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526 将軍の言い分

 ハネシテゼが名乗っただけで狂ったように暴れる一人はとりあえず放置だ。もう一人の比較的落ち着いている方から情報が得れれば、もう一人はこのまま処刑に回してしまって良いのではないかと思ってしまう。


「まずは名乗っていただきましょうか。」

「スルクナフ・トゥキ・モディノゴムだ。」

「モディノゴム? とすると将軍とやらは貴方のことか?」


 ネゼキュイアの官位の付け方はよく分かっていないが、以前に捕虜に聞いた責任者がモディノゴム将軍だったはずだ。


 それを思い出して質問したのだが、モディノゴムは片眉をぴくりとさせてから「そうだ」と頷いた。


 その反応は少し気になるが、この場面でそんな嘘をつく意味はないだろう。私がモディノゴム将軍を知っていることが意外だったということだろう。


 名を知っていることが驚きといえば逆も然りだ。


「私やハネシテゼ様の名前を誰に聞いた?」

「それはわたしも聞きたいですね。こんな西の果てまでわたしの名が知られているとは驚きです。」

「誰にと言われても困る。遥か東の魔王ハネシテゼがウンガスを手中に収めたことは、我が国でも有名なことだ。」


 なんだかよく分からない返答である。私たちがウンガスの王宮に入ったのは三年前でしかない。隣国で当たり前のように知られるには少々短すぎる。誰かが積極的に触れ回った結果だと思うのだが、それが誰なのかは気になるところである。


 ネゼキュイアから使節がきた覚えなどないし、ウンガスから出してもいない。商人の行き来はあるだろうが、そこで私やハネシテゼの名前が出てくるものなのか甚だ疑問である。


 あるとすれば、西方貴族がネゼキュイア貴族と交流を持っており、そこからウンガスがバランキルの軍門に下ったと伝わったことだろう。


 しかし、それでは今回の侵略の説明がつかない。両国の貴族間に交流があったのならば、その貴族を通じて要求を出した方が良い。武力侵攻だなんて危険を冒す前にするべきことがあるはずだ。


「全く理解できませんね。それを知っていてなお攻め込んできたのは何故ですか?」


 おそらくハネシテゼも同様に考えたのだろう。少なくとも、ハネシテゼの名が伝わる程度にはウンガスとネゼキュイアの間に人の流れがあるはずなのだ。


 それなのに使者を立てることすらせずに、進攻を選択する理由など分かるはずがない。


「攻撃を仕掛けてきたのはバランキルの方ではないか。それをよくもぬけぬけと知らぬ顔ができたものだな!」

「攻撃を、仕掛けたのですか?」


 モディノゴム将軍の言葉にハネシテゼの視線が私を向くが、私たちがそんなことをするはずがない。ウンガス国内の掌握すら完全にはできていないのに、隣国と争っている余裕なんてあるはずがない。


「そういえば、以前に捕らえたネゼキュイア騎士は魔の王ハネシテゼの呪いがネゼキュイアの土地を(むしば)んでいるとか言ってましたよ。」

「私の呪いが土地を蝕む? 一体何を言っているのか分かりません。」


 ハネシテゼは眉尻を下げて頭を振るが、それに対しモディノゴムは我慢がならないとばかりに顔を上げて声を大きくする。


「魔の呪いのせいで、どれほどの者が苦しんだと思っている? 命を落とした物の数もはかり知れぬというのに、よくもそのような態度で射られるものだな!」


 涙を流し悲痛な声で叫び訴えるが、私にもハネシテゼにも心当たりなど全くない。たしか、以前に捕虜から尋問をしたときは伝染病や魔物が蔓延(まんえん)しているという結論になっていたはずだ。


「そもそも呪いとは何ですか? 具体的に申してみなさい。」


 同じような回答であるとは思うが、念のためだ。もしかしたら上層部しか知らない事実などもあるかもしれない。そう思って聞いてみたのだが、あまり新しい情報は得られなかった。


「ウンガスから魔物が押し寄せてきた、ねえ。」

「私は徹底的に魔物を退治せよと指示を出していたはずなのですけれど。」

「うむ。私もそう聞いている。」


 追い払えば十分だなんて言ったことはないし、それにはザウェニアレやブルゲフィネも同意してくれる。騎士を率いる立場にある彼らは、魔物退治のために領地内を駆けまわっていたらしい。


「ちなみに、どのような魔物がきたのです?」


 もしかしたら、ここらの領主や小領主(バェル)に聞けば心当たりがあるものかもしれない、とハネシテゼは言う。私が知らないだけで、逃げ足が恐ろしく早い魔物なんてのもいるのかもしれない。


