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544 王子

 騎士たちに「真実の証明を」と迫られれば、ネゼキュイア国王や王子も渋面を作りながらも穴に向かって移動する。


 昨日の岩の魔物や赤空龍との戦いを見たからか、あるいはモディノゴムから説明なのだろうか、騎士たちは私たちに敵対的態度を取ることを明らかに避けている。


 王子がどんなに息巻いて「敵が目の前にいるのだぞ」と怒鳴りつけても、決して武器を私たちに向けることはしない。


「騎士たちのは物分かりが良くて助かるのですけど、文官は何がそんなに気に入らないのでしょう?」

「恐らく現実が見えておらず、空想の中に住んでいるのだと思いますよ。少なくとも私は彼らの姿を昨日見た記憶がありません。」


 城が半壊する事態となっているのに逃げ隠れる選択をする愚かさには軽蔑の念しかない。命を賭すべき国の一大事と分からないのだろうか。


 自国の問題なのに解決しようともしないのだから、もはや言葉もない。


 昨日の穴のところまで行くと、騎士二人がすぐ傍に立っていた。国王や王子が来るから事前に待機していたという感じではない。恐らく、一晩中この穴を監視していたのだろう。


 考えてみれば当然のことだ。魔物が出てきた穴に見張りも付けずに放置するなどあり得ないだろう。



 そして、もう一つ気になることがある。


「ハネシテゼ様、一応の処置はしたのですよね?」

「どうやら不十分だったようですね。」


 穴の底に溜まる魔力の気配から察するに、穴を完全に閉じるには至っていないのではないかと思われる。昨日、私の意識がまだあった頃よりも多くなっているのだ、これで問題ないと判断することはできない。


「この穴の中に何があると思いますか? 自分の城なのですから、当然、想像はついているでしょう?」

「周囲は瓦礫ばかりなのに分かるはずがなかろう!」


 王子の方は無駄に威勢がいいが、国王の方は難しい顔で黙ったまま右に左に視線を向ける。


「国王、勇者とやらを呼び出したのはこの下で合っているか?」

「断言はできぬが、大まかに言えばこの辺りであることは確かだ。我が城とはいえ、ここまで破壊されてしまっては正確には分からぬ。」


 力はないが、よく通る声だ。ネゼキュイア国王は私たちと穴の入り口を見比べ、最後に王子に視線を向ける。


「ヨネドゥマ、穴の中を確認してきてくれ。勇者召喚した間ならば霊玉があるはずだ。」

「な⁉  父上、これは魔王の罠です!」

「それでも、ネゼキュイアの王城だ。城の確認は王族がせねばならぬ。」


 意外なことに、この国王は常識的な判断ができるらしい。支えなしで歩くこともできない国王よりも、元気に歩いている王子の方が適任というのも間違いないだろう。


 危険な任務を任された王子は不服を口にするが、国家の危機であることが本当に分からないのだろうか。四の五の言っているうちに、また岩の魔物などが出てきたらどうするつもりなのだろう? 


「早くしてください。そんなにまとめて滅ぼされたいですか?」


 ハネシテゼは、いつまでもグダグダと決断しない者が大嫌いだ。待つ時間の長さではない。一秒も待つ価値などないと判断したら、即時にその障害を取り除く。私が苛立っているのに黙って待っているはずもない。


「お待ちを! お待ちを!」


 杖を握るハネシテゼに、慌てて叫ぶのはモディノゴムだ。左右を騎士に支えられながら穴の入り口に近づき、王子に「早く中へ」と強めに促す。


 それでも言い訳ばかりして動こうとしない王子はこの場で処分してしまいたくなる。後の処理を考えるとあまり今はやりたくないのだが、いつまでも愚図られても困る。


 処分してしまった後のことを考え、情報は集めておいた方が良いだろう。


「他に王族はいないのですか? この一大事に、他の方はどこで何を?」


 王子は成人した一人しかいないのも考えづらいし、傍系王族ならば十や二十いても不思議ではない。ネゼキュイアでは王族の制度が違うだろうことを差し引いても、数人はいるはずだ。


