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509 決戦に備えて

 少し雨足が弱まってはきたものの相変わらず降り続く中を移動し、ウンガス王宮軍本隊を見つけたのは夕方になってからだった。近づいていくと、いつものように数人の小部隊が確認に出てくる。


「ティアリッテ・シュレイである!」


 100歩以上も離れていれば、大声を振り絞っても名乗りが聞こえないのだから雨というのも困ったものである。晴れていれば十数秒もあれば終わるやり取りに数分もかかってしまう。


 それでもなんとか本隊に合流すると、第三王子(スメキニア)に敵の位置と予想される進行方向について馬上で報告をする。


「この雨でこちらも思っていた速度が出せていません。足止めについては非常に助かります。」

「オードニアムとナノエイモスにも、すぐに伝えた方が良いですな。進行方向を少し東寄りにした方が良いでしょう。」


 横で聞いていた騎士たちもすぐに動きだす。ただ移動するだけというのも退屈なものだ。王都から遥々(はるばる)とやってきたことも含め、ただ歩き続けることに飽きてしまっているのだろう。


 指示を持った騎士が駆けていくと、隊列の進行方向が僅かに右に寄る。


 そのまま一時間ほど進んだらそこで野営だ。周辺の偵察には出るが、その日は私も一緒に野営で休ませてもらう。


 魔力を回復させるには、よく眠るのが一番だ。そのためには、見張りを他の者に任せてしまえる大部隊で休んだ方が効率が良い。



 朝、起きてみると雨雲は去ったようで、すぐ近くでは雨が降ってはいなそうだった。

 だが、頭上には相変わらず雲が陣取っているし、西や北は白く霞んでいる。それを見た第三王子(スメキニア)の表情も曇る。


「まだ雲がありますし、いつまた降り出すか分かりませんね。」

「雲の動きからすると、ネゼキュイアの野営地ではまだ降っている可能性は高そうです。」

「そう期待しておきたいですね。また降りだす前にできるだけ進んでおきましょう。」


 その意見に反対する者はない。手早く朝食を済ませると天幕を畳んでふたたび隊列を成す。


「では、私たちは先に行って敵の正確な場所を確認してきます。」

「お任せします。」


 ウンガス軍は昨日と同様に北に向かって動きがだすが、ネゼキュイア軍がどこまで移動しているかは把握できていない。


 ネゼキュイア軍の位置を昨日確認したのはモジュギオ公爵領とピンツェボン侯爵領の境界付近だ。付近に大きな町はないが、小さな町や村はいくつかある。


 少しでも被害を抑えるためには、可能な限り早く敵に向けて軍を進める必要がある。位置確認のために偵察を出すのは不可欠だ。


 そして、おそらく敵の方も偵察を出している。

 昨日、あれだけ嫌がらせをしていたのに、何も対策をしないなんてこともないだろう。


 北に向かって進んでいると、一時間もせずに雨が降ってきた。というより、雨の降っている地域に入り込んだと言った方が正しいだろう。そこからさらに一時間ほども進むと、恐らく敵のものであろう足跡を発見した。


「偵察にしては数が多くありませんか?」

「二十程度では簡単に撃滅されると学んだのだろう。そして、足跡はまとまっているが、おそらくいくつかの小隊に分けて前後に離れているものと思われる。」


 偵察部隊が全滅させられたのでは、何一つ情報を持ち帰ることができない。先行する小隊から十分離れた連絡用の小隊がいると考えた方が良い。今までを考えると、何の対策もせずに偵察部隊をただ出しているだけとは到底思えない。


「さて、いつもの質問だ。これをどちらに辿(たど)る?」


 幸いなことに、足跡は割と明確に残っている。が、それ以上の情報がないため、どちらが良いかは当てずっぽうの勘に頼らざるを得ない。無視して進むという案もなくはないが、おそらくそれは足跡を辿るより効率が悪いだろうと思われる。