馬王(ゼノメ)赤獅子(ウィアネメ)だ。貴公らとて、あれらの恐ろしさを知らぬはずがあるまい。一匹だけでも甚大な被害が出るというのに複数が立て続けにやってくるなど、通常ではあり得ぬ。」


 そう必死に訴えてくるのだが、あまりにも間の抜けた主張にがっくりと肩が落ちてしまう。


「その名前の魔物は聞いたことがないのですけれど、ティアリッテは知っているのですか?」

馬王(ゼノメ)赤獅子(ウィアネメ)も魔物ではありません。〝守り手〟であるあれらの獣を退治する必要などないはずです。」


 そもそも馬王(ゼノメ)の方はウンガスでも狂暴とすら言われていない。巨体であるため食べる量も多く畑を荒らされたら大変なことになるが、村人が団結して追い払えば何とかなる程度だと聞いている。


 ザウェニアレやブルゲフィネに確認してみても、それらの獣でどうやったら甚大な被害になるのかが分からないという。赤獅子(ウィアネメ)は家畜を襲うこともあるが、騎士が出向いて脅せば追い払えるらしい。


「ウンガスとネゼキュイアでは同じ言葉で別の種類の獣を指しているのでは?」

「その可能性はなくもないですが、魔物を飼い栽培している可能性の方がずっと高いでしょう。」


 モディノゴムと認識が全然合わないことに皆で首を傾げるが、ハネシテゼは〝守り手〟が執念を燃やすとしたら魔物を殺すことに対してだと主張する。


 言われてみると、何度〝守り手〟を追い払おうとも、そこに魔草が植えられている限りまたすぐにやってくることは想像に難くない。


 それと敵対した挙句にバランキル王国やハネシテゼのせいにするとは、ネゼキュイアの王族はいったい何を考えているのだろうか。真っ当に国を治める能力があるとは思えないのだが、それを口にしてもモディノゴムの態度を固くさせるだけだ。聞くべきことは別にある。


「状況はなんとなく分かったのだが、それがバランキル王国やハネシテゼ様の仕業などと言い出したのは一体どこの誰だ?」

「誰でも良かろう! だいたい、貴公らが差し向けたのでなければ、何故、あのような獣が押し寄せてくることになったのだ? 酷い凶作に見舞われるだけならばともかく、同時に発生するなど偶然とはとても思えぬ。」

「魔物を栽培していれば、全ての説明がついてしまうのだよ。」


 モディノゴムも、結局言っていることは以前の騎士と同じだ。どこかの無能が他人のせいにしたのを盲信しているだけに過ぎない。結局のところ新しい情報は一つも得られないのかと溜息を吐いていたら、ザウェニアレが自分からも一つ聞きたいと手を挙げる。


「何についてです?」

「エリハオップ公爵の行方についてです。」


 ザウェニアレがそう言った瞬間、モディノゴムの表情が一瞬だけ動いた。


「エリハオップ公爵とは何です? モディノゴム将軍はその公爵について何を知っているのです?」


 ハネシテゼもその変化を見逃さなかったようだ。今回の件に関係あるのかは分からないが、モディノゴムが何かを知っているからこその反応だろう。


 そして、それで色々とつながった。


 エリハオップ公爵のことなどすっかり忘れていたが、逃亡した公爵らがネゼキュイアに行ったのならばそこから私やハネシテゼの名前が伝わったのだろう。


 その際に私だけではなくハネシテゼやバランキル王国もまとめて悪し様に言ったりもしたのだろう。そして、言いふらした妄言も、信憑性(しんぴょうせい)がないと切り捨てられはしなかったのではないだろうか。


「なるほど。諸悪の元凶はエリハオップということか。ハネシテゼ様、どうやら私の失態のようです。」


 あの面倒な公爵は、どんな言い掛かりをつけてでも捕縛あるいは討滅しておくべきだったらしい。大きく嘆息するが、どうにもそれが気に入らなかったらしくモディノゴムは大きな声を上げた。


「長年ウンガスのために尽くしてきた公爵を理不尽にも追放しておいて勝手なことを!」


 そしてエリハオップ公爵がどれほどの辛酸を舐めたのかなどと言うが、私はそもそもエリハオップ公爵を追放した覚えなどない。他領に攻め入ったことに対して申し開きを聞きに行ったところ、話をする前に逃げていったのだ。苦しんだなどと言われても、私の知ったことではないだろう。


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