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536 最後の撤退呼びかけ

 ウンガスとネゼキュイアの騎士が争っているところに到着すると、北東側に陣取っていた部隊からいくつもの火球や水の玉が飛んできた。


 そんなものは赤獅子(ウィアネメ)馬王(ゼノメ)には通用するはずもないのだが、飛んできた魔法は爆炎で吹き飛ばしてやる。


 数十程度の攻撃など私とハネシテゼが前に出れば全て叩き潰してしまえるし、さらに奥に爆炎を壁のように並べてやれば、敵は距離を取らざるを得なくなる。


 事前にモディノゴムから行動指針については聞いていたのだが、ネゼキュイアの騎士がこの場面で本当に大型の〝守り手〟と敵対するようなことをするのは心底意外である。


 友好的な関係を作れると知らなくても、戦いの最中に敵を増やすのはどう考えても悪手だろう。通りすがりの獣ならば、中間に火柱を並べるなどして牽制しておけば十分なはずだ。


 当たり前のことだが、明らかに攻撃を向けられれば、赤獅子(ウィアネメ)馬王(ゼノメ)も相応の態度を取る。前足で大きく地面を踏み鳴らし、咆哮(ほうこう)を上げれば両軍の動きがぴたりと止まってしまうほどの恐ろしい迫力だ。


「私はウンガス第三王子スメキニア。メレレシアおよびムスシクの騎士は獣の後ろに下がるが良い。」


 戦いの騒ぎが一度静かになったところで、第三王子(スメキニア)が大声で指示を出す。それで即座にとはいかないものの、数秒後に指揮者と思われる号令が上がり、南東側に位置していた部隊が一斉に動きだした。


 二百人ほどが流れていくのと入れ替わるように二足鹿(ヴェイツ)が前に出ていく。ネゼキュイアからもその動きが見えているのか、あるいは赤獅子(ウィアネメ)の動きを警戒してなのか、目立った動きはしていない。


 ネゼキュイアの注意がモディノゴムと後退するウンガス軍に向いている間に、私ははそっと赤獅子(ウィアネメ)の背から離れる。


 両手を使えば浮遊と姿勢の制御は何とかなる。その状態で単に移動するだけならば、風の魔法を使えば良いことに思い至ったのだ。この方法では速度を出すことはできないうえに思い通りに動き回ることは難しいが、ハネシテゼとは別に空で行動できる利点はとても大きい。


 加速の魔法を使うことができれば良いのだが、三つの魔法を精度よく使うことはまだできない。やってみたところ、風の魔法で吹かれて進むのであれば少々雑でも大した問題ではないことは分かった。



 空中をふわふわと進んでいるうちに、モディノゴムからの呼びかけが始まる。ネゼキュイアの上級騎士である彼としては一人でも多く無事に故郷に帰ってほしいようで、説得する機会を与えてほしいと懇願されていた。


 相手の数が少ないならば蹴散らしてしまった方が早いような気もするのだが、少なくとも時間稼ぎの役には立つだろうと認めることになった。現地の騎士との連携を考えると、互いの状況確認ができる時間はあった方が良い。


 ネゼキュイア軍の上にまで進んでいくと、位置を調整して眼下に火柱を次々と並べていく。ハネシテゼも同時に動き、ネゼキュイア軍の左右を挟むように炎が並ぶ。

 ざわめきが上がる者たちの上で、姿勢を崩して天と地が逆になったりもするがそれは些細(ささい)な問題だ。火柱を並べ終えれば姿勢制御に力を使える。


其方(そなた)らにはこの炎も何処から放たれたのかも分からないであろう。それでどうやって戦うつもりなのだ! 力を合わせれば打ち倒せるなど、酷い思い上がりであったことを理解するのだ!」


 モディノゴムが必死に声を上げればネゼキュイア軍も動揺する。上に目を向ければ簡単に見つかってしまうだろうが、空から攻撃されるなど普通は考えつきもしない。


「退いてどうするのだ! 座して滅びるのを待てというのか? 我々は皆、死ぬ覚悟でここまで来ているのだ!」

「ウンガス王もバランキル王も寛大だ。今すぐに退けば国を滅ぼしはしないことは約束してくださった。逆なのだ。退けば我々も家族も助かる。戦えば全てが滅びる!」


 モディノゴムにはネゼキュイアの王族は廃せねばならないと伝えているが、貴族すべてを処刑するようなことはしないとも言ってある。土地を効率よく治めるには貴族の力があった方が良い方が間違いないのだ。


