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514 想定しきれない戦術

 二足鹿(ヴェイツ)部隊は早々に止めを刺してやりたいが、手段が炎雷の魔法しかないのでは私以外の者に任せることができない。全員で炎雷を撃てれば良いのだが、政治的な理由でそうするわけにはいかない。

 一度息を吐き、杖を振り上げて撃とうとした瞬間、一つだけ問題があることに思い当たった。


「炎雷の魔法を撃ったら火炎旋風ごと吹き飛ばしてしまったりはしないだろうか?」

「それは……、どうでしょう?」


 敵の撃った炎の奔流を炎雷で吹き飛ばすことには以前に成功している。炎雷の魔法が凄まじい力を持つことは知っているが、その威力がどれほどなのか実際のところは知らないのだと今更気づいてしまったのだ。


「試してみるしかないな。其方(そなた)らも炎を頼む。」

「承知しました。」


 万が一、火炎旋風が()き消えるようなことがあれば二足鹿(ヴェイツ)部隊に逃げられてしまう。それを避けるために、予備の火柱を大量に並べるくらいのことはしておいた方が良いだろう。


「では、いくぞ。」


 号令をかけて魔法を放つと、予想通りというべきか炎雷の周辺の炎が揺らいで吹き消えていく。一瞬で火炎旋風全体が吹き飛ぶとまではいかないものの、みるみるうちに炎が減っていくのは明らかだった。


 飛んでいった炎雷は、間違いなく石の守りごとネゼキュイア騎士を砕くが、これを全員に向けて同時に撃たなくて正解だったと思う。

 炎雷の速度は雷光ほど早くはない。特段遅いわけではないが、ある程度の距離があれば二足鹿(ヴェイツ)ならば躱すことができる程度だ。


 二発目を撃つ前に、私も炎を追加しておく。せっかくの好機なのだから、下手な出し惜しみなどせず、討ち漏らさないよう確実に仕留めていかねばならない。

 炎を回り込んで左手、つまり南西側から敵の小隊が近づいてくる気配がある。速度からして馬の部隊だろう。それならば、火柱を並べて足止めしておけばいい。


 などと思っていたら、火柱を貫いて炎の奔流が迫ってきた。


「まだ使い手がいたのか⁉」

「爆炎で対処せよ!」


 どういう理屈なのかは知らないが、炎の奔流は他の魔法より明らかに遠くまで届く。この攻撃も単なる牽制や威圧などではなく、何の対処もしなければ私たちに届くであろうものだ。


 十分に距離があるためソルニウォレらが爆炎を集中させれば炎を吹き散らすことができるのだが、それによって確実に攻撃の手数が減ってしまう。私一人ででも炎の中に四発目を撃ち込んでやるが、左の小隊にさらに異変が起きた。


二足鹿(ヴェイツ)が紛れています!」


 馬をはるかに凌駕した速さで、小隊の中から四騎が飛び出て迫ってくる。これまでの速度から馬の部隊だと判断していたため、そこまで重要視もしていなかったのが間違いだった。牽制だけしておけば良い、などと侮るべきではなかったのだ。


「いやに簡単すぎると思っていれば、こういうことか!」

「まさか、あちらが本命ではあるまいな?」


 思ってもみなかった敵の作戦に私たちは揃って歯噛みをする。

 もしかしたら、さらに別のところに潜んでいるのかもしれない。そう考えてしまうこと自体が、敵の術中に嵌まっているということだ


 精神的に揺さぶりをかけ迷わせるのが戦いの基本である以上、それを破るには即断で可能な限りを考えつつ即断で対処していかねばならない。


「このまま北へ進む。」


 もちろん、敵がそちらにも何らかの罠を用意している可能性はある。だが、追ってくる敵に対してはこちらも罠を用意できる。とにかく、考えうる限りのできることをやっていくだけだ。


 二足鹿(ヴェイツ)の向きを変えて進み始めた直後に、視界のあちこちで数十もの青い光が集中の邪魔をする。光自体はいつもの合図に使っているものなのだろうが、今回は用途が違う。


「なんという目障りな!」


 思わず大声を上げてしまうほどに、青い光がチカチカと鬱陶しい。だからといって、敵から目を背けてしまうわけにもいかず、非常に腹立たしい。そして、敵の思惑通りなのだろう、背後から炎の奔流を撃たれたことに気づくのに遅れてしまうという影響を(もたら)した。


「ええい!」


 声を上げて放った炎雷によって炎の奔流は吹き消えていくが、その時初めて予想外の攻撃に気づいた。

 左手に通り過ぎようとしている火炎旋風の()からいくつもの炎の奔流が飛び出てきたのだ。さらに後方からもう追加の攻撃が飛んで来たら、防ぐことも回避することも困難を極める。


