547 王族とは
「ティアリッテ、済みませんがあの離れの前の瓦礫を除けてもらえますか?」
再び穴の底の魔力を引っ張り上げているとハネシテゼから声が掛けられた。ハネシテゼの示している建物は、傍系王族がいると言っていたものだ。
どのような話の流れなのかはよく分からないが、どうせ処刑するならば、面倒なことはしなくても良いのではないかと疑問が浮かぶ。
「建物ごと吹き飛ばしてはいけせんか?」
「幼い子供がいないとも限りません。」
ハネシテゼは子どもに対しては割と甘い。
もちろん、きちんと教育をすることが前提であるが、犯罪者の子であるというだけで一緒に処刑するようなことは好まない。
面倒だとは思うが、ハネシテゼがそう言うのならば仕方がない。穴の底の魔力も大方片付いているし残りの処理を急ぐ必要もないだろうと思う。
離れの建物は本館から何百歩も離れているわけではない。小さな庭を挟んで五十歩程度の距離だろう。本館との間には通路が作られるものだが、崩れた城の瓦礫に埋もれて確認はできない。
城の上層部は一方向に落ちるのではなく、あちこちに散らばるように崩れている。岩の魔物が城の地下から這い出てくるのに、相当に暴れたのだろうと思われる。
おかげで城の庭は広範囲にわたって瓦礫だらけだ。岩の魔物を退治する際に私が吹き飛ばした分もあるのだろうが、比率としては多くはないはずだ。
そんな庭を普通に歩いていくのは難しい。浮遊の魔法を使って飛び跳ねていけば簡単なのだが、それでは建物内にいるはずの傍系王族が出てくることができない。
除けやすそうな小さな瓦礫が多いところを選びつつ、飛礫で瓦礫を砕いたり爆炎で吹き飛ばしたりしながら進む。
数分かけて目標としていた場所に着くと、建物を覆うように積み重なる瓦礫に向けて炎雷を放つ。建物のすぐ近くにまで寄せつつも、間違ってぶつけてしまわないように注意しなければならない。
粉々に砕けた瓦礫は炎の帯と風の魔法で横に吹き飛ばしてやれば、建物の入り口はすぐに姿を現した。その扉が大きく歪んでいるが、これは私の所為ではない。
そんな気はしていたのだが、歪んだ扉は力を込めて押しても軋んだ音を立てるだけで、少しも開こうとしない。
爆炎で吹き飛ばせるだろうが、少々危険に過ぎる。貴族の気配は近くにはないが、気配だけでは下働きの平民の有無までは分からない。
「扉をこじ開ける。近くにいる者は離れていなさい。」
念のために屋内に向かって声をかけてから水の槍をぶつけてみる。一度目は威力を抑えすぎたようで、水は扉に弾かれるだけだった。調整して放った二度目で、扉はけたたましい音を立てて大きく開いた。
周囲は水浸しになってしまっているが、それは諦めるしかない。火を叩きつけて炎上するよりは良いだろう。
「何の騒ぎですの?」
私が正面扉をこじ開けた音は館内全体に響き渡ったのだろう、何人かが階段から降りてくる。
皆、思っていたよりも元気そうだ。閉じ込められていたといってもまだ一日程度で、そう大きな不便もなかったのだろう。
「今後についての話がある。速やかに前庭に集まるよう全員に伝えてくれ。」
「今後について、ですか?」
「この状況で後始末が必要ではないと思うのか? 部屋の中に引き篭もっていても何も進展などせぬだろう。」
傍系王族のとてものんびりした応対に調子が狂ってしまう。彼らにも文官としての役割があると思うのだが、ネゼキュイアでは傍系王族に仕事は与えられないのだろうか。
早くするよう言うと上階へ戻っていき、少しして建物内の全員で階段を降りてきた。
人数は全部で二十二。年齢は私と同程度思われる者から、かなりの高齢と思しき者までいる。それは良いのだが、ハネシテゼが気に掛けていた子どもの姿が一つもない。
仕事の話に幼い子どもを連れていく必要はないと部屋に置いてきたのかとも思ったが、注意深く探ってもそんな気配がない。
「ここに子どもはいないのか?」