「あれが傍系王族用の離れだ。」


 国王の指す先にある建物は、大小の傷が無数にあり壁は所々壊れかけていた。とはいえ、建物としての体は保てており、中の被害はそれほどでもないのだろう。


 問題は建物の前に(うずたか)く積み上がった瓦礫の山だ。もしかすると、入り口が塞がって決まっているのだろうか。


 その建物の中に十数人いることは気配で分かる。それが本当に王族なのかは分からないが、誰も住んでいない資料館の類ではないことは間違いない。


 生きているならば壁を破ってでも出てこれば、と思ったがそこまで器用に魔法を扱える者がいないのだろう。間違って建物ごと破壊してしまったら、中にいる者は全滅してしまう。


「どういたしましょう?」

「殺してしまわないよう、穴の中に追い込むことはできますか?」


 ハネシテゼに小声で聞いてみると、困ったように質問で返された。殺してしまうのは簡単だが、できるだけ怪我をさせないように撃つのは難易度が高い。


 やるならば、炎の槍を当たらないように撃つか、爆炎で追いやるか。その前に、もっと簡単な方法を試してみる。


 杖を振ると、小さな水の玉が王子の頭を横から叩く。


「誰だ! この僕に何をする⁉」


 喚き散らすが一々取りあってやるつもりはない。さらに二十ほどの水の玉を集中的に王子の頭にぶつけてやる。


「ほう。これなら確かに死にはしませんね。」

「顔に正面からぶつけてしまうと、水が気道に入って窒息してしまうので注意が必要です。」


 当たりどころが悪ければ命に関わることになるのだが、拳大の水の玉では威力があまりにも小さい。腕で頭を覆ってしまえば簡単に防げてしまう。


 もっとも、私の狙いはそれなのだ。腕が上がり、がら空きになった胴に向けて一抱えほどの大きさの水の玉をぶつけてやる。


「うぐぉっ!」


 呻き声をあげて数歩よろける。その足を狙って水の玉をぶつけていくと、王子は転げるようにして穴の中に入っていった。

 すかさずネゼキュイア国王が騎士に指示を出すと四人の騎士が走っていき、王子の喚き声は穴の底に消えていった。


「本当に器用ですね、ティアリッテは。」

「ハネシテゼ様だって、やろうと思えばできるでしょう?」

「威力の調整は難しくありませんか? 強くする方は得意なのですけれど。」


 肩をすくめて言うが、大量の雷光を自在に操ることのできるハネシテゼに私と同じことができないはずがない。恐らく苦手なのは技術的なことでななく、性格的なことなのだと思う。


 王子が戻るまで、そこらの瓦礫に腰掛けて待つ。昨日、倒れたことが頭に過ぎるが、首を動かさなければ問題ない。


 ネゼキュイア国王も少し離れたところに腰を下ろす。私たちの近くでは落ち着けないというのは分からなくもないが、できるだけ頑張って処罰を軽くしようとも思わないのだろうか。


 あるいは、自分や家族が処刑されることはないと高を(くく)っているのか。まだ穴の処理が完了していない中で暴れられたり逃げられると面倒なので処刑の話などもしていないが、なぜそんなに余裕たっぷりでいられるのか不思議でならない。


 が、ふと大事なことを忘れているような気がするので念のため確認してみる。


第三王子(スメキニア)殿下。殿下はネゼキュイア国王に名乗っていらしゃいましたか?」

「そういえば……」

「国王には名乗っていないような気がするな。」


 なるほど。


 ウンガスの王子がここに来ていると認識していないとするならば、あの態度はまだ理解できる。ウンガスとネゼキュイアの戦争に対して、バランキル国王が断罪を申し渡すなど筋違いも甚だしい。


 つまり、地下には何もなかったと王子が言えば、ハネシテゼが酷い言いがかりをつけているだけということになる。


 実際には、それとは無関係に第三王子(スメキニア)はウンガスの正当な王位継承者として、侵略者に対して裁きを下すことができる。


 恐らく、一部の貴族が勝手にやったなどと言い逃れをするだろうが、そんなのは全く無意味だ。国王は既に、勇者を呼び出したことは認めているのだ。何も関わっていない、知らないなどという子供じみた言い訳など認められるはずがない。

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