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516 日没

其方(そなた)らはあれを逃さぬよう慎重に押さえ込んでおいてくれ。私は逃げていった者を追撃する。」


 二足鹿(ヴェイツ)部隊を倒せるならばそれに越したことはないが、及ばずとも押さえ込んでいるだけでもこの場では十分だ。私としては、陽が沈む前に敵の数をとにかく減らしてしまいたい。


 数分間程度ならば、オードニアムの騎士に任せてしまっても大丈夫だろう。私たちは北へ散り散りに逃げていった者を追いかけて二足鹿(ヴェイツ)を走らせる。


 どんなに馬で頑張ろうとも、その速力は二足鹿(ヴェイツ)にまるで及ばない。

 そもそも、全速力で走ることのできる時間すら比較にならないほど短いのだから、数十秒の差など瞬く間に縮まっていく。


 逃げていったネゼキュイアの騎士はまるで統率も取れていない。誰かが退却の指示を出してまとめ上げていれば私たちの追撃も難しかったのだろうが、個々人が勝手な判断で走り回るのだから、互いにぶつかりそうになるしそのせいで追撃と誤認して同士討ちすら始まる。


「こちらも分散し端から潰していく。油断だけはするな。」


 馬と二足鹿(ヴェイツ)、魔法の届く距離、そして魔力気配の察知と私たちの優位性は三つもある。

 それでも統率の取れた部隊に対して正面から優位を取るのは難しいのだが、烏合の衆と化した集団ならば一人でも相手をすることが可能だ。


 こちらもばらばらに戦うことにソルニウォレは良い顔はしなかったが、すぐに承知した旨の返事をして散開していく。


 手近な相手から次々に飛礫や雷光を浴びせていけば、残りの者たちはさらに狼狽(うろた)え逃げ惑う。そのままの進路で真っ直ぐに馬を走らせた方が良いのにと思うが、疲労と恐怖で混乱した頭ではそこまで考えられないのだろう。


 三分程度で数十の敵を討つが、いつまでも逃げている敵を追い続けるわけにもいかない。分厚い雲のせいで直接は見えないが既に陽が落ちたのだろう、辺りが急速に暗くなっていく。


「一旦戻るぞ。部隊を引き上げねばならぬ。」


 夜もずっと戦い続けることは不可能だ。両者ともに退かず戦っていれば、双方に致命的大損害が発生しかねない。そうなれば、戦いも自動的に終わるのだが、自軍の損害をそこまで出したいとは思わないのが通常だ。


 もしかしたらそんな常識も通用しないかもしれないのだが、今までの傾向だとネゼキュイアも馬の部隊は一度引き下がるだろうと思う。


 包囲しているところに戻ってみると、戦場の様子が予想よりも大きく変わっていた。西から南でウンガスの騎士とぶつかり合い拮抗していた戦線は二足鹿(ヴェイツ)部隊を包囲している方向へと大きく動いていく。


 包囲している者たちもそれから逃げるように押しているが、中の二足鹿(ヴェイツ)部隊が抵抗しているためだろう、その移動速度は極めて遅い。

 なんとかこじ開けようといくつかの小隊が必死に突っ込んでくると、内と外からの挟撃という形になり包囲も維持できなくなってしまう。


「魔力を撒いて距離を取れ!」


 近くにいる者に指示を出して、盛大に魔力を撒いて見せる。

 合流した勢いに乗って攻めてこられると非情に面倒なことになる。一気に魔力を消費してしまうことになるが、この場の騎士たちで魔力を撒いて、敵の勢いを完全に殺してしまった方が良いだろう。


 オードニアムの騎士も畑へ魔力を撒くことはしているようで、指示を出すと赤く魔力に染まった水の玉が次々と弾けていく。


 それを見た二足鹿(ヴェイツ)部隊が慌てて足を止めたのは、先ほど私が魔力を撒いて見せたことが原因だろう。今、私たちが何をしたのか理解したならば、それ以上向かってくることはできないはずだ。


「魔力を撒いたら一度距離を取れ。まだ衝突している部隊にも指示を回せ。」


 ネゼキュイア側も夜は戦いたくはないと思っているならば、それで一度退くだろう。何が何でも戦闘を継続する可能性もあるため、その時のための作戦を考えねばならないが、今のところは一度休む方向で進めたい。


