539 巨獣退治
「道を開けなさい!」
大声で叫びながら通りを突き進む。いや、馬王が走っているのは道だけではない。道が王城から逸れた方向へ曲がっていこうものならば、建物を踏み越えていきもする。
振り返って見てみると、踏まれた建物が半壊していたりするがその犠牲に関しては諦めるしかないだろう。
ここまで近づけば、王城を半壊させたのが岩の魔物であることは私にも分かる。魔力の気配を感じ取るにはまだ距離があるが、城壁の上から巨体の一部が見えているのだから間違いない。
どういう理由がは分からないが、岩の魔物は王城から動こうとしない。街に被害が出ていないのはそのためだが、いつまでも状況が変わらない保証など何もない。
少々の犠牲には目を瞑って先を急いだ方が良いと判断される場面だ。
それに、私が何を言っても馬王の足は止まらないだろう。道を行くにしても、人を蹴飛ばしてしまうことを避けきれないならば、最短で進むのが犠牲を最小にする方法ともいえる。
街を一部壊しながら突き進んでいると、後ろから赤獅子も追いついてくる。広い場所での最高速度では馬王の方が上でも、街を走れば赤獅子に分があるようだ。
「その道を右です!」
大通りに出たところで馬王に方向の指示を出す。言葉だけではなく火球を放り投げてやれば意図は伝わったようで、進行方向を大きく変える。今まで通った道とは作りも大きさも違う。道が曲がっていることを考慮しても、城の正門から伸びている道だと思われる。
非常事態ともいえるときに、そこにいる人々の数が多すぎることが疑問だが、それを気にするのは後だ。爆炎を連続で鳴らし、道を開けるよう叫びながら走っていく。
大きく左に曲がる道を走っていくと、左右の建物が離れていく。バランキルやウンガスでもそうだが、城門の近くは広い庭のある貴族の邸宅が並んでいるためだ。
「門は通れません。少し横から行きますよ。」
指示を出すと、馬王は軽く跳ねて塀を越えて邸宅の庭を走っていく。
道をまっすぐ行って正門を破壊してしまっても良いのだが、復旧を考えると城壁の方が楽なはずだ。何より、門を守る騎士が邪魔なのだ。門を破壊すれば彼らの命もないだろう。
今さら、ネゼキュイアの騎士に情けをかけるつもりはない。
すでに城が攻撃されて半壊しているのに、全戦力をもって魔物退治に当たろうともしない無能な騎士の命など知ったことではない。
ただ、ここで騎士を攻撃したことで魔物退治の邪魔をされるのは困るのだ。
炎雷で城壁を粉砕すると、岩の魔物の姿が目に入る。
だが、思っていたのと少し様子が違う。崩れた城の瓦礫に埋もれ、前脚を動かしつつも出てくるのに苦労しているようだった。
いや、驚き呆けている場合ではない。これは絶好ともいえる機会だ。
「足止めが容易にできるならば、ティアリッテ一人で仕留められますね。」
ハネシテゼの指示も無茶ではない。岩の魔物が本当に動かないならば不可能ではない。
「足止めはお願いしますよ? 動かれては手に負えません。」
「もちろんです。這い出てくるほうが早かった時は全員でやりましょう。退避の合図は爆炎三連でお願いしますね。」
そう言うならば、やってみるだけだ。
馬王の背を蹴って宙に浮かび上がると、火球を岩の魔物の周囲に大量に放っていく。
もちろん、そんなもので岩の魔物を傷つけることなど不可能だ。何百、何千と撃ったところで、岩の魔物の動きを止めることは叶わないだろう。それでも撃ち続けるのは、周辺を熱しておくためだ。ついでに、注意を引きつけることができれば効果としては十分だ。
瓦礫を飛び跳ねて進み崩れかけたバルコニーの上に立てば、岩の魔物の攻撃は届かない。地面にいれば脚で周囲の瓦礫を弾いて飛ばしてくるが、魔物より高い位置に陣取ってしまえば大した問題ではなくなる。
無数の火球に加え火柱で囲み、さらに灼熱の飛礫を立て続けに放っていく。その間に馬王と赤獅子は岩の魔物を大きく取り囲むように並んでいる。
そのすべてが一斉に威嚇を開始すると、わたしまで震えあがってしまうほど恐ろしい。巨大な牙を剥き出しにし、前脚を高く持ち上げて落とす彼らの視線の先は岩の魔物のはずだが、位置関係からすると私に向いていると感じてしまう。