 だからといってネゼキュイアに行きたいなどという貴族はウンガスにもバランキルにもいないだろう。現地の貴族に頑張ってもらうしかない。


 その後も何度か問答を繰り返していたが、ネゼキュイアが撤退を決めたのはハネシテゼが巨大な水の玉を敵陣の真ん中に落としたからだった。

 それによって十数人が馬から落ちはしたが、死ぬほどの怪我をした者はないはずだ。それでも、殺すつもりで攻撃したならば既に半数は動けなくなっていることは理解できたのだろう。


 それと同時に私たちが空にいることも露呈したのだが、それはそれで恐怖を煽る結果になったのだと思う。天を指して大声を上げる者が何人もいるが、攻撃してくるよりも逃げる方向で行動している。


 馬から落ちた者たちを助け起こすと、列をなして西へと走っていった。


「あとは、この周辺に散っている敵がいないかですね。」

「先ほどから探しているのですけれど、それらしき気配は見当たりませんね。」


 ネゼキュイアの騎士が去っていくのを見送るとハネシテゼがやってくる。互いに敵影や戦闘らしきものを見つけているわけでもなく、第三王子(スメキニア)らのところへと手を引かれて下りていく。


「ハネシテゼ陛下、ティアリッテ様、この辺りの敵はあれが最後だそうです。」

「町や村を襲いに行った別動隊のようのものはないのですか?」

「そうやって分散した戦力を各個撃破してやりましたからな。」


 ムスシク伯爵は真面目な顔でそう言うが、それを実践するには覚悟が必要だ。とにかく数を減らしてやる方向で戦い続けた結果、敵も町や村を襲えなくなったという。その決断には身の(すく)む思いをした騎士も少なくないだろう。


其方(そなた)らはこれより復興に力を注げ。私はすべての戦いを終わらせねばならぬ。」

「それは良いのですが、あちらの獣は一体……?」


 巨大な獣が並んでいるとやはり気になるようで、ムスシク伯爵はもちろん周囲の騎士たちもしきりに不安そうな視線を向けている。赤獅子(ウィアネメ)馬王(ゼノメ)も攻撃してくるわけでもなく、黙って立っているだけなので敢えて刺激するような者はないが、巨大な獣が七頭も並んでいれば恐れるのは当然なのかもしれない。


赤獅子(ウィアネメ)らには諸悪の根源を討ち払うのに協力してもらう。」


 ネゼキュイアの騎士が〝守り手〟に攻撃しようとしたのはムスシク伯爵も見ているし、そう言っておけば適当に納得してくれるだろう。


 あまり細かいことを説明しても時間がかかるばかりであまり意味がない。ネゼキュイア王がしたことの危険性を訴えたところで、ムスシク伯爵やメレレシア子爵のするべき仕事は復興なのだ。余計な情報は与えず、できることから頑張ってもらった方が良い。


 この辺りに敵がもういないならば、野営の準備をはじめる。陽が沈んでしまうまでもうそれほどの時間がない。戦いの場から少し離れたところで天幕を張り、食事の準備をはじめる。


 私たちが動きだすとムスシクやメレレシアの騎士もそれに倣う。食事の準備をしていると赤獅子(ウィアネメ)がどこかに走っていったが、寝る頃には再び戻ってきた。おそらく彼らも食事のために狩りでもしていたのだろう。


 翌日、私たちは北西へと向かう。モディノゴムの話を信じるならば、北の街道から行った方が大きな町も少なく王都まで進みやすいだろうということだ。


 ミラリヨムの焼け野原を突っ切っていると、ハネシテゼも非常に機嫌が悪くなる。何もかもが黒焦げになり、灰となっている惨状に笑顔でいられるはずもない。第三王子(スメキニア)もずっと口を閉じたまま走り、夕方にやっと通り抜けた時には「もう、見たくない」とこぼすほどだ。


 緑の残っている山の麓で野営をし、翌日はさらに北に向かう。合流予定の街道に着くと、ザウェニアレおよびブルゲフィネとはお別れだ。彼らには街道沿いに東に進んでもらい、やってくるはずの王宮騎士の馬と交換してもらうことになる。


 そのために一日ほど待つことになるが、周辺に魔力を撒いて魔物を退治していれば退屈を持て余すようなことはない。

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