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521 思いがけない援軍

 昼間ですら目を開けていられないような閃光が周囲を包む。ネゼキュイアの騎士に対して何度もやってきたことなので、今更大きな効果を期待することはできないが、足を止めさせて気勢を()ぐ効果はあるはずだ。


 その隙を突ければと思ってのことだったが少々考えが甘かったようで、敵は炎の奔流を撃つことで私の意図を台無しにした。


 閃光を放つ瞬間は私自身も目を閉じる必要があり、迫ってくる炎に気付くのが僅かに遅れる。時間的余裕がない状態での対応が必要となるため、それ以上の攻撃に踏み込むことができない。


「東に回り込む。」


 敵は時間差をつけて炎を放ってくるが、何も真正面から当たる必要もない。横に回り込みつつ灼熱の飛礫を放っていく。


 そこからは互いに間合いを調整しつつ魔法の打ち合いだ。決定打を与えられるほどに近づくこともできないし、かといって無視して他の敵を打ち倒しに行くほどの余裕もない。


 横目で見えている範囲では、ウンガス軍とネゼキュイア軍の衝突も膠着(こうちゃく)状態に入りつつある。南北に長く展開したネゼキュイア軍にの北側の撃破には成功したようだが、態勢を整えなおし必死に応戦する敵軍を押し潰すには至っていない。


「ティアリッテ様、火の勢いが!」

「焦るな! それよりもこの煙だ、風で敵側に押し流せ。」


 あちらこちらの火の手が勢いを増し、煙が私たちのところまで流れてくる。このままでは大火災になりかねない事態であるのは間違いない。炎を消し止めることを考えると一刻も早く敵を粉砕してやりたいのだが、焦って安易な行動をしたところで状況は悪くなるだけだ。


 煙に巻かれれば視界が悪くなるだけではなく、呼吸にも障害が生じる。それは人だけではなく、走り回る二足鹿(ヴェイツ)の方が顕著ともいえる。飛礫で牽制をしつつ煙を押し込んでやれば、敵も前に出てくることはできない。


 しかし、一分もせずに敵も風を主体とした戦術に切り替えてくる。風がぶつかりあい煙が渦巻きながら天高く昇っていくと、それに引き()られるように火の勢いが増す。


 状況が何も良くならないことに気持ちばかりが(はや)るが、焦っているのは敵も同じだと敢えて大きな声にして心を落ち着ける。



 そのまま戦い続け、二時間もすると目や咽喉が痛くなってくる。時折、気を見て小さな水の玉を頭からかぶったり(うがい)をしているのだが、それでも段々と煙の影響が体に出てくる。

 それによって衣服が()れるたりするが、そんなことは些細(ささい)な問題だ。


 ソルニウォレらにも同様にさせているが、一番心配なのは二足鹿(ヴェイツ)だ。やはり水をかけてやっているのだが、いつまで我慢できるものなのか心配である。


「一度、離脱した方が良いのではありませんか?」

「敵も条件は大して変わらぬ。いや、背後にも煙が迫っているネゼキュイア側の方が不利と言える。」


 口元を手巾で抑えながらソルニウォレがうんざりしたように言うが、ここであの二足鹿(ヴェイツ)部隊を自由にさせるのは悪手だ。いつまでも押し合いをしていても(らち)が明かないのは確かだが、主導権が敵に渡ってしまうようなまねはできない。


 何とか手段を講じなければとは思うのだが、手の内を全て見せてしまった今はなかなか有効と思える方法が思いつかない。そうしているうちに陽が西の空をどんどん落ちていく。


 このまま夜間の戦いに突入したくはないなと思っていた矢先にそれはやってきた。


「ティアリッテ様! 東から何か!」

「分かっている。決して焦ってはならぬ、落ち着くのだ!」


 そう叫ぶが、私自身動揺を隠しきれない。私が感知できる距離を遥かに超えた先から凄まじい魔力を持った何かが近づいているのだ。一瞬、疲労のための勘違いかとも思ったが、ソルニウォレも焦った声を上げるのだから間違いない。


 接近してくるその気配の速度は二足鹿(ヴェイツ)に匹敵、あるいはそれよりも早い。数千歩も先からあっという間に近づいてくるが、驚くべきはその速さではない。


「一体何だ⁉」

「これはどういうことだ⁉」


 顔を引き()らせて騎士たちが悲鳴のような声を上げるのも仕方がない。魔力の気配は地上にはないのだ。空を翔ける者の存在を知らない者にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。