〝守り手〟の威嚇に対して岩の魔物も黙っているわけがない。耳障りな声を上げて返すが、そのために大きな口を開けるのは都合が良すぎて笑ってしまう。
岩の魔物の死骸処理の際に色々試した結果から、口の中に炎雷を放り込めば効果があるのは分かっているのだ。頑強な岩の殻にはほとんどの攻撃が通じないが、殻がない部分はそれほど強固でもない。
とはいえ、その一撃で倒せるならば苦労はしない。慌てて口を閉じられれば、炎雷の半分以上は外の殻に弾かれてしまう。おそらく、もう二度と口を開いてはくれないだろうが、攻撃手段を一つ失わせた効果は小さくはないはずだ。
岩の魔物が反撃に出るためには瓦礫の下から這い出てくる必要があるのだが、それを待ってやるつもりは毛頭ない。火炎旋風で包み込み、さらに炎の奔流を何度も叩き込む。
それでも動きが鈍る様子がないのが恐ろしいのだが、周囲の様子からそろそろ頃合いと思われる。赤熱した瓦礫が炎の下で赤や黄に染まり形を変えている。火炎旋風をさらに追加で放ち、火球を放り込みつつ隠れる場所を探す。
ちょうど良さそうなのは、騎士宿舎と思しき建物だ。
「撤退!」
叫んで爆炎を二つ空に放り投げる。そして、三つめは私のすぐ脇で炸裂させる。
こんな乱暴な方法は採りたくはないのだが、私が空を移動するうえで最速なのがこれなのだから仕方がない。同時に、両足であらんかぎりの魔力を籠めて水の玉を打ち出す。
足での魔法は未だに精度もめちゃくちゃだが、岩の魔物くらい大きければ狙いを外すなんてこともない。
横目で見ると、馬王も赤獅子も魔物に背を向けて駆けだしていた。私が騎士宿舎の陰に隠れるころには城壁を飛び越えているし、あちらは問題ないだろう。
それから一呼吸の間もなく、地を揺るがす轟音が辺りを包み込んだ。
凄まじい爆風とともに大小の瓦礫が周囲の建物を破壊してく。もしかしたら、これで王宮が全壊してしまうのではないかと思ってしまうが、実際は私の隠れる建物を全壊させるにも至っていない。
それでも周辺への被害が全く無いはずがなく、爆風が収まればあちらこちらから悲鳴や怒号が聞こえてくる。ネゼキュイアの騎士や王族には何一つ通知していないのだから、彼らも何が起きているのかも分からないのだろう。少し哀れに思うが、今はそちらを気にしている場合ではない。
瓦礫に埋もれる城の庭を飛び跳ねながら岩の魔物へと近づく。これだけの爆発を受けながらも岩の魔物は死んでいない。むしろ、爆発によって埋もれていた下半身が露出し、動きの自由度が増しているくらいだ。
それでも、ハネシテゼや〝守り手〟に助力を求めるにはまだ早い。前足の付け根あたりの殻が砕け、歪な亀裂が見て取れるのだ。
岩の魔物の体躯の大きさからすると、大した傷ではないのかもしれない。しかし、私にとってそんなことは問題ではない。深く深く致命に達するまで傷に攻撃を重ね続けるだけだ。
全力で駆けていき、炎と水、そして炎雷を立て続けに放つ。
殻の破片が吹き飛びその内の肉が露出すれば、そこへ雷光を叩き込む。
ほとんどの魔物を一撃で絶命させる雷光だが、岩の魔物は大きく体を震わせただけで動きを止にすら至らない。耐える力があるのか、単に体が大きすぎて全身に届いていないためかは分からない。
しかし、反応を見る限りでは効いていないわけではないはずだ。
二度、三度と炎雷と雷光を重ねて放てば、岩の魔物も我慢ならなくなったのか大きな叫びを上げる。
そんなものに今さら怯え震える私ではない。口の中にも炎雷を放り込んでやるだけだ。
岩の魔物は吠えて暴れ、ついには瓦礫の下から完全に這い出てくるが、それも少し遅い。
高く跳び、宙に浮かんだ私に対して岩の魔物は攻撃手段がない。尻尾を振り回して瓦礫を弾いてみても、私のところに飛んでくるものは一つもない。
一方的に炎雷を投げ落としていれば、岩の魔物はどんどん弱っていく。
「あと一息ですね。自分で空を翔けられれば完璧ですよ。」
私が空から炎雷を放つには、姿勢制御を放棄しなければならない。横向きどころか上下逆さまになり、しまいにはくるくると回り始めてしまうのを無視していると、苦笑いのハネシテゼに支えられた。




