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546 処分

「そんな、莫迦(ばか)な」


 ネゼキュイアの騎士は絞り出すような声を出して愕然(がくぜん)と立ち尽くす。国王の方は何とか取り繕っているが、顔のあちこちがぴくぴくと震えているところを見ると動揺しているのは間違いないだろう。


 炎雷の奔流を撃った王子(ヨネドゥマ)に至っては、膝どころか尻までついて声さえ出ない様子だ。


「あの凄まじい攻撃にも傷つかないとは、岩の魔物は本当に恐ろしいのですね。ティアリッテ様はどうして一人であのような化物を倒せるのです?」

「何度か戦った魔物ですからね、倒し方は知っています。それに、今回は運が良かったのですよ。」


 心底関心したように第三王子(スメキニア)が言うが、いつでも一人で岩の魔物を退治できるわけではない。とはいえ、そんなことをネゼキュイアの者たちの前で丁寧に説明してやることはない。


「反撃してくることもない死骸ですら砕けないようでは話になりませんね。そんな程度であの魔物を倒すなど到底不可能ですよ。」


 ハネシテゼの言葉に、ネゼキュイア国王も反論の言葉は出てこない。何をどう言い訳しようとも、結果は一目瞭然なのだ。


「あなたたちの行った儀式は、別世界への穴を空け、向こう側から強力な力を呼び込むものです。恐ろしい魔物まで呼び込んでしまうことは、九千年前の記録を見れば明らかなのですよ。」

「そんな記録、私は知らぬ。」


 呆れた言い訳である。ハネシテゼは知っているのだから、()()()()()のだ。それを知らないのは、知ろうとしなかったからでしかない。


「ハネシテゼ様、私からも一つ聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「一つだけですよ。」

「ネゼキュイア国王、前回、勇者とやらの呼び出しに成功したのは何年前ですか?」

「良い質問ですね、ティアリッテ。」


 笑顔で言うハネシテゼとは対照的に、ネゼキュイア国王の表情は苦しそうに歪む。回答はないが、おそらくそんな例は無いのだろう。



 しばらくの沈黙の後、国王が口を開く。


「正確な数字は分からぬが、少なくとも四千年以上前だ。」


 絞り出すように言う様子を見れば、私の質問の意図は理解しているのだろう。


 大した危険もなく便利な力を呼び込めるならば、何度も実行しているはずだ。生贄が必要という点も、罪人を使うなどの方法を試した記録くらいあるだろう。


 それらの記録が全くないというのは甚だ不自然であると、もっと早くに気付くべきだ。


「それだけ聞ければ私は十分です。ハネシテゼ様、私は穴の処理をしていますね。」


 愚か者たちへの糾弾と処罰はハネシテゼと第三王子(スメキニア)に任せておけば良い。裁定に関して私が口出しをするのは出過ぎというものだ。


 数歩下がって、魔力の塊を穴の底に放り込む。一晩で溜まっている魔力は意外と多い。王子(ヨネドゥマ)やそれに仕える騎士は問題なく耐えられたようだが、戦いの際に撒いてる魔力より遥かに濃い。


 穴の底で自分の魔力を広げ、周囲の魔力を絡め取るように引っ張り上げる。一度や二度で済む作業ではなく、一人でやっていれば数時間はかかる。



 三度目の魔力を引っ張り上げると、いつの間にやってきたのか、赤獅子(ウィアネメ)が魔力を瓦礫に向けて吹き飛ばした。


 作業が楽になるのは良いのだが、問題は赤獅子(ウィアネメ)の接近に全く気付かなかったことだ。いくら何でも目の前だけに集中しすぎだろう。


 横を確認してみるとハネシテゼの話は一段落したのか、第三王子(スメキニア)が賠償の要求などしている。かなり強めに言っているが、ネゼキュイア側は苦い顔をしながらも黙って聞いているだけだ。


 私が威圧する必要はないなと思ったが、〝守り手〟たちがここにいればそれで十分なのかもしれない。

 残念なことに、ネゼキュイア国王やその配下の者たちには〝守り手〟を敵視している。


 巨大な獣は人同士の争いに関しては基本的に無関心であり、必ずしも私やハネシテゼの味方というわけでもないのだが、そんなことには気付いてもいないようだ。


 少しの間、ネゼキュイア国王や騎士たちを観察していたが、特に武器を取って襲いかかるような雰囲気もない。

 唯一、闘争心を剥き出しに歯を食い縛り目を尖らせているのが王子(ヨネドゥマ)だが、こちらは先ほどの一撃で魔力も体力も底を突いているのだろう、自分から動く様子はない。


