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513 激突

「動いたな。こちらも派手にいくぞ!」


 東側から本隊後方に合流したネゼキュイアの二足鹿(ヴェイツ)部隊は、一分も経たずして再び動いた。その狙いは中央。押されて下がりつつある部隊をまずは一気に撃破してしまおうという狙いだろう。


 それに対して私がすべきことは、とにかく誇示するような派手な魔法だ。爆炎魔法で道をこじ開け混戦領域を駆け抜けてナノエイモスと対峙する敵の裏側に回り込むと、火炎旋風を立て続けに三つ並べてやる。


 少なからず示威効果があると思っていたが、ネゼキュイア軍は予想以上の反応を示した。恐らく、先ほどの北側の惨事が南側からでも見えていたのだろう。巨大な炎の向こう側から恐ろしいほどの動揺が伝わってくる。私たちのさらに南側から大きく回ってウンガス軍の背後を取ろうと動いていた部隊すらも足を止めるほどだ。


「蹴散らすぞ!」


 敵の動くが乱れているならば好都合だ。その隙を逃す手はない。二足鹿(ヴェイツ)を走らせて炎を東へと回り込み、手近なネゼキュイアの騎士へ向けて次々と飛礫を放っていく。

 集中と統率の乱れは戦力の劇的な低下を招く。部隊の人数が多くなれば、それはより顕著になる。私たちの接近に気づいた数人の騎士が独断でこちらに対応しようとするが、もはや間に合いはしない。


 背後からの攻撃に十人ほどの騎士が倒れると、周囲の騎士も騒然となる。

 その動揺と混乱が広がれば、部隊全体の戦力がナノエイモスからの圧を支えきれないほどにまで低下する。


 攻勢を強めてきたナノエイモスに正面から押されて陣形が崩れれば、もはや人数の差など関係がなくなってしまう。


「一気に押し潰してしまえ!」


 ネゼキュイアの部隊には後退することも許さない。さらにもう一つの火炎旋風で東側の退路を断ってしまえば、敵部隊は態勢を立て直すこともままならない状態でナノエイモスの猛攻を受けることになる。

 黄色の光で何らかの合図が出されるが、それも既に遅すぎる。私が灼熱の飛礫で畳みかけていけば、部隊の崩壊が始まっていった。


二足鹿(ヴェイツ)部隊、来ます!」

「周囲の敵を一掃せよ!」


 二度目の光の信号が出されると、明らかにネゼキュイアの動きが変わった。緑色の光の意味は分からないが、救援を求めるものか私の位置を示すもので間違いないだろう。中央の前線に出ていった二足鹿(ヴェイツ)部隊が全速で(こちら)へと走ってくる。


 周囲のネゼキュイア騎士を排除しつつ混戦を避けるために南へと移動しておく。敵も二足鹿(ヴェイツ)に乗っているため、二足鹿(ヴェイツ)の利点を活かせる場所というのはほぼ意味が無いが、だからこそ敵も追ってくる。


 その際に爆炎に紛れさせて二足鹿(ヴェイツ)部隊の進路上に魔力を撒いておく。何度も使っている手段が通用するのかは疑問が残るが、勢いづかせないためにも何かしらしておいた方が良いだろう。



 私たちが足を止めて待っていると、意外なことに正面からやってきたネゼキュイアの二足鹿(ヴェイツ)隊も三百歩ほどの距離のところで足を止めた。

 人数は十二。つい先ほどまでもう十三人いたのだが、撒いた魔力に突っ込んでしまったために一人減っている。


「時間でも稼ぎたいのでしょうか?」

「恐らく、それはあるだろうな。騎士の数ではネゼキュイアの方が上回っているのは明らかだ。私を戦場から排除できれば勝てると思っているのだろう。」


 並んで黙って立っているだけで私が戦闘に参加しないなら、そんな楽な仕事はないだろう。だが、二足鹿(ヴェイツ)隊を戦場から引き()がしたいのはこちらも同じだ。


「ソルニウォレ、其方(そなた)の攻撃はどこまで届く?」

「残念ながらこの距離は無理でございます。半分と少々が限度です。」

「敵は炎雷の防御手段を持っていると思うか?」

「何とも申し上げようがございません。」


 防御手段を持っていないならば、遠隔発動魔法を叩き込めば終わりだ。この距離ならば、なんとか届く範囲内だろう。問題は、それをやると私の魔力が尽きるだろうことだ。万が一、防がれてしまったら私の敗北が確定する。


