527 失望と絶望
「エリハオップ公を追放したというのはどういうことでしょう?」
「申し訳ございません、殿下。その件については後ほど詳細をご説明いたしますけれど、エリハオップ公がオザブートン伯爵領を害したことの申し開きを聞こうとしたら逃亡してしまったのです。」
第三王子はウンガスに戻ってきてからほとんど間を置かずにネゼキュイア討伐軍を率いて出発している。恐らく、噴火の被害と対策など優先度の高いことが山積みであるため、エリハオップの件までは聞けてないのだろう。
こんな簡単な説明で納得できるはずもないだろうが、エリハオップという公爵家がなくなったことは間違いない事実であると伝える必要がある。
「その経緯は後ほど聞くとして、私も名乗っておこう。ウンガス王国第三王子、スメキニアである。モディノゴムといったな、何か申し開きはあるか? そちらの者も少し落ち着いたようだ、あるならば申してみよ。」
「もし可能ならば、撤退の指揮を執らせてはいただけぬか?」
「何を言い出すんだ、スルクナフさん! みんな殺されたんだぞ⁉ 悪いのはこいつらじゃないか!」
猿轡を取ってやると、途端に喚きだした。まったく品格も礼儀もまったくない態度に思わず眉を顰めざるをえないのだが、ネゼキュイアは教育の質も低いのだろうか。
「スメキニア第三王子殿下は申し開きをせよと言ったのです。言葉の意味が分からないのですか?」
「うるさいっ! ユキコサンを……、ユキコサンを殺しやがって、絶対に許さないぞ!」
そう大声で喚くのだが、何を言っているのだか意味が全く分からない。
ユキコサンとやらが誰なのか知らないが、殺されたくない大切な存在ならば城の中で守ってやれば良い。他国にまで侵攻などして命が無事で済むなどと思うこと自体が大間違いだ。
「許さないだと?」
「其方は自分が許す側の立場にあるとでも思っているのか?」
その言葉に憤りを覚えたのも私だけではない。周囲の騎士たちも一斉に目を吊り上げるほどだ。ハネシテゼの隣で一段下の態度を取っていた第三王子の口調もかなりきついものに変わっている。
「この者は一体何なのです? 服装を見る限りではかなり高い立場にあると思われるのですけれど。」
ハネシテゼは面倒な相手を切り捨てるのが早い。喚く男はもう処分してしまいたいとモディノゴムへと問いかける。だが、モディノゴムの方は口を一文字に結んだまま、答えようとしなかった。
同僚や部下を処分して構わないとは言えるものではないだろうが、その態度も好ましいものではない。
「一つ確認するが、其方らはもしかして気づいていないのか? 何のためにハネシテゼ陛下と第三王子殿下が名乗ったと思っている? 其方らの返答如何では、我々はネゼキュイアの城まで攻めに行くことになるのだぞ?」
私がそう言うと、モディノゴムはさっと顔色を変えた。バランキルの国王とウンガスの王位継承者が揃っていれば、国としてのネゼキュイア王国への対応がこの場で決まる。領主による捕虜尋問や取り調べと同一に考えるべきではない。
今までの話の流れだと、ハネシテゼが短気を起こしてネゼキュイアを滅ぼしてしまおうと言い出す可能性が非常に高い。
おそらくだが、私たちを止められるだけの軍備はネゼキュイアには残っていない。というか、ハネシテゼを止められる者はこの世にいないだろう。本気で攻め込めば、一週間もかからずにネゼキュイアの王宮を滅ぼすことは可能だと思う。
「た、大変無礼をした。ヒロキも落ち着くのだ。これ以上の犠牲を出せば、本当にネゼキュイアが滅びてしまう。」
モディノゴムは慌てて頭を下げるが、その隣でヒロキとやらは一向に静かになろうとしない。本当に困ったものだが、そのままにしていては話がすすまない。顔に水の玉を叩きつけてやると静かになるので、その隙に再び口に詰め物をさせる。
「先ほどのハネシテゼ様の質問だが、その者は一体何なのだ?」