 私が特に心配する必要も無いだろう。

 退屈そうに寝転ぶ赤獅子(ウィアネメ)の肩に腰掛けて作業を再開する。


 繰り返し穴の底から魔力を引き摺り出してていると、突然、「ふざけるな!」と大声が上がった。何があったのか分からないが、即座に声のした方に杖を向ける。


 しかし、ハネシテゼの方が早かった。私が動いた時には既に雷光が騎士の一人を撃っていた。


「ネゼキュイア王族は滅びるべきでしょう。この期に及んで自らの罪を認めることができない者が、どうやって国を統治するのですか。」

「今まで何の問題もなく統治してきている。力で人を黙らせる貴様の方が、よほど王には相応しくない!」


 一体、どんな話の流れかと思えば、ネゼキュイア王族処刑についてのことのようだ。

 なんと浅はかな反論かと思うのだが、本当に彼らは自分の立場を分かっていないようだ。


「城が半壊するような事態になっているが、それを問題ないと言える神経が全く理解できぬ。それに、我が国に侵略してきた其方(そなた)らは、既に罪人である。」


 あまりにも的外れな言い分に、第三王子(スメキニア)も呆れ果てたように言う。目の前の状況すら見えないのに、統治能力があるなどと言われても誰も納得なんてするはずがない。


 貴族も民も一丸となって魔物を退治していかなければ国の存続自体が危ういというのに、魔物を呼び出し国の危機を一段と強めている。


 判断能力も権限もない幼い子どもならばともかく、反省の色もない成人王族や上級貴族など、無能もいいところだろう。


「ネゼキュイア国王、それに王子。あなたたちにとって最も大切なのは何ですか? 自分の生命ですか? それともこの土地この国ですか?」

「国に決まっておろう」「自分の命以上に大切なものなどあるか!」


 驚いたことに、国王と王子で意見が割れた。


 もしかして、この王子は継承権がかなり低いのだろうか。一瞬だけそう思ったが、傍系王族であっても自分の命を優先するなどと言えば排除されるものだろう。


「なるほど。話が噛み合わないわけですね。そこの騎士、国を危機に陥れようとする国賊を討つ権利を与えます。」


 ハネシテゼに指された騎士は言葉も出ないほど狼狽えるが、王子(ヨネドゥマ)の方は逆上して立ち上がる。


「誰が国賊だ! 魔王が偉そうに王を語るな!」

「どう考えても、この者は国を治める器にないでしょう。」


 心底面倒臭そうに言うハネシテゼは、もう王子(ヨネドゥマ)のことは見ていない。注目する点は騎士たちがこの王子にどう対応するのかになっているのだろう。


 そんなことにも気付いていないのか王子の方は「この不埒者を討ち取れ」などと叫んでいるが、それに従おうとする騎士は一人もいない。


 王子一人だけが喧しく喚いていたが、それも雷光が奔るまでの僅かな時間だけだった。


 地べたに倒れる王子はぴくりとも動かない。


 周囲の騎士たちは何が起きたのかも分からないような表情で硬直するが、これが雷光の特性だ。


「話にならぬ者を相手にするつもりはない。」


 第三王子(スメキニア)が静かに言う。ハネシテゼを立てるように行動しているが、彼も王となるための教育を受けている。


 あまりにも見苦しい振る舞いをするヨネドゥマは、王族としての価値がないと見限ったのだろう。そうなれば、即刻処刑となるのは当然のことと言える。


 ハネシテゼや第三王子(スメキニア)が辛抱強くネゼキュイア王族の話を聞いているのは、面倒な手間を最小にしたいからだ。


 私たちにとって最悪なのは、ネゼキュイアが魔物満ち溢れる土地になってしまうことだ。巨大な魔物が徘徊するようになれば、ウンガス王国としては恐ろしい脅威とって言える。


 そうならないようにするため、少々強引でも不要なものは排除することで、この国が正常に存続できれば良いと思っている。


 無能な王子など生かしておく価値がない。足を引っ張られる前に処分してしまった方が良いだろう。

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