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517 一時の休息

 休憩を取るといっても、全員で一斉に食事を始めるわけにもいかない。小隊単位での交代制を採り、見張りや警戒に当たる者と休む者で分かれることになる。


 その中で私たちは一番に食事をとらせてもらう。

 第三王子(スメキニア)やザウェニアレらと、ここまでの戦況についての情報共有をしなければならない。睡眠時間などを考えると、そういった話し合いは食事と同時にやってしまった方が効率が良い。


「雨が上がってくれて、助かりましたな。」


 そう切り出すのは第三王子(スメキニア)だ。確かに、雨の中の食事はうんざりするものがある。準備をするのも大変だし、晴れているときの数倍の労力を必要とする。


「とはいえ、いつまた降りだすかも分かりません。手早く済ませることにしましょう。」


 空を見上げてザウェニアレが言う。全天が雲に覆われ、星は一つも見えはしない。そんな天気では、今後に期待できようはずもない。


「今日の戦いについてだが、王宮騎士団は七分の一以上も失ってしまった。想定していた以上に手強い敵だと感じている。」


 最初に報告するのは第三王子(スメキニア)だ。中央という敵の数が最も多い部分を担当していただけに、損害も軽微とは言えない状況のようだ。


「敵に与えた損害は如何(いか)ほどなのでしょうか?」

「正確なところは分からぬが、数で我らと同等と考えるのが適当だと思っている。」

「やはり、数の多さというのは大きな武器であるな。我々も損失という意味では王宮騎士団とさほど変わらぬだろう。」


 忌々しげに声を大きくするが、ブルゲフィネの率いるナノエイモス騎士団は南側に回ろうとした敵の数を半減させている。戦果という意味では、役割を果たす以上の結果を出していると言えるだろう。


「オードニアムの方はどうなのだ?」

「こちらの被害は比較的少ない。皆無とまではいかないが、数人が犠牲になった程度で済んでいる。最初にティアリッテ様が威を示してくれたのが効いているようだ。」


 一度退いて態勢を立て直しはしたものの、最初に挫かれてしまった士気を回復できなかったのではないかとザウェニアレは所見を述べる。


 私もその意見に同意だ。戦いなんてものは、結局は意気込みがものをいうのだ。どんなに高度な作戦を練ろうとも、どんなに強い魔法を持っていようとも、実際に戦場に立つ騎士に強い気持ちがなければ大した力になどなりはしない。


「さらに敵の士気を挫くために、夜襲をかける。だが、恐らく敵も同じことをしてくるだろう。」


 大きな損害を受けて戦いが劣勢にあると感じて入れば、形勢を逆転させるための施策をしようとするのは当然だ。

 その時、真っ先に思いつくのが夜襲だろう。私が何度も繰り返して損害を与えているのだ、敵がやり返そうと思わないはずもない。


「最も有効な時間帯は陽が落ちて間もない今頃、もしくは夜明け前だな。」

「では、今まさに夜襲をかけてくる可能性があると?」

二足鹿(ヴェイツ)部隊が西からくる可能性はあるが、かなり低いと思っている。」


 こちらの正確な位置も分からず、どこに魔力を撒いてあるのかも分からないのでは下手に動けない。反撃を受けた際の離脱の経路まで考えると、事前偵察なしに突撃するのは無謀と言えるだろう。


 夜間に偵察を出し夜明け前に攻撃を仕掛けるというのが考えられる最善の方法だろう。


「それに、ネゼキュイア側も夜襲対策が必要だ。この期に及んで無防備で休んでいるなんてこともあるまい。」


 眉根を寄せて考え込んでいたザウェニアレもそれには納得する。主要戦力を部隊から離した結果、夜襲を受けて潰滅的打撃を受けてしまっては話にならない。


「索敵能力に差があることは、そろそろ敵も気づいている頃かと思います。魔力を撒き、馬が入れない地帯を作れるのがティアリッテ様だけではないことが明らかになった事実は無視しがたいかと思われます。」


 何か言いたそうに手を挙げたソルニウォレに発言を許可すると、互いの手の内をどこまで知っているかの差が大きいと評する。私たちはネゼキュイア軍に何度も攻撃を仕掛けその力を概ね知れているが、敵の側にはオードニアムやナノエイモスの戦力情報は無い。


 二足鹿(ヴェイツ)が私たちの四頭しかいないのは見れば分かるだろうが、炎雷を撃てる騎士が他にいるのか、灼熱の飛礫の平均的な攻撃圏がどれほどなのかなのは未だに知られていないだろう。