「前と横は私がやる!」


 叫んで杖を振り上げるが、すぐ目の前まで迫っている炎の奔流に炎雷はもはや間に合わない。発動までの時間が短い爆炎で対処してくしかない。


「うぐうっ!」

「おあああっ!」


 爆炎を至近距離で炸裂させれば自分自身も高温と爆風に(あお)られる。思わず苦悶の声が漏れてしまうが、そんなことで魔法を放ち続けることを止めるわけにはいかない。

 前方を遮る炎の奔流には炎雷をぶつけて道をこじ開けるが、そのさらに向こう側にもネゼキュイアの騎士がやってくるのが見える。それが炎の奔流を撃ってくる前に炎雷を前方に向けて可能な限りばら撒いておく。


 そのまま前進していけば、三秒もせずに正面に回り込んできた騎士たちが炎の奔流を放ってくるが、炎雷に吹き散らされて私の真正面だけは安全な地帯ができあがる。そして正面の小隊全てが二百歩の圏内に入ったところを狙ってまとめて雷光で仕留める。


 それで終わりはしないのがネゼキュイアのしつこいところだ。弱まった火炎旋風から数人が飛び出て回り込もうとしてくるし、こちらに向きを変えてくる他の小隊や中隊もある。


 飛礫を放って牽制してやれば一定距離から近づいてこないのだが、包囲が完成してしまえばまた動きも変わるだろう。その前に何らかの方法で打破してやらなければ、どんどん形勢は悪くなっていくだろう。


 改めて戦場をざっと確認してみると、ナノエイモスが押していた南側の部隊は、壊滅させるには至っておらず残った半分ほどと押し合いをしている状況だ。

 敵の最も厚い中央は、王宮騎士団が奮戦しているようだが劣勢のまま盛り返すことはできていない様子だ。


 この状態では、本隊どうしの戦いがすぐに決着するということもないだろう。今のところは互いに決定打を与えることができない状態で、戦いは長引きそうな様相である。


 見た感じでは、本隊からの助力は期待できるとは思えない。私たちの周囲の状況は、私たち四人だけでなんとかするしかないのだ。


「なんと鬱陶しいことか! このまま真正面の敵を押し退()ける!」

「しかし、敵の数が多すぎます!」


 敵の中央部隊を横から叩けば、正面で相手をしている王宮騎士団の負担も少しは軽くなるだろう。だが、そんな単純な理屈だけで戦場を図ることなどできるはずもなく、ソルニウォレは即座に否定の言葉を上げる。


 しかし、私は思うのだ。もはや、形振りを構う必要は無いのではないか、と。


「背後に魔力を撒く。それで追撃は抑えられるだろう。」


 目の前でそれをしてしまうと、私たちが罠を仕掛けるのに一体何をしているのかがネゼキュイア軍にも露呈してしまう。しかし、それも今さら隠すこともないだろう。


 とはいえ、ただ魔力を撒いたのでは普通に迂回されてしまう可能性が高い。まず、火柱を(まば)らに並べ、その隙間に対して罠を仕掛けてやる。


 大量の魔力を詰めた水の玉を後方に投げて弾けさせてやれば、追ってきた二足鹿(ヴェイツ)部隊は自らの水を頭から浴びたうえでそのまま前進して突っ込んでくる。


 まるで炎が降り注ぐように見えるのだから、その反応も当然だ。火柱の隙間に水を撒くとは普通は考えないだろう。別の種類の火を放ったと判断して火炎対策をしたのだろうが、魔力の飽和攻撃をそんな手段で防ぐことは不可能だ。


 先頭を走る二足鹿(ヴェイツ)が倒れると部隊の後続は慌てて足を止める。そこから一瞬迷い、横に向かって走り出すまでの時間を稼げるだけでも状況は変わる。


「今のうちだ、突っ込むぞ!」


 右側にも魔力を撒き左側には火炎旋風を追加してやれば、炎を脱出した騎士も簡単には追い付いてくることができないだろう。


 ウンガス軍もネゼキュイア軍も私たちも常に動き続けているため、魔力を撒いてもいつまでも有効に働くわけではない。ある程度離れてしまえば、ほとんど役に立たなくなってしまうだろう。


 しかし、馬で構成された騎士部隊が十数秒でそこまで大きく位置を変えることはない。


 短い時間ではあるが横と後ろの敵を気にする必要がなくなれば、私たちの負担は一気に軽くなる。その間はとにかく正面の敵を()ぎ払い、陣形を叩き潰すことに集中できる。

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