「私は元ですね。」

「先を。」

「元で。」


 多数決の結果、二対一で元を辿ることになった。私が先に一票を入れると二対二になるが、それをする意味は全くない。


 踏み倒された草を辿って北西へと進んでいくと、無数の足跡に踏み倒された足跡が見つかった。これはもうネゼキュイアの本隊に間違いないだろう。


「進路は、北東ですね。」

「南へ誘導された分は北へ行きたいのだろうな。」


 南へ誘導したということは、北へ進まれるのは私たち(ウンガス)にとって都合が悪いということに他ならない。それに気づいていれば、尚のこと北へ行こうとするだろう。


 とはいえ、罠の警戒や、元々の目的からすると真北へ向かう判断はしないようだ。原則として東に進みつつ、進路を北へ寄せている。



「さて、これを辿るわけだがこちらも罠を警戒するべきだろう。」

「雨がずっと続いていますけれど、それでも罠は有効なのでしょうか?」

「私にも全く思いつきもしない罠が存在している可能性は否定できない。」


 正直なところ、私はネゼキュイアの動きを想定しきれていない。予想通りに進むこともあったが、想定外の動きも何度も経験している。


 勇者の考えは図り知ることができないという捕虜の言葉が思い出される。


 ハネシテゼとはまた違った想定外を繰り出してくる相手だ。私には想像もつかない罠を用意していることは考えておくべきだ。


「水で洗い流しながら進もうと思うが、意見はあるか?」

「周囲の草むらを進むことも想定しているでしょうから、歩きやすい方を進むのは賛成です。」

「離れてしまうと跡を辿る速度も遅くなりますし、私もこのまま辿ることに賛成です。」


 騎士たちにも反対意見はないようで、私たちは一列に並んで水の玉を地面に叩きつけながら進んでいくことにした。


 交代で先頭を務めれば、残りの魔力に不安が出るということもない。軽快に進んでいればほどなくして無数の魔力の気配を前方に発見した。


「十や百ではきかぬ数だ。休憩中のようだな。」

「残念ながら、私にはまだ感じ取れません。」


 雨の中ではソルニウォレの視力でも千歩以上も先の敵を発見するのは困難らしい。ということは、敵からも発見されていない可能性は非常に高いということだ。


「さて、どこから奇襲するのが効果的かな。」

「南から当たると、さらに北へ行ってしまいませんか?」

「とはいえ、北からいくと南へ追いやりたいという意思表示に思えぬか?」

「とすると、西か東から当たるのが無難ということですね。」

「東へ回り込むのも面倒だな。西からにしよう。」


 東へ行ってほしくなく西へ去ってほしいのは大前提として存在するため、今更露呈するも何もない。これに関してはどちらを選択しても大した差はないはずだ。


 方針が決まったら、すぐに動いて突撃の準備をする。休憩中の今が好機なのだ、これを逃す手はない。


「一列縦隊! いくぞ!」


 ネゼキュイア軍の西へと回り込むと、二足鹿(ヴェイツ)を東に向けて加速させる。それとともに前方および左右へ水の槍を連続で放って罠の排除を図る。それのせいで敵に気づかれ易くなるが、攻撃がまったくできなくなるわけでもない。


 敵の魔法が届く距離まで踏み込むと同時に爆炎を大量に振りまき、すぐに切り替えして来た道を再び西へと戻る。既に罠を吹き飛ばしている道であれば、足元への警戒も必要がない。

 その分だけ二足鹿(ヴェイツ)の速度を出せるため、離脱も容易だ。


 問題は私たちの足跡を逆に追われることだが、それについても今回は特に問題がない。



「追手が来たようですね。」


 南へと戻る前に休憩を取っていると、後を追って数十の騎士の気配が近づいてきた。いや、数十どころではない。百以上はいるかもしれないほどの部隊だ。


 何度も繰り返し、同じような手段で戦力を削られていては黙っていられないということだろうか。あるいは前回は私を追い込めたし、今度こそはという思いもあるのかもしれない。


「何が何でも私を潰したいようだな。」

「それだけ、効いているのでしょう。」

「お聞きしておりませんでしたが、あれをどう対処するのでしょう?」

「私は戦わぬよ。」


 追ってくるならば、本隊のところまで連れていくだけだ。敵の数が百や二百ならば、四百の友軍のところまで釣り出して彼らの緒戦としてやるのが良いだろう。


「それならば、こちらも疲労が溜まっていると見せかけてやると良いと思います。」

「ふむ、具体的には?」

「爆炎の威力と範囲を限定するのです。」

「一度、敵を限界まで引き付けるのも良いでしょう。」


 話しながらも各人の手はてきぱきと動く。あっというまに出発の準備が整うが、敵が接近してくるで少しだけ待つ。二百歩以内に近づいてきたのを見計らって二足鹿(ヴェイツ)に跨ると南へと動き出す。


 こうしておけば、私たちの索敵距離を誤認してくれるだろう。ずっと手前から気付かれていたとは思うまい。

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