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540 勝利

 爆炎と炎雷を交互に十数発も叩きつけてやれば、岩の魔物は大きく体勢を崩した。

 傷口を広げ深く抉ってやれば、体機能に影響が出てくるのは当然だ。前足を一本動かせなくなれば、巨大な身体を支えるのも大変なのだろう。


 何とか再び立ち上がるが、その場で向きを変えることも難しいのか、しきりに耳障りな声で吠えながら尻尾を振り回す。


 尻尾で弾き飛ばされた瓦礫は恐ろしい速度でそこらに散らばるが、上空に陣取っている私のところに飛んでくる様子はまるでない。


 逃げることもできないならば、今度は腹の下に火球を次々に放り込んでやる。地面と魔物の腹の間の狭い空間では炎の熱が逃げづらい。火柱や火炎旋風などの消耗の激しい魔法など使う必要はないだろう。


 最後に水の槍を叩き込んでやれば、再び激しい爆発が起きる。


 凄まじい爆発は、岩の魔物の身体を浮かせ、ひっくり返すほどのものだった。咆哮を上げながら足や尻尾をバタバタと動かしているが、簡単に起き上がれそうにはない

「呆れた生命力ですね。あれでまだ生きているのですか。」


 ハネシテゼがそう言うのも無理もない。腹部にできた傷は、先ほどのものよりも大きい。露出した肉から体液が流れ出ているのだから、確実に効果があるはずだ。


 そこに向けて雷光を何発か放ってみても、岩の魔物の動きは止まりはしない。


「本当にしつこいですね。雷光も何発撃っているか分かりませんよ。ここまで耐えられるとは思いませんでした。」


 鱗や殻で魔法を弾いてしまう魔物は今までにいくつか見てきたが、傷口を狙えば大概はそれで終わる。それでも二、三発を耐える大型の魔物もあるが、十数もの雷光を浴びながら動き続けるのは岩の魔物だけだ。


 とはいえ、効果が全くないわけではない。雷光に込める魔力を上げていけば大きく仰反るような反応をしたりもする。


「もっと力一杯撃ってしまってください。」

「大丈夫でしょうか?」


 私が気にするのは〝守り手〟たちだ。雷光を力一杯撃てば、音と光も凄まじいことになる。


「何度か強めに撃ってやれば大丈夫かと思います。」


 言われたように目が眩むほどではない程度に撃つと、〝守り手〟は少し距離を取った。さらに強くしても動かないようだし、きっと大丈夫だろう。


「では、いきますよ。」

「どうぞ。」


 火炎旋風並みに魔力を注いだ雷光を放てば、目を閉じていてすら目の前が真っ白に染まる。全身に叩きつけられる轟音に眩暈すら覚えるが、それをさらに三度繰り返す。


「ハネシテゼさま、だいじょうぶですか?」


 問いかけてみるが、自分の声が聞こえてない。ハネシテゼも何か言っているようだが、耳が全然働かず何を言っているのか全然分からない。


 岩の魔物の方は、足の動きは止まっているが尻尾の先はまだ動いている。いや、よく見れば足もゆっくりと動いているようだ。


 これでもまだ生きていることに呆れてしまうが、もう終わりだ。


 大きく口を開けて苦鳴を漏らしているが、それが命取りなのだ。炎雷を放ってやれば、今度は口の中に飛び込んでいった。



「本当に死んでいるのですか?」

「気配としては死んでいますね。」


 岩の魔物の前に降りると、赤獅子(ウィアネメ)馬王(ゼノメ)も集まってくる。爪で引っ掻いたり蹴飛ばしたりしているが、岩の魔物の反応はない。


「一度休みたいところでしょうけれど、次の仕事を急がねばなりません。そこの瓦礫をみんなで除けますよ。みなさん、一度降りてください。」


 岩の魔物が出てきたはずの〝穴〟は瓦礫の下に埋まっている。どうにかして穴を塞ぐ必要があるのだが、まず〝穴〟とは何なのかを知る必要がある。


 第三王子(スメキニア)と騎士も参加して爆炎を並べて瓦礫を除けていると、〝守り手〟たちも意図を察してくれたようで瓦礫の除去に協力してくれる。


 赤獅子(ウィアネメ)が前足で瓦礫を掘っていき、馬王(ゼノメ)が後ろ足でまとめて吹き飛ばす。


 大小の瓦礫がとんでもない勢いで飛んでいくが、あんなのに人間に直撃したら怪我では済まないだろうと思う。

 ネゼキュイアの騎士と思しき者たちが遠巻きに見て近寄ってこないのは、飛んでくる瓦礫が危険なためだろう。


「ティアリッテ様、何やら大きな穴がありますが、あれのことでしょうか?」


 二分ほど作業していると、赤獅子(ウィアネメ)が掘った跡を指して騎士の一人が言う。行ってみれば、かなり大きな穴が地の底に向かって伸びていた。瓦礫で半分埋まっているが、岩の魔物が通ることができそうな大きさだ。


