511 強襲
横に広がった爆炎の壁は途中から折れ曲がり、私たちを挟みこむように動く。横手に回っていた部隊も私たちの背後へとさらに移動し、挟撃からの離脱を妨害しようという動きだ。牽制の数の差を活かした、実に堅実な戦術である。
「モジュギオの騎士では、これをされては苦しいだろうな。」
「我々ならば、どう突破するのでしょう?」
「二足鹿の最高速が考慮から外れている。」
今から出も全速で南へ離脱すれば、妨害の部隊も間に合わない。力技でどこかの一角を崩しても良いのだが、それをするには少々早い。
「行くぞ。走れ!」
号令を出すと、ソルニウォレらも一斉に二足鹿を駆る。
それを見た敵部隊も加速するが、馬と二足鹿の速度差はどうにもならない。私たちの前に立ちはだかることはできず、問題なく南西に離脱することができた。
そこから間髪を入れずに中隊への攻撃を開始する。とはいっても、今ここで倒してしまうつもりはないため、必死の抵抗にあって食い止められた形になる。
「戦い方が消極的すぎませんか?」
「いや、もう少しだけ待てば良いだけだ。」
ソルニウォレらは不服そうに言うが、そこまで長い時間はかからなかった。
再び隊列を組みなおして圧をかけてくる敵に、爆炎と火柱で応戦しているときにそれは起きた。
両翼端の隊形に少し動きがあった思ったら、一気にネゼキュイアの作っている爆炎の壁が崩れ去ったのだ。そうなったら、私たちも遠慮する必要はない。
「敵を掃討せよ!」
前面の敵に集中しているところに背後から大部隊に強襲を受ければひとたまりもない。僅か数秒で半数以上の騎士を失ってしまえば、ネゼキュイアの追跡部隊は瓦解したと言えるだろう。
何が起こっているのかもよく分かっていないまま倒れていく者がほとんどだろう。その中でも必死に撤退・逃走を図ろうとする者はいる。必死に馬を走らせるが、彼らを逃がすわけにはいかない。こちらの部隊に規模や位置を、絶対に敵本隊に伝えさせるわけにはいかない。
その辺りのことはザウェニアレや第三王子も理解しているのだろう。逃げる敵を追う部隊がしっかりと機能している。
私たちも雷光と爆炎を次々に放って仕留めていけば、戦いはあっというまに終わった。
「ティアリッテ様か? 私はザウェニアレ・オードニアムである。まさか敵がこれだけで終わりということはあるまいな?」
数人の伴を連れて近づいてきた騎士が大声で名乗ると、あっという間に戦いが終わってしまったことに不平を述べる。
戦いはできるだけ簡単に終わった方が良いと思うのだが、ここまでやってきた苦労を考えると大損をした気分になるのだろう。
「ティアリッテ・シュレイである。今のは単に、こちらへ戻ろうとした私たちを追ってきた部隊だ。」
肩慣らしに丁度いいだろうと思ってそのまま連れてきたと答えると、ザウェニアレは表情を崩す。といっても、一呼吸の後には、再び眉間に皺を刻んで厳しい顔つきに戻って敵の本隊について詳しく訪ねてくる。
「殿下も含めて説明する。隊を整えて損害の確認と休息を取らせるのが先だ。」
大声で指示を出すと、全体が少しだけ北へ移動しながら隊列を整えなおていく。その後、小休止を取りつつ敵に位置や進路についての最新情報を共有する。
「敵も北東へ進んでいるのか。急がねば追いつかぬな。」
「馬車を連れているネゼキュイアの方が明らかに遅い。普通に進んでいれば五、六時間で追いつく想定だ。急ぎすぎて、馬の体力が尽きてしまわぬよう注意してくれ。」
ゆっくり進んでいては追い付かないが、焦りすぎても会敵したときに戦いにならなくなてしまう。適度な行軍速度というのは難しいが、ほんの少しの速歩という程度で大丈夫だと私は思う。
「では、それで行こう。出発するぞ!」
「承知!」
第三王子が号令をかけると、周囲の騎士が大声で応じる。
先ほどの戦いの興奮がまだ醒めないのか、騎士たちの士気が無駄に高い。今からそんな調子でも、敵と当たる予定の四,五時間後まで持ちはしないだろう。
二時間ほど北東に進んでいれば、ぽつぽつと雨が降ってくる。これは北の雨雲に追いついたというより、新たに西から流れてきたものだ。小降りのうちに一度しっかりと休憩を取り、そこから一気に敵の本隊を目指して速度を上げていく。
「では、私は敵の正確な位置を掴んでくる。」
「よろしく頼む。」
とりあえず、ネゼキュイア軍が進んでいる先であるはずの北東を目指して進んではいるが、実際の進行方向が現在どうなっているのかは全の不明だ。
今朝見た限りでは、ネゼキュイア軍は野原を馬で踏み固めて突き進んでいるようだった。おそらく、東へ向かう都合の良い街道が見当たらないためにそうしているのだろうが、長く降り続く雨に嫌気が差して手近な街道を進む方針に変えている可能性もある。
