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524 殲滅戦

 炎の壁の向こうに攻撃を続けていると、一分もせずにネゼキュイア軍が火柱を解除して突撃してきた。大量の炎と水を叩き込みつづけるハネシテゼの位置は誰にでも明らかだ。西へと回っていった隙に南東に向かって一斉に走り出てきたのだ。


 そんな苦し紛れの突進に対して、私が何の手も打っていないはずもない。雄叫びは数秒後には悲鳴に変わり、勢いは完全に止まってしまう。

 第三王子(スメキニア)らにもそうするように言ってあるが、炎の周囲には何か所も魔力を撒いてある。気付かずにそこを走って通ろうとすれば馬の方が耐えられずに、盛大に土煙をあげて転倒することになる。


 この程度の魔力では本来は騎士には何の害もないはずなのだが、大軍が全速力で突っ込めば大惨事になる。後ろから来た者に押され踏まれして、何人かは命を落としたのではなかろうか。


 手前で何とか踏み止まった者も、後ろからぶつかられては堪えきれるものでもない。何十人も倒れていく状況に止まれと必死に叫んでいるのに、後ろの方では早く進めと叫ぶのだからどうにもならない。


 せいぜい中隊程度の人数ならば、足を止めずに即断して動くことも可能だっただろう。だが、数百人もの大部隊で小回りなど効くはずもない。あらかじめ想定して作戦を立てていたならば合図一つで動きを切り替えることも可能だろうが、部隊全体が右往左往しているところを見るとそんな余裕すらも残っていないようだ。


 判断と動きの遅さは致命的な隙を生み出す。彼らには迷っている暇などないのだ。数十秒もあれば炎の壁の東側にいた王宮騎士団が押し寄せ、側面から爆炎を浴びせていく。


 さらに西からナノエイモスもやってくるし、オードニアムも加われば、ネゼキュイア軍も向き直って対応するしかない。


 戦況は一見するとハネシテゼがやってくる前の状態に戻ったようにも見えるが、全く違う。もっとも違うのは、ネゼキュイア側の士気だろう。いまだ混乱から立ち直れていないようで、統率の取れていない動きで場当たり的に対処しているようだ。



「しばらく私の二足鹿(ヴェイツ)を預かってくれるか?」

「一体どうするのです?」

「ここを歩いていく。」


 私が示したのは魔力を撒いた一帯だ。馬や二足鹿(ヴェイツ)では入っていけないが、私にとってはただの草原でしかない。敵もまさか私が二足鹿(ヴェイツ)を下りて近寄ってくるとは思っていないだろうし、かなりの打撃を与えられると思う。


「それならば、私が行きます。ティアリッテ様はここでお待ちください。」


 こういうとき、ソルニウォレは断固として譲らない。私に何かあっても誰も駆けつけることができない状況は絶対に認められないと言って引き下がろうとしない。


「わかりました。ではお任せします。」


 口論している時間も惜しい。できることをやって、敵の数を減らしていくべきだ。日没も迫っている以上、戦いを急ぎたいという気持ちは少なからずある。


 二足鹿(ヴェイツ)を下りると、ソルニウォレは小剣で草を()ぎ払いつつ草原を北へと進んでいく。その進みは遅く馬に比べるべくもないが、それでも数十秒で百歩ほど進み敵を攻撃圏に捉える。

 さらに草を()き分け走って進むと灼熱の飛礫を放ち、敵の一角を崩す。


 それを見ながらも私たちは南方で待機しているだけだが、これはこれで大事なことだ。敵が安易に逃げられないよう圧をかけると同時に、二足鹿(ヴェイツ)にはそこらの草でも食んでいてもらう。


 体力勝負となるなかでは、如何に効率よく休憩を取るのかが重要となる。特に、機を逃さずに水や餌を与えることができれば、それだけ馬や二足鹿(ヴェイツ)に長い時間走らせることができる。



「一人きてくれ。南東側を抑えるぞ。」


 少し離れて見ていると、両軍がどう動いているのかがよく分かる。

 ウンガス軍と対峙しながら背後からソルニウォレに撃たれたことで、ネゼキュイアの東半分ほどが逃げ場を求めて南東側へ移動しようとしているのだ。


 全体としては周囲に何か所か魔力を撒いた地帯があり、その中で両軍とも大きな移動を制限された中で押し合いをしている。一気に動けば先ほどのようにまとめて何十人も倒れることになるため、少しずつ進んでいるようだ。