 そして、最も大きいのは索敵能力の差だ。

 よほどの愚か者でもない限り、索敵能力で私たちが明確にネゼキュイアの騎士たちを上回っていることには気づいているはずだ。

 問題は、その索敵能力を他の騎士も持っているのかということだ。


 私一人、あるいはごく限られた少数の者にしかできないのであれば、夜襲を仕掛けた際の成功率にそれほど影響しないと考えるだろう。だが、多くの騎士がその技術を持っているとなれば、夜襲の成功率など無いに等しくなりかねない。


「なるほど。考えてみればそれは恐ろしいな。動くに動けないだろうという予測にも(うなず)ける。」

「いかに精強な者でも、包囲されてしまってはその力も振るえないことも知れてしまったしな。」

「それはどういうことですか?」


 ザウェニアレは包囲された二足鹿(ヴェイツ)隊が何もできなかったことを挙げるが、中央を挟み南側を担当していたナノエイモスにはその様子は全く伝わっていないようだ。ブルゲフィネが質問すると、その状況について説明をする。


「ティアリッテ様でも、包囲を破るのは難しいのですか?」

「今は、厳しいと考えています。」


 包囲を突破する方法を見せてしまった今、対策されている可能性がある。二度も三度も同じ方法での脱出は難しいと考えた方が良いだろう。それついては素直に認めなければならない。


 互いに二足鹿(ヴェイツ)による奇襲しかないと思われるが、失敗する危険は双方ともにある。だからこそ敢行する意義があるのだと考えるのは、恐らく敵も同じだろう。


「……難しいな。」


 眉を寄せ手を顎に添えて考え込み、ザウェニアレがぼそりと言う。


「攻めるべきか、守るべきか、か。」

「今は無理をせずとも良いと考えるか、可能な限り優位に立つべく力を尽くすべきと考えるかとも言える。」

「それで、ティアリッテ様は少々の無理は押した方が良いと考えているわけですな?」


 第三王子(スメキニア)に念を押されるが、別に無理を押すつもりはない。敵軍に近づいてみて無理そうだと思えば何もせずに引き返してくるだけだ。それで何も得られはしないが、万が一敗けてしまった場合と比べれば大した問題でもない。


「気軽に行ってくるつもりですよ。それに、二足鹿(ヴェイツ)に十分な食べ物を与えねばなりません。」


 正直言って、背負い袋に持ってきた芋だけでは二足鹿(ヴェイツ)の食料としては少なすぎる。そこらの草を食べるだけでは足りないだろう。幸い、少し南に行けば川がある。その(ほとり)には二足鹿(ヴェイツ)の好む根菜、白葛(ムルミャト)が生えていることも通ってくるときに確認している。


 休むというならば、二足鹿(ヴェイツ)にもたっぷりと食事を与えてやるのも必要なことだろう。


 それを説明すると、第三王子(スメキニア)らも(そろ)って「そうした方が良い」と賛同する。

 ネゼキュイア側がどれほど食料を用意しているのか知らないが、回復で劣っていれば明日の戦いで不利になるのは間違いない。食料調達の見込みがあるならば、できるうちにしておくべきということは意見が一致した。


 方針が決まれば、すぐに動きだす。二足鹿(ヴェイツ)たちも既に餌の桶を空にして丸まって休んでいるところだが、声を掛ければすぐに立ち上がってやってくる。


「手早くいくぞ。まずは南だ。」


 夜襲の後、敵に追われることも考えておかなければならない。十分に食べていないせいで振り切れないのでは敵わない。その方針にはソルニウォレらからも特に異論はないようでまっすぐに川へと向かうことになった。


「さて、どこらだ?」

二足鹿(ヴェイツ)に任せてしまった方が良いのではありませんか?」

「言って分かれば良いのだが……」


 それでも物は試しだ。声を掛けてみて失うものなど何もない。


「あなたたちの食べ物は十分ではないだろう。ここらのものは自由に食べて良い。」


 二足鹿(ヴェイツ)から下りてそう言うと、少し首を傾げてから西の方へ歩いていく。星のない暗闇の中あまり遠くに行ってほしくはないのだが、数十歩ほどで足を止めると地面を掘り始めた。


 恐らく目当ての白葛(ムルミャト)を見つけたのだろう。次々と掘り返してはもしゃもしゃと食べていく。


 二足鹿(ヴェイツ)が食事をしている間、私たちも草の上に腰を下ろして休む。周囲が真っ暗ななかでできることなどほとんどない。ならばゆっくりと体を休めていた方が良いだろう。


 数分もそうしていると、満腹になったのか二足鹿(ヴェイツ)が戻ってくる。


 それに跨れば、次は北東に向かって進む。暗闇の中を探すのは簡単ではないのだが、小さな魔力を地面に放って目印にして探索を進めていけば一時間もせずに発見することができた。

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