「いない。」
不思議に思って聞いただけなのだが、吐き捨てるような言葉だけが返ってきた。
子どもは別の場所、たとえば学院の寮のようなところに入る慣わしでもあるのかと思ったがそんな雰囲気でもない。
病気で失ったなどを考えると、子どもがいない理由については少々聞きづらい。今のところでは、いないという情報だけで十分だ。
「全員、急いで前庭に集まってください。」
同じ言葉を繰り返し、私はさっさと外に出る。彼らも外に出てみれば城の惨状は目に入るだろうし、自分たちの生活そのものにも影響する事態となっていることくらいは理解できるだろう。
ハネシテゼたちのいるところまでは、直線距離では短いのだが、瓦礫の間を縫うように進むと少々時間がかかる。二足鹿ならば簡単に跳び越えて進むだろうが、残念ながらここには人数分の用意がない。
彼らでも進める道があることを示すためにも、私もゆったりと歩く。
「彼らは何をしているのですか?」
ハネシテゼに問われて振り返ってみると、傍系王族の者たちはあちこちを指して何やら叫び声を上げている。
私が事細かに説明してやらなくても、城が崩壊しているのを見れば大変なことになっていると理解できると思っていたのだが、どうやら甘かったらしい。
私が彼らの立場にあったら慌てて駆けつけるのだが、一体どんな神経をしているのか本当に不思議である。
「よく分かりません。国家や一族存亡の危機といえる一大事であることも理解できていないのかもしれません。それと、あちらには子どもはいないそうです。」
「王族に子どもがいないのか?」
第三王子が驚くのも当然だろう。一族存続のために子どもの確保と教育は非常に重要だ。現時点で一人も子どもがいなければ、家系が途絶えてしまいかねない。
「どういうことですか? 流行病でもあったのですか?」
「勇者召喚の生贄に必要だったのだ。」
ぼそり、と国王が低い声で発した言葉を、私は理解できなかった。
「いま、何と言った?」
「わたしには、生贄にした、と聞こえたのですが?」
ハネシテゼと第三王子も表情を固まらせて聞き直す。ネゼキュイア国王が同じ言葉を繰り返しても、どうしても理解できない。
驚くとか呆れるとか、そんなものを通り越してしまう蒙昧さだ。何故、このような判断をする者が国王でいられるのか、本当に不思議でならない。
「ティアリッテ、これを生かしておく必要があると思いますか?」
「今のところは手足を砕くくらいにしておいた方が良いと思います。」
私が言い終わらないうちにハネシテゼは炎の帯でネゼキュイア国王の四肢を撃ち抜いた。控えていた騎士が慌てて前に出てくるも、国王の両手両足はもう二度と動くことはないだろう。
「其方ら、よくも陛下を」
「黙りなさい。あなたたちは、この国を困窮せしめた理由がまだ分からないのでますか?」
「国王が無能なだけならまだしも、それを担ぎ上げるだけで誰も責任を取ろうとしなければ国が傾くのは必然であろう。」
私が聞いていない間にどのような話があったのかは分からないが、ハネシテゼと第三王子の目には侮蔑の色しかない。
それは国王だけではなく取り巻きの者たちにも同様に向けられている。
「何度も言っているだろう! 陛下は常に国のことを一番に考えている」
「こちらこそ何度も言っているであろう。何を一番に考えたらあの有り様になるのだ? 大風や大水などの災害ではないぞ。こんなものは自ら蒔いた種ではないか。」
どんなに誠実な政治をして王として正当な判断をしていたと言い張っても、すぐ傍には国を滅ぼしかねない巨大な魔物の死骸が二つも転がっている。
それを無視して主張されれば、第三王子も頭に血がのぼろうというものだ。
「一体、何を騒いでおられるのかな?」
のんびりとやってきた傍系王族が間の抜けた質問をする。思わず脱力してしまうなか、ハネシテゼが小声で「まとめて処分した方が」と言うのが聞こえてきた。