「我々は南側に行く。あちらにも後退の指示を出さねばならぬ。」

「了解した。こちらはお任せください。」


 オードニアムの中隊長らに言って私たちは南で戦闘を続けているナノエイモスの方へ向かう。こちらも右に左に移動しながら部隊の形を変えて押し合いをしているが、両軍ともその動きが鈍っている。


 それは陽が沈んで辺りが暗闇に包まれつつあるからというだけでもないだろう。戦い続けるというのはとても精神力と体力を削るものだ。どちらも、一度休憩が欲しいと思っている者が多くなってきているのではないだろうか。


 私が向かうのはその西端部だ。大きく西側から回り込み、互いに敵を横から後ろに回り込ませまいと激しく攻防が繰り広げられているところに横から突っ込んでいく。


「敵との間に魔力を撒け!」


 灼熱(しゃくねつ)飛礫(つぶて)を横から受けて敵の一角が崩れるが、今は畳みかけるようなことはしない。騎士も馬も体力をすり減らしている今は、攻撃に転じた際の隙を逆に突かれてしまいかねない。

 敵も消耗しているのは間違いないが、基本的に攻撃側よりも防御側の方が有利であることを考えると、このタイミングでの総攻撃はあまりにも危険すぎる。


 西端を抑えるように魔力を撒き、そこに入り込んだネゼキュイアの騎士が倒れていくのを見ると、ナノエイモスの騎士も一人が撒き、さらにもう一人が撒く。そこから次々に騎士たちが重ねて魔力を撒いていけば、馬では通ることのできない地帯ができあがる。


 あとは北東へ移動して高魔力地帯を中央の王宮騎士団側につなげてしまえばいい。


「今のところ、追ってくる様子はないな。」

「敵は魔力の気配で相手の動きを察知することができない。見えなくなるまで離れてしまえば、明るくなるまで動きようがなくなるだろう。」


 追ってくるにしても、態勢を立て直すくらいはするだろう。暗闇の中、ばらばらに部隊を動かせばウンガス(こちら)の思う壺だと考えるくらいはするはずだ。


 実際、こちらが迎撃するのに問題はない。暗闇の中をただ静かに待ち伏せて、魔法が届く距離まで敵がやってきたところを撃てば良いだけなのだ。


 しばらく様子を窺っていたが近寄ってくる様子がないということで、さらに距離を取ってから休憩に入る。


「本当に、こんなところで休んでいて大丈夫なのでしょうか?」

「もちろん見張りは必要だが、夜明けごろまでは大丈夫だろう。」


 ネゼキュイア側も消耗は激しいはずだ。一度戦闘から離れて落ち着いてしまったら、休まざるを得ないだろう。緊張状態を保っていれば経戦可能でも、一度集中が途切れてしまえば休憩以外の選択肢がなくなってしまうものだ。


「早めに食事を済ませてしまうと良い。」


 馬や二足鹿(ヴェイツ)を降りると安定した地面に腰を下ろしたくなるが、それをしてしまうと食事が後回しになってしまう。だが、限られた時間で体力を回復させるには食事を遅らせるのは悪手だ。


「火を使ってしまって大丈夫でしょうか?」

「あまり派手にやらなければ良いだろう。どうせ、敵が近づいてきたら気配で分かる。」


 不安そうに騎士が訪ねてくるが、あまり派手に燃やさなければ問題ないと思う。火を使えば当然のように位置を知られることになるが、それによる不利はそれほどない。私やソルニウォレではなくとも、数百歩先にまで敵の部隊がやってきたら分かるのだ。


 それができないネゼキュイア側は、火を使っての食事の用意ができずに辛い思いをしている可能性はある。そう考えれば、夜の休憩に関してはウンガス側はかなり有利に働くことになるだろう。


 夜間で気を付けなければいけないのは、少数部隊の奇襲だ。私たちが何度も繰り返したように、二足鹿(ヴェイツ)での奇襲というのは非常に有効な手段だ。敵を攪乱(こうらん)し、ゆっくり休む余裕を与えないという効果は身に染みて知っているだろう。


 とはいえ、恐らくそれも数時間後だろう。馬や二足鹿(ヴェイツ)に食事を与えなければ、明日の戦いに障る。今晩じゅうに方をつける作戦に出るならばともかく、明日も戦いが続くと考えると、体力の回復について考えざるを得ない。

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