何より、雨に打たれ続けていると騎士の士気の低下も激しいはずだ。何でも良いから屋根の下で休みたいと強く願うのは私だって同じなのだ。彼らの方が長く雨の下にいる分だけ、その思いが強いだろう。
そうなると、手近な町を襲撃すると決めていても何の不思議もない。
「右に見えるのはチズォファンか?」
「こんなに近かったのですね。行ってみましょうか?」
「そうだな。敵に発見されていないとも限らない。」
あまり南の方へはやってこないだろうが、偵察を出してすぐ近くに見つけたならばこちらに来る可能性もある。そうなれば、私が拠点としている町と勘違いして全力で攻撃を仕掛けてくることも考えるべきだ。
東へ大きく進路を変えて町へ行ってみると、意外なほどに町は平和だった。現在は小降りとはいえ、昨日から雨が続いているために町の活気はそれほどでもないが、生活をする市民の姿はごく普通に往来にあった。
「一応、念のために小領主に挨拶をしておくか。」
「食料の補給に応じてくれると助かりますね。」
休憩をしていくつもりはないが、パンでも貰えれば今後がぐっと楽になる。国軍も立ち寄って食料補給を受けられると尚良いだろう。来たら応じるように話をしておく。
食料を出せと言われて小領主は良い顔はしないが、ここから一日もかからないところにネゼキュイアの大軍が来ていることを告げると顔色を変える。
「こちらに来たりはしないのでしょうか?」
「そうならぬよう全力を尽くす。」
実際のところ、小領主に敵発見の報告すら入っていないならば、敵がこちらに来る確率は限りなく低いと言えるだろう。おそらく、この町からピンツェボン侯爵領へと伸びる街道をそのまま北へと進んでいると思った方が良い。
そして、その読み通り、町を出て街道を走っていくと数分で敵の痕跡を発見した。
「念のために敵の現在位置を確認しておくか。」
泥濘んだ街道に無数の馬の足跡が延々と続いている。雨のために見通しは良いとは言えず敵の影も見えはしないが、何時間も前に通った跡ではないのは明白だ。長蛇の列の先頭が通ったのは二時間以上も前なのかもしれないが、最後尾がここを通ってから一時間も経っていないだろう。
その読み通り、数分も行けば集団の影を発見した。二足鹿から降りて近づいてみれば、長蛇の行軍がネゼキュイア軍であることも分かる。
そこまで調査できれば、あとは戻って報告をするだけだ。
ウンガス軍を予定通りに進めていくと、夕暮れ時に休憩中のネゼキュイア軍を発見した。大きめの天幕が見当たらないところから、野営するつもりではないようだが、町への襲撃の前に休んでおきたいというところだろうか。
「西から東へ攻撃をかける。配置としてはオードニアムが北側へ、ナノエイモスは南側を頼む。」
「承知した。諸連合はどちらへ?」
「王宮の後方、西側についてもらう。」
「後ろ、なのですか?」
後ろにつけることに第三王子は怪訝そうな顔をするが、このまま攻撃を仕掛ければネゼキュイアは包囲作戦を取ってくると思った方が良い。数の差は三倍以上あるのだから、包囲して押し潰すのが一番楽なやり方だ。
包囲が完成する前、もっとも手薄になっているところから潰していくのが今回の作戦だ。諸連合には左右どちらにも駆けつけることができるようにしておくのと、後方の対処を兼ねてもらう。
「敵はまだ気づいていないのか?」
「わからぬが、偵察を出して気付かれては意味がないでしょう。」
「確かに。」
敵の応戦準備がどこまでできているのかが気がかりだが、準備万端整えて待っている状態であると想定しておくしかない。
「では、行くぞ。」
オードニアムとナノエイモスの二人がそれぞれ馬で走っていくと、騎士たちも隊列を正し出撃に備える。
両側にずらりと並ぶ騎士たちが非常に頼もしい。一か月以上も数人だけで延々と嫌がらせを続けてきたのも、もう終わりだと思うと、何か感慨深い。まだ南にもう一部隊があるはずだが、今はそちらを考えていても仕方がない。
隊列の端まで準備が整った様子を見て、一歩踏み出すと、波が伝わるように横の者たちも前に出る。そのまま馬の速歩まで速度を上げて西へと突き進む。
「地面を狙って撃て!」
ネゼキュイア軍に近づく際は、罠の排除は不可欠だ。三百歩ほどまで近づいたところから水の玉を前方の地面に叩きつけながら進む。時折、視界の中で何やらはじけ飛ぶ物があるところを見ると、本当に何かが仕掛けられている可能性は高い。
それらはすべて蹴散らし吹き飛ばしながら、ネゼキュイア軍へと肉薄する。