「敵の視界を塞いでから移動するのが一般的な作戦だが、どう思う?」

「他に有効な戦術というのも思いつきません。」

「敵にはあるようだがな。」


 東へ回り込もうとしていた部隊の一部が私たちの背後に回ってきているのは気づいている。あえて振り向かずとも、魔力の気配で二十人が近づいてきていることは察知できる。


「まずは、背後の撃滅だ。敵が攻撃圏内に入ってきたら撃て。石の守りを使えば先制されても攻撃は通るまい。」

「互いの間合いを測りたいということですね?」

「そうだ。それと、外套(マント)二足鹿(ヴェイツ)の頭にかけられるようにも準備しておいてくれ。」


 石の守りの欠点は、その場から動けなくなることだ。守りをいくら固めようとも取り囲まれて動けなくなってしまえば、いずれ体力が尽きる。気の長い話だが、二日間もその場で押さえつけられていれば敗北は避けられないだろう。

 そのため、石の守りは一撃を凌ぐという使い方になる。防いだ直後に反撃を叩き込むことができなければ、より不利になってしまうだけだ。


 ソルニウォレらが背後に集中している間、私は正面の敵を睨む。背後からの奇襲に合わせて正面の二足鹿(ヴェイツ)部隊が動くだろう。挟撃という形にした方が奇襲の成功率が上がるのだから、何もしてこないはずがない。


 背後の敵が二百歩少々まで近づいてきたところで、正面の二足鹿(ヴェイツ)部隊も動きはじめた。ゆっくりとだが、確実に距離を縮めてくる。


「撃て!」


 ソルニウォレの合図で背後に向けて一斉に灼熱の飛礫を放たれる。それと同時に二足鹿(ヴェイツ)の頭に外套(マント)を被せ、私は巨大出力の雷光を真正面に放つ。

 凄まじい周囲を覆い尽くし、背後の騎士も正面の二足鹿(ヴェイツ)隊も動きが止まる。


「右前方へ!」


 背後の敵に灼熱(しゃくねつ)飛礫(つぶて)を放って確実に倒してから、外套(マント)を戻して移動を開始する。ほぼ同時に正面の二足鹿(ヴェイツ)部隊からは三つの炎の奔流が放たれてくるが、恐らくこれは牽制(けんせい)のために苦し紛れに撃ったものだろう。私たちに命中などすることもなく、ただ、届く距離を露呈させる結果となっただけだ。


「端から確実に倒していく。」


 見た目だけでどれが()()であるかなど区別がつかない。魔法の届く範囲に入ったものから順に撃っていく。逆側にいた場合は逃げられてしまう可能性があるが、二足鹿(ヴェイツ)隊の戦力を減らすことができるならば、それで良い。


 そう思っていたのだが、私の放った灼熱の飛礫は二足鹿(ヴェイツ)に乗る騎士に届く直前に光る壁に弾かれてしまった。


「守りの石か!」


 直後に反撃の炎の奔流がやってくるし、目眩(めくら)まし戦術への対応策として事前に考えてあったのだろう。目が見えないまま闇雲に走り回るより、その場で防御を固めて敵の攻撃方向を判断するというのは悪くやり方だ。


 それでも石の守りならば炎雷の魔法で砕くことができるはずなのだが、私が撃った時にはすでに二足鹿(ヴェイツ)隊は動き始めていた。


「本当に厄介なものだな。」


 位置を変えて再び三百歩ほどの距離をあけて睨みあうことになるが、いつまでも時間稼ぎにつきあってやるつもりもない。先ほど見たことで炎の奔流の届く距離は把握している。火柱と爆炎を並べてその限界距離まで近づいていく。


「やはり基本魔法はこちらの方が遠くまで届くようだな。」

「以前からの予測通り、炎の奔流も連発はできなそうですね。」


 時間当たりの手数の多さはハネシテゼほどではないにしても私も自信がある。ソルニウォレらも爆炎を放つ間隔は二秒もない。一度に十数発を放ってすぐに次の爆炎を放つ。

 それに対して敵が並べてくるのもやはり爆炎だ。速射性の問題か消費魔力量の問題かは分からないが、炎の奔流を並べてくるようなことはしない。


「灼熱の飛礫を!」


 牽制しあっていても、勝負はつきはしない。どちらかというと私たちの方が勝負を急ぎたいのは否めない。仕掛けるのはこちらからということになる。百六十歩ほどまで近づいてソルニウォレら三人で魔法を繰り出す。


「効いていない?」

「守りの石か?」


 灼熱の飛礫は、届きさえすればほぼ間違いなく相手を倒せるはずの魔法だ。届く距離で撃ったはずなのに全く気配に変化が無いのは、何らかの手段で防いだからだ。


「ならば、これで終わりだ!」


 全力の火炎旋風を放って二足鹿(ヴェイツ)隊を炎で包んでやれば、守りを解いて脱出してくることはできないはずだ。あとは炎の中に閉じ込めた者たちを、炎雷で撃っていけば良い。

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