「彼はヒロキ・ハタケヤマ。魔王討滅のため、古の魔術を用い別の世界より呼び出した勇者だ。」
「古の魔術? 別の世界? 何という愚かなことをするのでしょう!」
「ハネシテゼ様、それだけで何のことか分かるのですか?」
よくそれだけの言葉で分かるなと思ったが、逆に何故分からないとばかりに聞かれてしまった。
「別世界から戦力を呼び出す魔術なんて一つしかないですよ。ティアリッテは神代戦争の愚王をご存じないですか?」
「あれはお伽噺でしょう?」
「半分以上事実なのですよ。」
ハネシテゼの言う神代戦争とは、九千年以上も前にあったと言われている戦争だ。死者が蘇るだの、別世界の英雄を招くだのという到底事実とは思えない物語は私も幼いころに聞いたことがある。
太古の昔に大きな戦争があったことは事実なのだろうが、まさかそんな異常な魔術が存在しているとは思わない。だが、ハネシテゼによると、デォフナハや王宮にはそれらの記録が史実として残っているのだという。
「術の詳細までは残っていないですが、幾人もの生贄を捧げることで強大な戦力を得られたとあったはずです。」
ハネシテゼの説明を聞いていると頭がくらくらしてくる。本当にそんな非道な術を使ったのだとしたら、ネゼキュイア王を許すわけにはいかない。どんなに追い詰められても、人としてやって良いことと悪いことがあるだろう。
「申し訳ないが、話が見えません。我々にも分かるようにご説明いただけるでしょうか?」
「簡単に言うと、ネゼキュイア王は事実確認もせず酷い思い違いをした上に、魔物を呼び込んだのですよ。」
「魔物を?」
「ええ。つまり、その人物は魔物です。」
「待ってくれ!」
魔物ならばこれ以上生かしておく理由もないとハネシテゼが杖を取り出すと、モディノゴムは必死の形相で声を上げた。だが、今さら何を言おうと、取り繕うと無駄なことだ。
「愚かなネゼキュイア王に巻き込まれただけ、と言いたいのでしょうけれど、魔物を生かしておく理由は何一つないのです。」
ハネシテゼの放った雷光に打たれれば、勇者はぴくりとも動かなくなる。ネゼキュイアの勇者とやらがどのような人物であるのか気になってはいたが、品性も信念もないような者であったとはがっかりである。
こんな程度の者に苦戦していたことが正直悔しいし、命を落とすことになったミュンフヘイユらのことを思うとやりきれない。
「ど、どうかネゼキュイアを滅ぼすのは……。私の、私の首で許してくれ! 頼む!」
「国そのものをどうするかは後で決めます。ただし、現在の王族は滅ぼします。」
ハネシテゼがそう断言したならば、もはや変更されることはないだろう。私としても、ネゼキュイアの蛮行は見逃すことはできないし、ハネシテゼを止めようと思うことはできない。
ハネシテゼ自身が向かうことに関しては反対すべきかとは思わなくもないのだが、ネゼキュイアの王族を討つこと自体には何の反対もない。
一方で、神代戦争については詳しくないのか第三王子らは今のところ冷静そうである。しかしそれも、被害地域の惨状を見るまでだろうと思う。『ミラリヨム男爵領が滅ぼされた』とは報告してあるが、実際に自分の目で見たときに湧き上がる感情は今の時点で予想することはできないだろう。
「さて、無駄な手間を避けるためにも、其方にはネゼキュイアの作戦について知っている限りを話してもらいたい。」
第三王子としてはネゼキュイアを許すとか許さないとか以前に、自国の被害を最小限にするのが最優先という認識のようだ。
ネゼキュイア軍が揃って自害してくれるならばそれが最も良いが、おそらくそれは期待できない。ならば、現実的な案としてモディノゴムを上手く使って全軍撤退に持ち込む方法を考えるべきだろう。
モディノゴムとしても「絶対に許さない。全員処刑だ」などと言われるよりも話をしやすいのだろう、その後の説明はそれまでよりも丁寧なものになった。