 その動きを私が見逃してやるわけがない。何のために南側でただ突っ立っていたのかを知らしめなければならないだろう。


 騎士の一人(ザマエレオ)と一緒に駆けていき、灼熱の飛礫を浴びせつつネゼキュイアの進路上に割って入る。逃げ場のない狭いところに自ら入ってしまったネゼキュイアの騎士は、進むことも退くこともできずに飛礫に打たれて倒れていく。


 戻ろうとすればソルニウォレに撃たれる、正面北側は王宮騎士団が厚い爆炎の壁を作り出している。その状況では数の利など活かしようがなく、むしろ足を引っ張る要因となり果てている。


 私とザマエレオの攻撃でばたばたと倒れていけば、北側の正面戦線も支えられなくなる。一か所が破れたと思ったら、あっという間にネゼキュイア軍の東半分が崩壊していった。


 その後はもはや戦いと呼べたものではない。必死に応戦しようとする者もいるが、統率も連携も失ってしまえば大した問題ではない。魔物退治だって、最期の最期まで死に物狂いで反撃しようとしてくる個体はあるものだ。


 灼熱の飛礫で打ち払い雷光で息の根を止めていけば、瞬く間に屍の山ができあがっていく。人の死体の山というのは何度見ても気分の良いものではないが、すべてネゼキュイアが悪い。


「敵も残り少ない。押し潰してしまうぞ!」

「最期まで抵抗はある。決して油断するな。」


 西を指して騎士たちに指示を出すと、第三王子(スメキニア)も大きな声で騎士の気を引き締める。こういうところを見ると、しっかりハネシテゼの教育を受けてきたのだなと思う。


 ソルニウォレに戻るように言って、私も第三王子(スメキニア)とともに残りのネゼキュイア軍に詰め寄っていく。


 そんな中、ハネシテゼがどこに行ったのかと周囲の魔力を探ってみると、ひとり、いや数人と北西側の離れたところにいる。ザウェニアレらと話でもしているのか、あるいは逃げ出そうとした敵を追ってのことなのか。


 経緯は分からないが、ハネシテゼの心配はいらないだろう。

 二足鹿(ヴェイツ)を失うことはあっても、ハネシテゼ本人が負けるなんてことはありえない。とにかく目の前の敵を倒してしまうことに集中する。


 数人で灼熱の飛礫を放ちながら距離を詰めていけば、敵はばたばたと倒れていく。包囲され逃げ場のなくなった敵には、もう距離の差を打開するための手段がない。


 中には石の守りを使う者が前面に立ってなんとか防ごうとしたり、炎の奔流を撃ってきたりもするが、数が揃わないのでは大した役には立たない。


 炎の奔流は爆炎で対処できるとこの場の全員が知っているし、石の守りも無敵ではない。炎雷の魔法を受けて砕ければ、そこから飛礫は奥まで入り込んでいく。



 このままいけば、数分内に押し切れるだろう。


 そう思っていたら、突如としてネゼキュイアの陣内に爆炎が並んだ。ハネシテゼの位置は先ほどから変わっておらず、上から急襲をかけたわけでもない。


 何があったのかと見ていると、一人の騎士が馬を下り両手を上げてこちらへやってくる。そして何やら大声で叫んでいるようだが、二百歩も離れていれば何を言っているのか聞き取れはしない。


「あれ、どうしましょう?」

「撃ってしまって良いのではありませんか? 今さら降伏もないでしょう。」


 周囲の騎士たちも困惑し互いに顔を見合わせながら言うが、聞き取れるところまで近づいてくる前に状況が変わった。


 どちらが先に攻撃を仕掛けたのかまでは分からないが、西側で再びネゼキュイアとウンガスの戦いが開始されたのだ。


 周囲で爆炎が行き交うようになれば、何を叫んだところで聞こえはしない。和睦の使者のつもりか知らないが、戦いを我慢するようにできなかったのでは意味がないだろう。とりあえず使者のつもりの者には水の玉をぶつけて戦闘能力を奪っておき、私たちも攻撃を再開する。


 そして、五分後には戦いは決着した。

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