「この穴が異界に通じているのですか?」

「これで間違いないでしょうけれど、これはただの穴です。異界への穴はこれの底にあるのでしょう。」


 穴の底に穴があると言われてもよく分からないが、穴の奥に強い魔力が溜まっているのは分かる。恐らく、それが異界への穴に関連するのではないかと思う。


 魔力の気配から察するに、底までの距離は百四十歩程度だろう。地上での距離ならば大したことではないが、急勾配で足場も悪い穴に入っていく気はしない。


 いつまた魔物が出てくるかも分からないし、何より岩の魔物が無理やり通ってきて崩れかけているのが大問題だ。誰だって瓦礫に埋もれて死にたくはない。


「ティアリッテ、あの魔力を引き摺り出すことはできますか?」

「やってみなければ分かりませんね。」


 とりあえず小さな魔力の塊を穴の中に放り込んでみる。ハネシテゼも同時に魔力を投げ、赤い光が二つ並んで穴の奥へ進んでいく。


「あ。」

「魔物ですね。やはりいるようです。」


 穴の底で(うごめ)く魔力の中に違和感があったが、魔力の塊に飛びついてきたことで明確になった。即座に雷光を放つが、効果がなかったのか魔物は穴を登ってくる。


「また雷光が効かない魔物ですか。」


 うんざりしてしまうが、爆炎で迎撃するわけにもいかない。それでもし穴が崩れてしまったら、異界への穴を塞ぐことが困難になってしまう。小さな魔物は出てこれなくても、放っておけば二匹目、三匹目の岩の魔物が出てきてしまうかもしれない。


 穴の入り口から少し離れて待っていれば、魔物の姿が段々とあらわになる。


「黒鬼ですね。魔法は効きづらいですが、飛礫で傷を与えれば雷光も通用します。」

「黒鬼というとブェレンザッハの山奥で見た魔物でしたか?」

其方(そなた)ら! そこの化物は其方らの仕業か⁉」


 穴にばかり意識が向いていたが、近づいてきていたのは魔物だけではなかった。飛礫が止んだことで背後からネゼキュイアの騎士たちも近づいてきていた。


「これはちょうど良いところに!」


 相手をするのも面倒だと思っていたら、ハネシテゼは喜んで手招きをし、地下から魔物が溢れてきているから退治しろと笑顔で要求する。


「なんだあれは⁉」

「見たことのない魔物だぞ! 一体何処から湧いて出たのだ⁉」


 騎士たちは口々に疑問を吐き出すが、魔物が向かってきたらそれを無視することもできない。


「撃て!」


 隊長の指揮のもとに一斉に水の槍が撃たれるが、それでは傷つけることはできない。水の勢いで押し返すことはできるが、時間稼ぎの効果しかない。むしろ、撃たれて怒った黒鬼が走ってくる結果となっているのだから、状況は悪化したとも言える。


「もっと強力な攻撃をしなければ倒せないようですよ?」

「黙って見ていないで、其方たちも協力せんか!」

「良いのですか? 正式な依頼と受け取りますよ?」


 私たちは名乗りはしていないが、見た目の違いでネゼキュイアの貴族ではないことは分かるはずだ。それでも依頼してくるならば、今後の話し合いにも大きく影響してくるだろう。


 ハネシテゼの念押しに「早くしてくれ」という返事があり、私は杖を振って灼熱の飛礫で黒鬼を次々に叩いていく。


 さらにハネシテゼが雷光を大量に撒き散らせばそれで終わりだ。あっという間に魔物がぴくりとも動かなくなる。


「モディノゴム。彼らの相手はあなたに任せます。」

「承知した。」


 今は私たちがネゼキュイアの騎士の相手をしている場合でもない。のんびりとしていれば次の魔物が出てきてしまうのは明らかなのだ。

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