 一方で、ネゼキュイアの二足鹿(ヴェイツ)部隊はその存在にまだ気づいていないのか、相変わらずは風の魔法で煙をこちらへ押しやろうと頑張っている。

 そんなどころではないと分からないのかと叫びたくなるが、煙の向こうを見ようとは思わなければ見つけようがない。


 どう動くべきかと困っていると、突如として大粒の水滴が周囲のすべてを打ちつける。それとともに、凄まじい強風が巻き起こり煙を東から西へと一気に押し流した。私たちの周辺の悪臭も消えてしまうほどだ。


「敵ではない?」


 赤空龍や類似した魔物ならば野火を消そうとはしないだろう。むしろ、火に乗じて暴れまわるくらいしてもおかしくはない。そうでないならば、敵ではないことは確定する。


 急いで魔力の塊を真上に打ち上げると、北東側で水を撒き火を消していた()()はこちらに下りてきた。


「は、ハネシテゼ様⁉ 何故、こんなところに?」


 その姿を見て、もはや開いた口が塞がらない。挨拶をすべきかと一瞬だけ頭に過るが、戦場で悠長なこともしていられないだろう。


「あら、ティアリッテ、ここにいたのですね。随分苦戦していると聞きましたよ。」


 口をぱくぱくさせる私のすぐ隣にやってきてそう言うが、バランキルの国王が、何故ウンガスとネゼキュイアの戦いの場にやってくるのか。言いたいことや聞きたいことがいっぱいあるのだが、今はそれどころではない。


「ティアリッテ様! 敵が!」


 ソルニウォレの声に慌てて敵に向き直る。ハネシテゼの風で吹き飛ばされて煙がなくなってしまったため、敵は再び炎の奔流での攻撃に切り替えたようだ。横へと走りながら次々と撃ってくる。


「おや、その魔法を何処で知ったのでしょう?」


 そう(つぶや)いてハネシテゼが腕を伸ばし杖を一振りすると、炎の奔流が四本飛び出て敵の攻撃を押し潰す。


「あれは敵で良いのですよね?」

「そうですが、ハネシテゼ様にはあちらをお願いしてよろしいでしょうか?」


 戦場の西側はまだ野原が燃え盛っている。赤く染まる夕焼けの下、どこまでが炎の色なのかが分かりづらいが放置して良いものではない。


「あちらは人数を揃えて対応した方が良さそうですね。北の戦いはどちらが敵ですか?」

「南側に陣取っているのが敵軍のはずです。」

「分かりました。あちらをまず片づけてきます。ティアリッテも頑張ってくださいね。負けるなんて無様は許しませんよ。」

「この状況でそんなことにはなりません。」


 何がどうなってハネシテゼがここに来たのか知らないが、この時点で私たちの勝利は揺るがない。野火の延焼も心配いらない。突如として空から現れたハネシテゼの猛攻に、敵の動揺は激しいだろう。


「全員前進せよ!」


 ハネシテゼが目の前の敵を無視して北の空へ駆け上がっていくと、大声で号令をかける。何が何だか分からないといった顔のソルニウォレらも、顔を引き締めて前進して敵との距離を詰める。そのうえで灼熱の飛礫を最大距離で放っていけば、敵は後退するか横に避けざるを得ない。


 どうやら敵は横に避ける方針を選択したようで、南側へ走りつつ炎の奔流で反撃をしてくる。何度も繰り返した攻防であるがゆえに、この反撃を恐れる必要はどこにもないことも知れている。だからこそ、この攻撃は有効なはずだ。


 爆炎で吹き飛ばした後に、私も腕を伸ばし杖を振る。


「ティアリッテ様?」

「それは⁉」


 自分でも思った以上の凄まじい炎の奔流が二足鹿(ヴェイツ)部隊に突き刺さると、ソルニウォレらは目を見開きこちらを振り向く。


「思ったよりも遠くまで届くようだな。」


 彼らは私が炎の奔流を放ったことに驚いているようだが、別に何の不思議もないことだろう。ハネシテゼが手本を示し、それを私が真似るのはいつものことだ。


 そんなことよりも驚くべきは、炎の奔流が二百歩を軽々と越えて二足鹿(ヴェイツ)部隊を突き抜けていったことだ。今まで敵が使っているのを見ていて他の魔法よりもかなり遠くまで届くことが分かっていたが、私が使うと二百五十歩にまで達しそうな勢いだ。


 その代わりというべきか、魔力の消費が激しい。敵が連発できないのも頷ける負担の高さだ。それと同時に、この魔法を同時に四本放つハネシテゼの凄まじさが分かる。


 そのハネシテゼは上空から撃ち出した炎で敵を背後から焼いていっている。想像だにしない攻撃で、あちらは阿鼻叫喚の地獄と化しているに違いない。


 その恐怖は私もよく知っている。赤空龍との戦いは、しばらく夢に見てうなされたものだ。

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