりもするが、そんなことで私たちをどうこうできるはずもない。
先に雷光で本人を撃てば、水の玉をぶつけてやるだけで火球は簡単に散る。それを私とハネシテゼの二人でやれば少々過剰になってしまうくらいだ。
喚く者も、攻撃してきた者も倒れ伏す。ずぶ濡れになった一人だけが泣きそう顔を左右に動かすが、落ち着くまで待つ待つのも面倒である。
「あなたはこの国を背負って立つ覚悟はありますか?」
「な、何を仰るのですか。私は傍系王族といっても継承権も何もありません。もっと相応しい者だっていたはずです。」
「王位継承権とか、そんなことは問題ではない。正常な判断ができるかだけが問題なのだ。」
生まれや血筋を気にして引き下がろうとするが、意味のないことを喚く者を止めようとしたところを見ると、救いようのない愚物でもない。心を改めて覚悟を決めるならば合格としても良いと思う。
ウンガス王国も、現在はジョノミディスを王権代行者として政治を行っている。ハネシテゼに至っては男爵家の出自であるし、国を治めるのに生まれの高貴さや正当な血筋などというものは必要ではない。
国益を判断の第一優先とし、国の平和と発展のために力を注ぐ者ならば誰が王となっても良いのだ。もちろん能力が高いに越したことはないのだが、国政を一人全て全部担うなど不可能である以上は、正しく動く組織を作ることが最重要だ。
「わたしとしては、代行でも何でも良いのでさっさと次の王を決めてしまってほしいのです。こんな西の果てまで支配したいとは思いませんから。」
「ハネシテゼ様の仰る通りです。私たちには治める土地、治める国がありますから、この国はあなたたちが頑張ってください。」
この国の文化も風習も知らない以上、私たちがあまり細かいところまで口出ししても上手くいかないだろう。バランキル王国やウンガス王国に有害な者を排除できればそれで良いのだ。
「しかし、私は王位継承者としての教育も受けていないのです。」
「そんなものは文官や騎士と協力していく意思があればどうとでもなります。どうせ、これから冬までは文官も騎士も畑で仕事をすることになるでしょうし。」
魔物退治を頑張らなければこの国に未来はない。他のことは全部横に放りだして職人も商人もすべて動員するくらいしなければならないかもしれないくらいだ。
「待ってください。仰っていることが全く理解できません。」
「細かいことは全員が揃ってから説明する。」
色々と省略しているために伝わっていないようだが、同じことを何度も繰り返すのはとても面倒だ。とりあえずは全員が揃う前から進めていけることから話をしていくとにする。
早めに終わらせたいことの一つに魔力の処理がある。城の瓦礫のところに、穴の底から引き摺り出した魔力が溜まっている。〝守り手〟が去ってしまう前に畑に撒いてしまわないと、一年くらいは瓦礫の片付けもできなくなってしまうだろう。
「どちらに向けるのが良いでしょうね?」
魔力が溜まっているといっても、全方位に撒き散らす量でもない。赤獅子が一度吹き散らせばそれで終わるだろうと思う。
「最も魔物が少ないのは恐らく西側でしょう。」
「では、今すぐに住人を避難させなさい。平民が濃い魔力を浴びると命に関わる。」
面倒なので、何故、という質問には避難しなければ数千から万に近い者たちが死ぬとだけ言っておけば十分だ。兵でも商人でも何でも使って、昼までに城の西側を無人にしておくようにと伝える。
「それと、穴を完全に塞いでしまいましょう。」
「どうすれば良いのですか?」
「炎雷で全て砕きます。想像するに、祭壇はかなり大きな代物なのですよ。」
昨日は五つの怪しい気配を壊したがそれでは足りなかったのはもはや明らかだとハネシテゼは言う。二つの霊玉を粉砕したことで、世界に穴を開ける術は機能を停止したと思われるが、安全のためには残り五つも砕いた方が良いという意見には私も同意だ。
炎雷を壁や床にぶつけるのではなく削るように動かして端から順に粉砕していく。時々、大きな手応えがあるが、恐らく転がっていた瓦礫だろう。
何度か炎雷を穴に放って作業をしていると、何かが弾けたような衝撃が身体を突き抜けていった。
「何だ⁉」
ネゼキュイアの騎士もそれを感じたらしく、衝撃の元を探して視線をあちらこちらに向ける。
「今ので完全に閉じた、と考えて良いのでしょうか? 何匹か来たようですけれど。」
私の炎雷もその魔物に弾かれてしまった。気配の大きさから考えると中型程度と思われるが、魔法が通じない魔物は面倒で仕方がない。
「恐らくはそうだと思いますが、彼らにも聞いてみた方が良さそうですね。」
赤獅子は揃って穴の方を注視している。寝転んだままの者もあるということは、出てきた魔物はそれほどの脅威ではないのだろう。
小さな魔力の塊を放ってやれば、四匹の魔物がそれにつられて穴から這い出てくる。ぬらぬらと光る鱗や巨大な牙などの特徴があるが、最も際立つのは頭部が三つもあることだろう。
「見たことのない魔物ですね。」
「炎雷が弾かれました。魔法の効きは悪いと思います。」
「馬王に蹴られて生きていられるとも思えぬがな。」
私たちの魔法が弾かれても、赤獅子や馬王の攻撃までもは弾けないだろう。そう考えると、魔法でも一つやってみることがある。
左側から灼熱の飛礫を浴びせてやると、鬱陶しそうに身体を捻って頭を尻尾の陰に隠す。やはり、これだけで倒せはしないようだが、これだけで終わりであるはずもない。挟み込むように右側からも灼熱の飛礫を放てば、頭部や腹部に次々と命中する。
「もしかして、頭部が三つもあるのは弱点を増やしているだけなのではありませんか?」
ガァガァと悲鳴のような声を上げる魔物を見ながらハネシテゼが言う。目や口が複数あると便利なこともあるだろうが、魔法で攻撃されることを考えると欠点の方が大きいのではないかと私も思う。
「向こう側では、このような魔法が一般的ではないのかもしれませんね。」
これだけで倒せはしなくとも、慌てふためいて逃げ場を探している様子から、効果があることは分かる。
周囲の状況をもうちょっと把握していれば、そんなことをしていられる余裕はなかったのだと気付いたのだろうが、手遅れが目前に迫っていた。
素早く近寄った赤獅子が前脚でばんっと叩くと、魔物の一匹はそれきり動かなくなった。
さらに、一匹を咥えたかと思ったら宙高く放り上げ、さらにもう一匹を蹴り飛ばし、最後の一匹には尻尾を叩きつける。
吹き飛ばされた魔物は、三頭の赤獅子にまるで玩具のように蹴飛ばされ転がり回る。
辛うじて生きてはいるが、あの様子では生命が尽きるのも時間の問題だろう。
「あの生き物を敵に回したくはないな。」
「守り手と敵対するなんて、愚か者のすることですよ。わたしだってあれには勝てません。」
第三王子がそう言うのも無理はない。目の前で何度も脚が振り下ろされるのを見れば恐怖を感じるのは当然だろう。私もあの巨大な脚が頭上に落ちてくることを想像すると、身が竦む。
彼らに敵対する意図などなくても、間違ってぶつかればこちらは死んでしまう。




